国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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資源化される「歴史」――中国南部諸民族の分析から

研究期間:2014.10-2018.3 代表者 長谷川清

研究プロジェクト一覧

キーワード

歴史、資源化、中国南部

目的

「歴史」を表象、叙述、再編成し資源化する現象は人類社会では普遍的に見られる。近年、中国のインパクトが強まり、日本や世界に多大な影響を及ぼしており、中国に関する関心が高まり、その研究が緊急の課題になっている。また、中国では「中華民族」の一体性が政治的に強調される傾向が顕著である。さまざまな「歴史」の細片をハイブリッドな形で縫合して構築し、それを実利に結びつくものとして「資源化」しがちな傾向が見られる。「歴史」を「資源化」する主体は、各級政府、研究者、知識人、マスメディア、一般民等、複数あり、それらが互いに対立、交渉、妥協しあいながら、資源化の潮流を作り出している。同時に、「歴史」は「資源化」される際に、実用価値的な側面だけでなく、様々な認識主体が自分たちの正当性とアイデンティティの維持を担保しようとして構築される側面をも有する。本研究では、いかなる「歴史」が多様な主体によって、実利の獲得やアイデンティティの維持のため、どのように「資源化」されているのか、エスノ・ローカルな政治社会空間を舞台として批判的・分析的に明らかにする。

研究成果

この共同研究で対象としてきた歴史は、歴代の中国王朝が編纂した歴史書に記録される事象や出来事そのものではなく、仮に文字による記録があったとしても断片的であり、個人や集団レベルで民間に保持される記憶や非文字資料、文化的景観、環境認識などに反映されている。そして、関連する史料や文物資料の多くは民間のエリートや知識人、民衆によって生み出されたものである。
今年度は2回の共同研究会を実施した。第1回は文化的景観とその資源化について、雲南省元陽県の棚田地域の事例分析、二つの国家に跨って居住するエスニック集団の歴史資源化についてミエン(ヤオ)の調査事例をもとにした比較分析が報告された。第2回は科学研究費補助金基盤研究プロジェクト「中国周縁部における歴史の資源化に関する人類学的研究」(2015―2017、研究代表:国立民族学博物館名誉教授・塚田誠之)との合同研究会を開催し、歴史・記憶の資源化のダイナミクス、資源化に関わる各主体の表象実践、歴史・文化表象のバリエーション、ナショナリズムやノスタルジアとの関係などについて、多方面から討論を行った。
以上を通じて、国家や政府、民族/エスニック集団、ローカルなコミュニティ、他の様々な社会集団などを構成する諸主体が参画・関与し、経済利益の獲得や政治目的ばかりでなく、日常生活での文化的消費のニーズにも対応した形で、歴史の資源化が進行している状況が明らかになった。すなわち、そこで表象されている多様な「歴史」は、現代世界で急速に進む政治、経済、社会、文化のグローバル化やアイデンティティ・ポリティクスに共鳴しあうところがある一方、「中華民族」の一体性との接合や諸集団の歴史的過去にかんする公式のディスコースの再構築という意味あいも込められ、中国社会の諸文脈のなかに複雑に埋め込まれている。さらには、公定の史観やイデオロギーに基づく「単一の」歴史ではなく複数性を特徴とし、多様な社会状況や複雑な関係性を背景に、矛盾や齟齬、不一致を内包している。

2017年度

今年度は2回の研究会を予定する。前年度に引き続き、(1)記録・記憶、(2)神話・伝承、(3)史跡・景観、(4)アイデンティティの問題視角から、それらの相互比較と理論的枠組みの構築に向けた探究を行う。すなわち、自/他の民族イメージや文化表象、集合的記憶のかたち、文化的記憶の諸形式、民族の起源伝承や宗教儀礼を介した歴史認識、都市・農村の歴史的・文化的景観や各種のモニュメント、歴史人物ゆかりの地や史跡、各級政府やそれに連なる知識人による民族の記述のされ方、歴史認識とアイデンティティ、中華ナショナリズムとの関係などをめぐって、個別の民族誌的データに基づく事例研究をもとにした比較検討と議論を行う予定である。
なお、最終年度にあたるため、研究成果の刊行に向けた作業と共同討議を各回の研究会において段階的に進めていく予定である。

【館内研究員】 樫永真佐夫、河合洋尚、韓敏
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、塚田誠之、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、松岡正子、吉野晃
研究会
2017年7月22日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
孫潔(文教大学)「雲南省元陽棚田地域における景観とその資源化――村民による映像撮影との関わりを中心に」
吉野晃(東京学芸大学)「ミエン(ヤオ)の歴史資源化:湖南省江永県とタイの場合 」
質疑応答
2017年10月28日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
塚田誠之(国立民族学博物館名誉教授)、長谷川清(国立民族学博物館)「プロジェクトの成果と論点」
研究成果報告Ⅰ(稲村、兼重、曽、孫、高山、長谷、長沼、野本)
研究成果報告Ⅱ(松岡、吉野、韓、塚田、長谷川、藤井、権、大野、松本)
討論
研究成果

