国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

エージェンシーの定立と作用――コミュニケーションから構想する次世代人類学の展望

研究期間:2013.10-2017.3 代表者 杉島敬志

研究プロジェクト一覧

キーワード

エージェンシー、コミュニケーション、次世代人類学

目的

人間が営む生活の諸局面は、特定の具体的な権威者を中心とするコミュニケーションとして成立しており、そこでは、規範や信念への随順やその異端的解釈の抑制が図られるとともに、生々しい実在感をもち、対他的に作用する非-人間存在を含むエージェンシーが定立され、作用する。現代世界において、精霊は呪医を権威者とするコミュニケーションでは人に病気をもたらすエージェンシーとして働くかもしれないが、近代医療関係者はそうした病因を否定するだろう。同様に、米国の銃規制運動において銃は「人を殺す」エージェンシーとされるが、全米ライフル協会はそうしたエージェンシーの定立に強く異議をとなえる。
本共同研究では、こうしたエージェンシーとコミュニケーションとの等根源性に留意しながら民族誌研究をおこなうなかで、エージェンシーの定立と作用について適切に語るための一群の概念を開発する。そうすることで、個別におこなわれる傾向にあったモノ、技術、身体、動物に関する近年の研究と、親族、交換、儀礼、信仰、医療、土地制度などに関わるこれまでの研究を架橋する、通地域的・通研究対象的であると同時に、民族誌的データを豊かに内包しうる次世代人類学の理論基盤を整備する。

研究成果

本共同研究は具体的な民族誌研究にもとづくものであり、研究地域はオセアニア、東南アジア、アフリカに広がっている。また研究テーマも、土地-人間関係、病因、洪水、書類、入れ墨、呪術、土器製作、漁法、養育行動などのように多様であり、そのそれぞれが先行研究と向き合いながら現代的な問題提起をおこなってきた。こうした議論の錯綜から浮かびあがってきた基本的論点のひとつが「人類学者の存在論的コミットメント」である。
 ある宗教の信徒は神の存在を前提とするコミュニケーションをおこなう。つまり神への「存在論的コミットメント」(ontological commitment)を基礎とするコミュニケーションを営んでいる。参与観察は、こうしたコミュニケーションに参入し、自然で円滑なコミュニケーションをおこなうなかで何事かを知ることである。ここに信徒のコミュニケーションに含まれる存在論的コミットメントと親和的な人類学者の存在論的コミットメントが生じる。人類学者は対話者を批判、啓蒙するために調査にでかけるわけではない。したがって、参与調査から得られる資料を基礎とする民族誌研究は、もとの存在論的コミットメントを適切なかたちで保持することになるはずである。
 このことは人類学における参与観察の根本的重要性を再確認させる。例えば、近年の人類学に大きな影響を及ぼしてきたアクターネットワーク論は、人類学者がおこなう存在論的コミットメントと関わりなく、研究者が定立する存在者に依拠する議論を展開する点で参与観察に基づく人類学とは異質な学問である。また、住民の視点の理解を標榜する解釈人類学や心的情報処理から出発する認知人類学も、人類学者の存在論的コミットメントを顧慮することなく、心の存在を自明の前提とする意味や表象などの概念を多用する点で大きな問題をもっていることが明らかになる。
 人類学者の存在論的コミットメントは、本共同研究における議論から浮かび上がってきた重要な論点のひとつであり、そこから展開される議論は、人類学における参与観察の中心的意義と、参与観察にもとづく人類学という学問の特徴を、新しいかたちで強力に定式化することを可能にする。

2016年度

平成28年度は本共同研究の最終年度であり、研究成果報告論集に掲載する論文原稿の執筆を念頭においた共同研究を実施する。すなわち、年度前半には、研究代表者の主導のもと、オンラインストレージサービスや情報共有サイトを活用しながら、成果報告論集に掲載する論文の原稿を書き進める。そのうえで、年度後半に国立民族学博物館で3回の研究会をおこなう。この研究会は、あらかじめオンラインストレージサービスや情報共有サイトに掲載されている論文原稿を出席者が読んだうえで開催することを主要方針として開催し、論文内容に関する議論を深めるとともに、そこで提示されるコメントを論文内容に反映させる可能性を大きくする。
また、研究成果報告論集の出版を受けていただける出版社の編集者との連携をはかる。すなわち、出版企画の早い段階から研究成果報告論集の編集方針や構成等について意見をいただく。そうすることで本共同研究の成果報告論集に、現在の出版界で学術論文集にもとめられる諸要素をより多く取り入れる。

