国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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宗教人類学の再創造――滲出する宗教性と現代世界

研究期間:2013.10-2017.3 代表者 長谷千代子

研究プロジェクト一覧

キーワード

宗教政策、宗教実践、世俗主義

目的

合理化を推進する近代主義の影響のもと、これまで多くの地域において、人々は「宗教」を政治・社会制度から排除しようとしてきた。しかし近年、宗教原理主義や公共宗教論の盛行、宗教伝統の復興や再評価などに見られるとおり、いったん隔離したはずの「宗教」がわれわれの社会へと滲み出し、新たな姿を見せつつある。その場合の「宗教」はかつての伝統的な姿のままとは限らず、環境思想のような新たな倫理・道徳の底流に見え隠れしたり、観光資源として人目を驚かせたりしている。
このように、伝統宗教のみならず、従来の「宗教」イメージとは異なりながらどこか宗教性を感じさせる新たな現象をも視野に取り込み、現代世界の「宗教」状況をよりよく理解することが、本研究の目的である。また、その研究実践を通じて、個々の宗教的世界観の研究に特化した感のある日本の「宗教人類学」を、上記のようなグローバルな潮流に対応したものへと鍛えなおしたい。

研究成果

本研究の底流には、現代世界ではいわゆる宗教の輪郭がとらえにくくなったという認識と、日本における「宗教人類学」という語にシャーマニズムや一村落の世界観などを研究対象とする1980年代前後の研究思潮の印象が残っているために、現況にマッチしないという問題意識があった。これに対して研究会を通して得られた結論は、一言で言えば、宗教を非宗教的なものとの関係の中に置き、相対化しながら研究することである。
研究会で繰り返し問題になったのは、「宗教」という概念の罠である。上記の「研究目的」は研究会発足当初のものだが、そこにすでに見られるように、「宗教」が政治・社会制度から排除された後、そこになおかつ「宗教性」が現われるという概念構成になっている。ここで深く考えなければ、「宗教」を排除した後にも「宗教性」は残り、そこから再び「宗教」が再生するという循環論に陥りかねない。しかし実際には、「宗教性」のようなものが感じられたとしても、それが再び「宗教」を生成するとは限らない。現に一定数の人々が、宗教という概念を嫌い、スピリチュアリティや道徳、伝統、教育といった概念のもとに自らの思考や実践を再編しようとしている。宗教の輪郭が捉えにくくなったとわれわれが感じるのはこうしたことに由来する以上、ここに焦点を当てて研究する必要がある。
考えてみれば、1980年代の日本の宗教人類学もこれと同じ問題を抱えていたように思う。そこでは研究者が宗教と見なしたものが宗教人類学の研究対象であり、一村落の世界観やシャーマニズムは、その実践者にとって本当に(いかなる意味で)「宗教」なのか、という問いはほとんど問われなかった。しかし現代世界では多くの地域で近代的な「宗教」概念や制度が一定期間根付いたのちに、それが現地の生活実践に影響していることが知られている。以前の日本の宗教人類学が見逃していたのはこうした局面であったと考えられる。
以上の議論を踏まえ、本研究会は下記のような研究方針を一つの回答とした。すなわち、「宗教」という概念は、近代的な宗教概念と制度という意味で限定的に用いる。そして、各フィールドの生活実践者が、自ら良き生を追求するうえでそうした「宗教」をどう利用し、変形させ、あるいは放棄するか、そこからどのような思考や生活実践が再構築されるのかを、人々が宗教をめぐる政治に巻き込まれていることを看過することなく、明らかにする。この方針のもと、環境主義、道徳、宗教的政治活動、巡礼観光、人権教育、超宗派的慰霊行動、ペイガニズムなどが具体的研究対象として俎上にのぼり、幅広い議論をすることができた。特に、道徳というテーマと、中国における宗教状況については、それぞれ2015年にIUAES, IAHRという国際学会でパネル発表をすることができた。

2016年度

最終年度なので、研究会は二度開催とし、これまでの研究会で得られた知見をまとめる作業を主とする。すでに成果論文集の構想をかなり練っており、27年度末に各研究員の論文草案が提出されるので、28年度初回の研究会(6月18-19日)は、そうして集まった草案をもとに、各草案の内容の検討と、論集の中での位置付けについての議論、問題意識の共有とそれについての考え方の意見交換などを主として行なう。二回目(11月12-13日)は夏期の現地調査が終わったタイミングでそれぞれの論文の内容を固め、論集の全体の構想と最終的な調整を行なう。基本的には全員が20分程度発表して意見交換をする。成果論集の最後には今回の研究会で積み残した問題点などについての座談会をもとにした論考を組み込む予定にしている。現段階では文化人類学や宗教研究関連の学会でのパネルという形での開催を考えているが、この二回目の研究会をその座談会に当てることもありうる。