今年度は2回の共同研究会を実施した。第1回は文化的景観とその資源化に関する雲南省元陽県の棚田地域の事例報告、複数の国家に跨って居住するエスニック集団の歴史資源化についてミエン(ヤオ)のタイと中国の調査事例をもとにした比較分析が報告された。第2回は科学研究費補助金基盤研究プロジェクト「中国周縁部における歴史の資源化に関する人類学的研究」(2015―2017、研究代表:国立民族学博物館名誉教授・塚田誠之)との合同研究会を開催し、歴史・記憶の資源化のダイナミクス、資源化に関わる各主体の表象実践、歴史・文化表象のバリエーション、ナショナリズムやノスタルジアとの関係などについて討論を行った。国家や政府、民族/エスニック集団、ローカルなコミュニティ、他の様々な社会集団などを構成する諸主体が参画・関与し、経済利益の獲得や政治目的ばかりでなく、日常生活での文化的消費のニーズにも対応した形で、歴史の資源化が進行している点を明らかにできた。

2016年度

今年度は3回の研究会を予定する。前年度に引き続き、(1)記録・記憶、(2)神話・伝承、(3)史跡・景観、(4)アイデンティティの問題視角から、それらの相互比較と理論的枠組みの構築に向けた探究を行う。すなわち、自/他の民族イメージや文化表象、集合的記憶のかたち、文化的記憶の諸形式、民族の起源伝承や宗教儀礼を介した歴史認識、都市・農村の歴史的・文化的景観や各種のモニュメント、歴史人物ゆかりの地や史跡、各級政府やそれに連なる知識人による民族の記述のされ方、歴史認識とアイデンティティ、中華ナショナリズムとの関係などをめぐって、個別の民族誌的データに基づく事例研究をもとにした比較検討を行う予定である。以上を通じて、多様なエスニック集団、親族・宗族その他の社会集団から構成される、中国の多民族国家としての公共空間における「歴史」の資源化のダイナミクスを明らかにする。あわせて成果刊行に向けた各報告の論点整理と理論的な枠組みの構築を課題とする。

【館内研究員】 樫永真佐夫、河合洋尚、韓敏、塚田誠之
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、松岡正子、吉野晃
研究会
2016年7月9日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
樫永真佐夫(国立民族学博物館)「ベトナム、マイチャウにおけるターイの移住伝承の資源化」
上野稔弘(東北大学)「中国の非漢民族無形文化遺産をめぐるポリティクス-『少数民族非遺藍皮書』を読み解く-」
質疑応答
2016年10月22日(土)10:00~17:30(国立民族学博物館 第4セミナー室)
国際シンポジウム「中国における歴史の資源化―その現状と課題に関する人類学的分析」共催
館長補佐挨拶 寺田吉孝 (国立民族学博物館)
主旨説明 塚田誠之(国立民族学博物館)
韓敏(国立民族学博物館)「岳飛の社会記憶とその資源化-杭州岳廟を中心に」
コメント 長谷川清(文教大学)、兼重努(滋賀医科大学)
高山陽子(亜細亜大学)「烈士陵園の景観-南部と北部の記念碑の比較から」
コメント 松岡正子(愛知大学)、長谷千代子(九州大学)
稲村務(琉球大学)「ハニ=アカ族の記憶と記録」
コメント 上野稔弘(東北大学)
総合討論コメンテーター 曽士才(法政大学)
2017年1月7日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
高山陽子(亜細亜大学)「革命の記憶の資源化:中国の記念碑の事例から」
長谷川清(文教大学)「問題点の整理と検討」
総合討論
研究成果

今年度は3回の共同研究会を実施した。第1回はベトナムのターイ族の移住伝説の資源化、中国の非物質文化遺産の認定作業における文化伝統の継承・保存をめぐるポリティクスについての事例分析が報告された。第2回は科学研究費補助金基盤研究プロジェクト「中国周縁部における歴史の資源化に関する人類学的研究」(2015―2017、研究代表:塚田誠之教授)との連携により、国際シンポジウム「中国における歴史の資源化―その現状と課題に関する人類学的分析」を開催した。中国南部地域からの事例として、岳飛の社会記憶とその資源化、烈士陵園の景観の地域間比較、ハニ=アカ族の記憶と記録に関する研究報告が班員3名によってなされたほか、総合的な討論を行った。第3回は中国革命の歴史的記憶とモニュメントの事例分析が報告されたほか、これまでの事例分析の成果を総括するとともに、理論的な枠組みを構築するために必要な論点の整理を行った。以上の研究活動を通じて、中国南部諸地域の歴史・記憶の資源化のダイナミクス、資源化に関わる各主体の表象行為や実践のバリエーション、中華ナショナリズムとの相互補完的関係などについて、人類学的観点から解明していくことの意義や課題について展望を得ることができた。