【館内研究員】 飯田卓
【館外研究員】 東賢太朗、小川さやか、片岡樹、金子守恵、桑原牧子、里見龍樹、高田明、津村文彦、中村潔、馬場淳、森田敦郎
研究会
2016年12月17日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
津村文彦(名城大学)「開かれたコミュニケーションの交差するところ――東北タイの病ピットクラブーン」
里見龍樹(一橋大学)「『育つ岩』――コミュニケーション/エージェンシーの限界をめぐる試論」
杉島敬志(京都大学)「コミュニケーションとエージェンシーの定立と作用に関する諸考察」
総合討論
2017年1月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
飯田卓(国立民族学博物館)「知識を共有するとはどのようなことか――マダガスカルの漁撈からコミュニケーションを考察する」
高田明(京都大学)(一橋大学)「遊びと複ゲーム状況――サンにおける養育者-子ども間相互行為の分析から」
森田敦郎(大阪大学)"Multispecies Infrastructure: Infrastructural Inversion and Involutionary Entanglements in the Chao Phraya Delta, Thailand"
2017年1月29日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
中村潔(新潟大学)「バリにおけるムラ(慣習村)の概念について」
桑原牧子(金城学院大学)「彫られたティキをめぐって――タヒチの偶像崇拝と否定神学」
金子守恵(京都大学)「捨てられない「もの」と「ゴミ」のあいだ――エチオピア西南部における使い終えた授業ノートをめぐる人びとのやりとり」
馬場淳(和光大学)「パプアニューギニアにおける書類の意味と力――エージェンシーの定立と作用に関する研究報告」
総合討論
研究成果

2016年12月から2017年1月にかけて3回の研究会を開催し、各回ごとに共同研究のメンバー3~4名が研究発表をおこない、発表内容と関連する議論をおこなった。それぞれの発表は、共同研究の成果報告論集のために執筆する論文の構想を示し、コメントを得る目的で用意されたものであり、発表につづく議論と総合討論では、成果報告論集の大まかな方向性を自覚し、これから執筆する論文間のコンシステンシーを高めるために必要で有益な意見交換をおこなうことができた。こうした意見交換は、今後もオンラインストレージサービスや情報共有サイトの運営をとおして継続する。また、2016年1月30日に開催した最終回の研究会では、成果報告論集の執筆と編集のスケジュールを話しあい、共同研究メンバーの合意をえるとともに、本共同研究に関心をおもちいただている出版社の編集者にご参加いただき、成果報告論集の編集と出版を円滑にするためのアドバイスを得るとともに、若干の意見交換をおこなった。

2015年度

研究代表者の主導のもと、昨年度からの議論をふまえ、また役割分担に則した研究を継続するとともに、その成果を研究会で発表し、それとの関連で議論をおこなう。
本年度は4回の研究会の開催を計画しているが、そこで不足しがちな議論は、本共同研究会専用の情報共有サイトを利用して継続することは前年度と同様である。
各種の競争的研究資金を組み合わせることで、研究代表者と役割分担者は、本共同研究のテーマとの関連でフィールド調査をおこない、民族誌的データを増補、更新し、共同研究会での発表に反映させる。
また年度後半からは、研究成果の出版を念頭におき、共同研究参加者の具体的な研究の進捗状況にそくして、発表と議論をかさねていく。
今年度から、本研究テーマについて深い知識をもつ、2人の若手研究者、後出の小川さやか氏と里見龍樹氏に共同研究に参加いただき、研究体制のさらにいっそうの充実をはかる。研究代表者は、両氏と事前に共同研究内容について十分なコミュニケーションをおこない、その内容について理解をえている。また、両氏には特別講師として研究会に参加していただいたことがある。この増員も研究成果の出版を念頭においたものである。