【館内研究員】 藤本透子
【館外研究員】 岡本亮輔、加藤敦典、門田岳久、川口幸大、川田牧人、神原ゆうこ、國弘暁子、内藤順子、西村明、藤野陽平、別所裕介、溝口大助、宮本万里、矢野秀武
研究会
2016年6月18日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷千代子 諸々のお知らせ
島田裕巳(東京女子大学)「宗教消滅 世俗化する世界のこれから」
西村明(東京大学)「政教分離フィルター濾過後の残留宗教性についてー戦後の公的慰霊再考」
2016年6月19日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
神原ゆうこ(北九州市立大学)「コミュニティ再生という希望:スロヴァキア地方都市におけるNGOと宗教団体の社会貢献活動にみる『社会的なるもの』について」(仮)
矢野秀武(駒澤大学)「道徳心理学研究と宗教(概念)論」(仮)
11月19日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷千代子(九州大学)今後についてのお知らせ
長谷千代子(九州大学)「滲出する宗教性と現代世界を考える」(仮)
藤本透子(国立民族学博物館)「聖者(アウリエ)となった学者――カザフスタンにおける聖者崇敬とマシュフル・ジュスプの墓廟の変遷」
11月20日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
宮本万里(慶應義塾大学)「南アジアの肉食と宗教性――神格化される牛と周縁化される牧畜民」
河西瑛里子(大阪物療大学)「ネオペイガニズムにおける死者との関わり方から滲み出す宗教性」
川田牧人(成城大学)「民間信仰・民俗宗教・民俗信仰 」、総合討論
研究成果

研究会最終年度は、まず成果論集の作成に向けて、「宗教」「宗教性」などの概念の使い方やそれが「滲出する」という表現でもっとも捉えるべきは具体的にどういう現象かといったことについて議論した。全員が完全に納得のいくところまでは議論を尽くせなかったが、宗教という言葉を各フィールドにおける近代的な概念と制度に限定して使い、最近の社会・政治状況の変化によってそこからずれてきたものを「滲出する宗教(性)」と捉えること、少なくとも「宗教性」を人間に具わった本能的なもののようには捉えないことを方針とした。個人研究発表では、「宗教」は消滅するという議論(島田氏)、もしくは今後「宗教」より「道徳」がキーワードとなりうる可能性についての議論など(神原氏、矢野氏)に接し、その可能性と問題点について議論した。また、既存の「宗教」の枠組がその時代の政治状況に合わせて変形する事例(藤本氏)や、慰霊の儀礼から宗派性を取り去った後になにが現われるかについての考察(西村氏)なども紹介された。このほか、今まで在外研究のため発表機会のなかった宮本氏や、本研究会のテーマに共鳴して論集の執筆者に参加することとなった河西氏にも発表していただいた。

2015年度

今年度は年間4回の開催を予定している。主な目標は(1)これまでに得られた主な知見を実践に移し、調査報告を充実させること、(2)成果論集についての具体的な見通しを立てること、である。まず、メンバーのうち6人が夏に開催されるIUAESやIAHRなどの国際学会でパネル発表をする予定なので、それに向けての準備として、1回目と2回目に予行演習的な発表を行なう。それぞれのパネル発表において、非研究員の発表者がいるので、そうした方々をゲスト講師としてお招きする。同時に成果論文集等の内容の打ち合わせを開始し、各自の研究の方向性を練りながら具体化する作業にとりかかる。下半期は上半期での成果および国際学会発表で得られた知見なども取り込みながら、個々人が行なった調査についての報告発表を重点的に行ない、それぞれの内容を充実させる。