2015年度

今年度は3回の研究会を予定する。前年度に引き続き、(1)記録・記憶、(2)神話・伝承、(3)史跡・景観、(4)アイデンティティの問題視角から、それらの相互比較と理論的枠組みの構築に向けた探究を行う。すなわち、自/他の民族イメージや文化表象、集合的記憶のかたち、文化的記憶の諸形式、民族の起源伝承や宗教儀礼を介した歴史認識、都市・農村の歴史的・文化的景観や各種のモニュメント、歴史人物ゆかりの地や史跡、各級政府やそれに連なる知識人による民族の記述のされ方、歴史認識とアイデンティティ、中華ナショナリズムとの関係などをめぐって、個別の民族誌的データに基づく事例研究をもとにした比較検討を行う予定である。以上を通じて、多様なエスニック集団、親族・宗族その他の社会集団から構成される、中国の多民族国家としての公共空間における「歴史」の資源化のダイナミクスを明らかにする。

【館内研究員】 樫永真佐夫、河合洋尚、韓敏、塚田誠之
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、松岡正子、吉野晃
研究会
2015年7月4日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
長谷千代子(九州大学)「歴史の資源化と利用目的:雲南省徳宏州の『果占璧(コーチャンピ)王国』論をめぐって」
曽士才(法政大学)「伝統儀礼の観光資源化と地元住民の意識――ミャオ族の鼓社節を事例に」
質疑応答
2015年10月31日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
松岡正子「蘇る?青蔵高原東部の古碉――再生産される記憶」
楊海英「チンギス・ハーンは誰の英雄?――「中華民族の文化資源」と化すモンゴルの歴史と文化」
質疑応答
2016年1月9日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
兼重努「民族の歴史を書く―侗族筒史から侗族通史へ」
河合洋尚「客家地域における歴史の資源化と景観形成――寧化石壁を中心として」
質疑応答
研究成果

上述の6つの事例報告(タイ族、ミャオ族、チャン族、モンゴル族、トン族、客家)の比較検討を通じて、個別性をもつ諸集団の集合的、歴史的記憶が現在どのように表象され、活用/運用されているのか、属する文脈が変化する中でいかなる読み替えや再解釈が起きているのか、集団のアイデンティティの維持や主張とどのように接合されているか等について、比較研究に必要な枠組みと今後検討すべき課題が浮かび上がってきた。あわせて、エスノ・ローカルな文脈における「歴史」の資源化が市場経済化などの影響を受けて複雑な力関係を内包している点、「記憶」の媒体は非文字のテクストも含めて動態的で可塑的である点が具体例によって示され、「歴史」の資源化が国家というナショナルな境界を有する特定の全体社会を基盤としつつも、その外部社会も含めた文脈や状況、関係性の中で進行していることが明らかになった。この共同研究の進展にとって有益な論点を共有することができたと言える。

2014年度

2014年度は、共同研究メンバー間で、先行研究成果の検討や討議を通じて理論的枠組みや問題設定を共有し、今後の基盤を形成することに重点を置く。代表者である長谷川が中国における「歴史」の資源化の人類学的研究に関して総合的な問題提起を行い、2回目は塚田、瀬川が、文献・実地調査それぞれの視点から「歴史」の資源化の特徴と問題点について問題提起を行う。

【館内研究員】 樫永真佐夫、河合洋尚、韓敏、塚田誠之
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、孫潔、高山陽子、長谷千代子、長沼さやか、野本敬、松岡正子、吉野晃
研究会
2014年10月18日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
長谷川清(文教大学)「趣旨説明」
事務連絡
稲村務(琉球大学)「資源としての歴史と記憶―アカ種族とハニ種族の事例より」
塚田誠之(国立民族学博物館)「歴史の解釈をめぐって─壮族の「民族英雄」儂智高を事例として」
2015年1月11日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
野本 敬「イ族系土司・土目にみる歴史の記録と構築について」
長谷川清「国境地域の〈歴史〉とその資源化――孟連タイ族の事例から」
質疑応答
研究成果

上記の4名の報告者により、研究報告がなされた。すなわち、第1回研究会では、雲南省南部のハニ族社会において系譜意識、土司遺跡、棚田の文化的景観など、多様な媒体や様式によって伝承されてきたコミュニティーの集合的記憶と資源化の過程(稲村報告)、中国・ベトナム境域においてチワン族の間で「民族英雄」とみなされる儂智高について歴史叙述やディスコースの変遷、中華ナショナリズムとの関わり(塚田報告)が取り上げられた。第2回研究会では、中国西南部のイ族社会に残されている碑文資料の保存状況、記述スタイルの諸特徴、中華的秩序のもとでの政治的意義(野本報告)、現存するタイ族の土司官署の歴史展示とナラティブ、文化的記憶との関係(長谷川報告)が扱われ、それらをめぐって議論が行われた。
「歴史」の資源化をめぐる問題領域と理論的な枠組みに関して、民族誌的事例からアプローチしていくことの重要性や意義を確認し、今後の比較研究に向けた論点を明らかにすることができた。