【館内研究員】 飯田卓
【館外研究員】 東賢太朗、小川さやか、片岡樹、金子守恵、桑原牧子、里見龍樹、高田明、津村文彦、中村潔、馬場淳、森田敦郎
研究会
2015年5月9日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
杉島敬志「インドネシア・中部フローレスにおける妖術者の「心」の様態と妖術霊の定立と作用
2015年11月29日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
杉島敬志「インドネシア・中部フローレスにおける妖術者をめぐるエージェンシー及び遠隔コミュニケーションとエージェンシーの定立に関する考察」
共同研究成果報告論集の構成と、出版社の選定をふくむ出版計画の具体化
2016年1月10日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
中村潔「起源の土地と土地の主」
高田明「養育者-子ども間相互行為にみる複ゲーム状況とエージェンシー」
金子守恵「研究成果報告:エージェンシーの定立と作用に関わるコミュニケーション」
飯田卓「マダガスカル南西部の邪術と祖霊、憑依霊をめぐるエイジェンシーの定立」
小川さやか「研究成果報告:エージェンシーの定立と作用に関わるコミュニケーション」
2016年1月30日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
津村文彦「ピット・サムデーンと食物アレルギー -東北タイの経産婦における食禁忌-」
馬場淳「パプアニューギニアにおけるエージェンシーと人格」
里見龍樹「「海に住まうこと」のアレンジメント:ソロモン諸島マライタ島の「海の民」におけるエージェンシーの境界」
片岡樹「一神教徒の民族誌はいかにして可能か」
総合討論
研究成果

研究代表者が本務校からサバティカルを取得して海外出張をおこなったため、出張前の5月に1回、帰国後に3回の研究会を開催した。研究代表者は、共同研究が目的とする基本的考えにもとづき、具体的内容のある研究の成果を発表し、共同研究構成員間での議論を活発化することに努めた。また、本共同研究の成果報告書の出版について話し合い、大まかな方向性を策定した。そのうえで、2016年1月10日(日)と2016年1月30日(土)に共同研究構成員の大半が参加して本年度の研究進捗状況を報告し、その報告内容について議論をおこなった。あわせて、来年度の研究計画について意見交換をおこなった。また、2016年1月30日開催の本年度の最終回の研究会には、本共同研究に関心をおもちいただいた出版社の編集者にご参加いただき、本共同研究の大まかな方向性を把握していただくことにも努めた。

2014年度

研究代表者の主導のもと、昨年度からの議論をふまえ、また役割分担に則した研究を遂行するとともに、その成果を研究会で発表し、それとの関連で議論をおこなう。
本年度は5回の研究会の開催を計画しているが、そこで不足しがちな議論は、本共同研究会専用の情報共有サイトを利用して継続する。
研究代表者は、本共同研究の問題設定の理論的な広がりを具体例をもちいて明らかにする努力を継続しておこない、共同研究を一定の方向に導く。また、適宜、特別講師に協力を求め、本共同研究を内容豊かなものとする。
くわえて、各種の競争的研究資金を組み合わせることで、研究代表者と共同研究員は、本共同研究のテーマとの関連でフィールド調査をおこない、民族誌的データを増補、更新し、共同研究会での発表に反映させる。