【館内研究員】 藤本透子
【館外研究員】 岡本亮輔、加藤敦典、門田岳久、川口幸大、川田牧人、神原ゆうこ、國弘暁子、内藤順子、西村明、藤野陽平、別所裕介、溝口大助、宮本万里、矢野秀武
研究会
2015年5月16日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
藤野陽平「戦後社会における台湾語教会の民主化運動 -言語・族群・キリスト教」(仮題)
成果報告に向けての論文内容の説明(長谷、門田、川田、國弘、矢野、岡本、西村、藤野)
2015年5月17日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
成果報告に向けての論文内容の説明(藤本、川口、別所、神原、内藤)
2015年6月20日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
IUAES班発表「Transformed Morality and Ethics Revised with/without Religion」
神原ゆうこ「Social Engagement and Morality in Secular Civil Society: Social activists in the post-socialist Slovak countryside」
加藤敦典「Alternative Dispute Resolution With and Without Religion」
國弘暁子「The Etiquette of d?na, unreciprocal gift giving, at the temple of Hindu Goddess」
藏本龍介「Morality beyond Morality: A case study of Therav?da Buddhist monks in Myanmar」
岡部真由美「The "Development" led by a Buddhist Monk and the Reconstruction of Religious Practices in the Thai?Burma Border Area of Northern Thailand: A Preliminary Analysis of the Revival of the "Chula Kathin" Ceremony」
IAHR班発表「Rearrangement of Traditional Religious Concepts and Practices in Contemporary China」
川口幸大「Can Confucianism be the Civil Religion in China?: an analysis of political, academic and commoner's discourses」
長谷千代子「New Buddhism for Chinese Local City Dwellers」
別所裕介「From 'Ethnic Culture' to 'Ecological Culture': New-reformed concept of 'Primitive Religion' in Contemporary Tibet」
2015年9月26日(土)13:00~18:00(早稲田大学・西早稲田キャンパス(理工キャンパス)51号館5階0502室)
内藤順子「悪者たちの聖者について」(仮題)
長谷千代子「本共同研究会の成果報告論文集に向けて」
IUAES・IAHR参加報告、科研応募についての話し合い
2016年1月10日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
門田岳久「観光の中の宗教性—沖縄南部の聖域巡礼者にみるパワー・俗信・スピリチュアリティ」(仮題)
岡本亮輔「観光の中の宗教性—写真の中の聖地観光」(仮題)
今後の予定についての話し合い
研究成果

今年度は成果論集の具体的な構想を練りながら4回の研究会を開催した。その成果の一部は国際宗教学宗教史会議(IAHR)や国際人類学・民族学科学連合(IUAES)などの国際大会で発表することができた。これまでの話し合いを通して、成果論集の方向性が徐々に固まりつつある。具体的には、①日本に於ける宗教研究のあり方の再検討、②宗教/世俗に関する社会的制度がどう変わってもわれわれにとって大切な問題であり続ける霊・死・生命などを現代世界においてどう考えるかについての探究、③既成の宗教イメージから脱しようとする実践や運動と、逆に④新たな宗教になろうとするかのような実践や運動についての研究、⑤既成の宗教組織や制度などがポスト世俗主義的な状況のなかでどう変容しつつあるかについての研究などが、各研究員によって進行中である。いずれも、宗教と世俗の社会・文化的境界の変化に着目し、宗教と世俗を分けようとする観念そのものを問い直す研究となりそうである。

2014年度

本年度の主な目標は、(1)日本の従来の宗教人類学のあり方についての見直しと再検討を行なうこと、(2)ポスト世俗化論の盛んな欧米の社会的・学術的文脈について理解を深めること、(3)国家レベルの近代宗教制度について、少なくとも十数か国にまたがるマクロな見取り図を描くこと、(4)そうして得られた見取り図からミクロな調査のレベルでどういう事象に着目すべきか見極めること、(5)近代宗教制度についての書籍刊行の可能性をさぐること、⑥海外学会での発表に向けて準備すること、である。いくつかの課題については、文化人類学、宗教学、精神分析学などの分野からゲスト講師を迎えて議論を深める方向で調整中である。個々の研究員が研究会成果を自己の研究に取り入れやすいよう、年間を通して十分な間隔をおいて開催する。また、こうした議論をふまえたうえでの、個々の研究員の研究成果発表も並行して行う。

【館内研究員】 藤本透子
【館外研究員】 岡本亮輔、加藤敦典、門田岳久、川口幸大、川田牧人、神原ゆうこ、國弘暁子、内藤順子、西村明、藤野陽平、別所裕介、溝口大助、宮本万里、矢野秀武
研究会
2014年5月24日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷千代子「これまでのまとめとお知らせ」
國弘暁子「近代宗教制度報告」(インド)
實川幹朗「日本からの宗教人類学はなぜ見込みがあるのか:事実と意識をめぐって」
田中雅一「日本の宗教人類学はなぜ自壊したのか?」
2014年6月28日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
藤本透子「近代宗教制度報告(カザフスタン)」 IAHRに向けての話し合い
伊達聖伸「「宗教」から「宗教的なもの」へ ――フランスの宗教研究における近年の動向と人類学への示唆」
2014年6月29日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
IAHRに向けての討論及び打合せ
研究成果

平成26年度は二回の研究会を行なった。このなかでまず、昨年度から続けてきた、各研究員の担当地域における近代的宗教制度についての概要の発表を一通り終了した。これにより、各国の宗教政策環境が予想以上に大きく異なることが明らかとなり、宗教概念のみならず、各国の宗教行政機関や宗教行政、宗教研究のあり方なども、近代における宗教と政治の関係を知るために調査する余地があることが分かった。ゲスト講師としては實川幹朗、田中雅一、伊達聖伸の各氏を招き、日本の従来の宗教人類学のあり方を概観すると同時に、研究主体の立ち位置や研究対象の特定の仕方なども再考しつつ、今後の研究方向を模索すべきであるとの展望を得た。また、平成27年度に行なわれる国際学会での発表に向けて打ち合わせを行ない、一部のメンバーがIAHRとIUAESで一つずつパネル発表を企画し、どちらも受理されて現在鋭意準備中である。

2013年度

初期においては、各地の「宗教」政策や宗教学的知見を全体で共有し、マクロな見取り図を描くことに主眼を置く。この際、特に重点的に検討するのは、世俗化論の本源である西欧と、私たち自身の背景である日本の状況についてであり、文化人類学のみならず、宗教(史)学や政治学的立場からの研究も参照する。各研究員が自らの研究対象地域の「宗教」政策や「宗教」史について発表するのみならず、上記の課題に詳しい研究者を特別講師として招いて発表を聞き、意見交換する。また、普段から研究員同士で重要文献についてメールなどで意見交換し、特に重要なものについては、読書会兼討論会という形での研究会開催もあり得る。

【館内研究員】 伊藤敦規、藤本透子、宮本万里
【館外研究員】 岡本亮輔、加藤敦典、門田岳久、川口幸大、川田牧人、神原ゆうこ、國弘暁子、内藤順子、西村明、別所裕介、溝口大助、宮本万里、矢野秀武
研究会
2013年10月5日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷千代子(九州大学比較社会文化研究院)研究会の趣旨と方針、実行計画、成果発表方法等についての説明、その再確認と細部の調整。
長谷千代子「今津人形芝居の舞台はいかに成立するか:聖地論への予備的考察」
施光恒(九州大学比較社会文化研究院)「政治理論と世俗を超えるもの――日本の善き生の理念に着目しながら」
討論
2014年3月1日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷千代子、川口幸大、別所裕介「近代宗教制度報告(中国)」
矢野秀武「近代宗教制度報告(タイ)」
溝口大助「近代宗教制度報告(マリ)」
加藤敦典「近代宗教制度報告(ベトナム)」
門田岳久、西村明「近代宗教制度報告(日本)」
神原ゆうこ「近代宗教制度報告(スロバキア)」
2014年3月2日(日)9:30~16:00(国立民族学博物館 第1演習室)
内藤順子「近代宗教制度報告(南欧・中南米)」
川田牧人「近代宗教制度報告(フィリピン)」
個別報告についての質疑・補足
各報告内容についての総合討論
今後の研究目標と成果発表についての討論
研究成果

本プロジェクトが開始して半年の時点での成果は、主に以下の二点である。
一つは、三月の研究会で各研究員が「近代宗教制度報告」を行ない、それぞれのフィールドが置かれている国家の宗教政策や宗教環境ついて、認識を新たにした。宗教に対する政治介入を日常的に行う国家、管理監督機構の必要性を感じていない国家、管理したくてもその余裕がない国家など、実に多様で、そうした違いが予想以上に各研究員の「宗教」イメージに影響しており、議論が混乱したほどであった。今後はこうした違いを咀嚼し、共有できる視点を見つけることが課題となる。
もう一つは見過ごされていたフィールドやテーマを発見する筋道が見えたことである。ゲストの講演や討論を通じて、人権教育に現れる宗教的精神性や、チベット活仏の転生を届け出制とする条例など、政教分離思想が破綻する局面でフィールド調査を行なうことの可能性を認識することができた。