【館内研究員】 飯田卓
【館外研究員】 東賢太朗、片岡樹、金子守恵、桑原牧子、高田明、津村文彦、中村潔、馬場淳、森田敦郎
研究会
2014年5月31日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
杉島敬志(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)「トールキン、ラトゥール、ジェルの指輪物語:推移的定立、継時的作用、主体プロジェクションに関する考察」
発表に対する討論と本年度研究計画に関わる議論
2014年7月5日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
小川さやか(立命館大学先端総合学術研究科)「模造品の増殖を促す複ゲーム状況―エージェンシー研究の展望と可能性」
杉島敬志(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)発表内容に対する評言、総合討論への導入及び総合討論
2014年10月4日(土)13:00~18:00(京都大学総合研究2号棟4階 第1講義室(AA401))
金子守恵(京都大学人間環境学研究科)「土器をつくる手、デンプンをつかむ手:エージェンシーの作用と定立に関わる問題関心の整理と研究計画」
杉島敬志(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)「オーストロネシア諸族における「原初対」と「生命根」」
総合討論
2014年12月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
里見龍樹(一橋大学大学院社会学研究科・日本学術振興会特別研究員)「『育つ岩』と『われわれ』――ソロモン諸島のサンゴ礁居住民の事例からのエイジェンシー論『批判』の試み」
田所聖志(秋田大学国際資源学部)「パプアニューギニア、ポートモレスビーにおけるフリ人移民の人口流動」
2015年2月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
発表者:共同研究構成全員
テーマ:共同研究構成全員による研究進捗状況報告
総合討論
研究成果

計5回の研究会を開催した。昨年度同様、共同研究が目的とするところについての基本的考えにもとづき、研究代表者は、具体的内容のある研究の成果を発表し、共同研究構成員のあいだでの議論を活発化することに努めた。それとともに、本年度は、本共同研究の目的や本共同研究が包摂する研究領域に造詣の深い、共同研究構成員外の研究者を特別講師にむかえて研究発表をおこなっていただき、その内容について議論をおこなうことで、共同研究を組織する枠組みを、いわば外部の視点から対象化してとらえる機会をもうけた。具体的には、2014年7月5日に小川さやか氏、2014年12月20日に里見龍樹氏と田所聖志氏にご協力いただき、上記のような意味で、共同研究の内容を充実させることに努めた。また、第5回研究会では、共同研究構成員が本年度の研究進捗状況を報告するとともに、その報告内容について議論をおこなうとともに、来年度の研究計画について意見交換をおこなった。

2013年度

本共同研究と直接関係する、研究代表者の論文草稿の検討と、それとの関連で役割分担者がこれまでおこなってきた研究を発表し、議論をおこなう。また、研究代表者が本共同研究専用の情報共有サイトを立ち上げて管理し、研究会だけでは不足しがちな議論を継続する。

【館内研究員】 飯田卓
【館外研究員】 高田明、片岡樹、古澤拓郎、中村潔、津村文彦、森田敦郎、東賢太朗、桑原牧子、金子守恵、馬場淳
研究会
2013年10月26日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
杉島敬志(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)「エージェンシーの定立と作用」共同研究会の趣旨説明
2014年1月11日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
飯田卓(国立民族学博物館先端人類科学研究部)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
中村潔(新潟大学人文学部)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
津村文彦(福井県立大学学術教養センター)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
桑原牧子(金城学院大学文学部)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
森田敦郎(大阪大学人間科学研究科)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
各発表をめぐる総合討論
2014年2月8日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
高田明(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
片岡樹(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
東賢太朗(名古屋大学文学研究科)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
馬場淳(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)「エージェンシーの定立と作用」に関わる今後の自身の研究計画
各発表をめぐる総合討論
研究成果

2013年10月から3回の研究会を実施した。第1回では研究代表者が共同研究会の趣旨をのべるとともに、共同研究会を構想組織するにいたった基本的な考え方を説明した。また、第2回と第3回の研究会では、第1回での研究代表者の発表をうけて、海外出張等で出席できなかった者をのぞく共同研究員の全員が、この共同研究をとおして実施可能と思われる研究課題を提示し、議論をおこなった。第2回と第3回の研究会で発表し、議論された研究課題は以下の通りである。第2回:マダガスカルにおける漁民のブリコラージュ実践とコミュニケーション、インドネシア・バリにおける土地をめぐるコミュニケーション、タイにおける精霊の存在と力、フランス領ポリネシアにおける養育者を定めるエージェンシー、タイにおける洪水とその制御。第3回:ナミビア・ボツアナ狩猟採集民の相互行為における構造とエージェンシー、タイ山地民ラフの宗教から考えるエージェンシー、フィリピンにおける人と人とのコミュニケーションにおける超越的エージェンシーの発現、パプアニューギニア・マヌスにおけるモノと人格。