国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

モノにみる近代日本の子どもの文化と社会の総合的研究――国立民族学博物館所蔵多田コレクションを中心に

研究期間:2014.10-2018.3 代表者 是澤博昭

研究プロジェクト一覧

キーワード

近代日本、子ども観、子ども文化

目的

国立民族学博物館に所蔵される多田コレクション(通称「時代玩具」)は、江戸時代から戦後にかけての玩具を中心とした子どもに関わる様々なモノから構成される、総数5万数千点に及ぶ膨大な資料群である。玩具を初めとした子どもに関する多種多様なモノの数々は、それぞれの時代の子どもに対する人々や社会の意識を克明に映し出している。しかし、近代以降、それらは消費を前提として商品化されたこともあって、遺存は少なく実態は明らかではない。多田コレクションは、そうした子どもに関する品々が網羅的に収集・保存されている希有な例として価値が高い。
本研究は、児童学・美術史・玩具学・歴史学・民俗学・文化地理学・保存科学といった様々な専門分野の研究者が一堂に会し、コレクションの資料に対して多角的・総合的に検討し、分析を加えることで、コレクションの全体像を正確に把握することを試みる。それと共に、従来漠然としたイメージでしか理解されてこなかった近代日本の子どもの文化や社会の実態を、モノを資料として活用することで具体的かつ精緻に解明する。そして、その成果に基づき、近代以降の子ども観に代わる時代に即した新たな子ども観の見通しを提示し、展示会の開催を通じて広く社会に問うことを目的とする。

研究成果

近代日本の子ども観の源流と形成過程の解明を、製造・流通・売買・使用等、様々な文脈で社会の各層と密接に繋がり存在してきたモノを基盤に総合的に検討することで、近代日本の子どもの社会と文化の形成過程を解明するとともに、文献資料にはあらわれない、もう一つの近代日本をさぐる手がかりを探り当てることも視野に入れて、3年半にわたり研究会が開催された。
資料の熟覧を中心に、各地に類似するコレクションの調査を含めて研究会を開催した結果、同資料が子どもの生活の解明にとどまらない、近代史の裏面にせまる資料になり得る可能性を秘めていることが明らかになった。
例えば、民博資料には世相を反映させた数多くの玩具類が残されているが、そこには文献だけでは容易にみることができない人々の生活意識が映しだされている。1920年代後半から30年代にかけて、純粋無垢な子どもというイメージは大衆化し、平和友好という語と融合することで、大衆意識を国家戦略へ誘うイベントにまで成長する。その一端が面子や双六、カルタなどの絵柄などにもあらわれている。さらに国際的孤立と排外熱が高揚するなか、子どもの玩具もナショナリズム一色に飲み込まれていくようだが、敵国アメリカを代表するデズニーのキャラクターが、日本兵の姿で戦意高揚の歌を宣伝するなど、排米熱が頂点に達する間際であっても、民間ではまだアメリカへのあこがれが子どもの玩具に映し出されている。単純化されたイメージだけでは説明しきれないアメリカに対する庶民の複雑な意識を、子どもの遊び道具から垣間見ることができるのである。
本共同研究を通じ、学校等の近代教育の思想や実践の枠内に止まらない、子どもの公私にわたる生活の総体的な様相を具体的に視野に収めることで、新たな日本近代の社会像を提示する可能性を拓く見通しを得ることができた。その一方で、同コレクションが基本的には一個人の観点から形成されているため、資料の構成に一定の偏りが認められるために、更なる資料調査の必要性も明らかとなった。

2017年度

本年度は最終年度となるため、玩具や生活用品等のモノに即した視点から、展示会の開催をめざして、近代日本の子ども観の形成に関する、研究成果のとりまとめを行う。
具体的には、各共同研究員のテーマをより詳細に検討し合いながら、不足する研究分野を補完するために研究会の開催する。さらに民博所蔵資料の分類や関連情報の整理等の必要な作業を進め、文献資料ベースとは異なるより実態に即した新たな知見を提示するための学術研究資料として整備する。また展示会の開催に向けて、資料の選択や展示構成の検討等の作業を行う。

【館内研究員】 笹原亮二、日高真吾
【館外研究員】 稲葉千容、内田幸彦、香川雅信、亀川泰照、小山みずえ、是澤優子、神野由紀、滝口正哉、濱田琢司、森下みさ子、山田慎也
研究会
2017年6月17日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
報告 是澤博昭(大妻女子大学)「子ども・誕生――モノからみる子どもの近代」
資料の熟覧
2017年6月18日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
全体討議「研究成果公開にむけた今後の方針――展示・論集」
2018年2月8日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
全体討議Ⅰ「研究成果公開にむけた今後の方針――論集について」
全体討議Ⅱ「研究成果公開にむけた今後の方針――展示について」
研究成果

研究成果公開の一環として特別展「子どもとおもちゃの博覧会」の展示に関する今後の方針を話し合った。さらに特別展にあわせ、2019年度3月に成果発表の論文集の出版の目指すことを確認した。
論集は、各専門分野から近代日本の子どもの文化や社会の実態を、モノを資料として活用することで具体的かつ精緻に解明するアプローチする成果を寄稿することを確認した。また特別展に関連する埼玉県立歴史と民俗の博物館との連携の方向性に関する議論を深めた。

2016年度

本年度は、子どもの社会や子どもを取り巻く社会全体との関係を解明し、近代日本の子ども観の形成過程を実証的に提示するという視点にたち、これまでの調査研究成果をもとに各共同研究員が、それぞれの専門分野と研究テーマに基づき研究発表を行う。さらにビックバン旧蔵資料に類似したほかの博物館・資料館・旧家にのこる資料の調査をすすめ、それぞれの資料の内容や現地の研究者との議論等を通じて、それらの実態の把握を行うことで、共同研究の成果をもとに展示会を開催するための準備を進める。また、本研究の中間段階として、各共同研究員の研究成果を検証し、問題の設定や研究の進め方等

【館内研究員】 笹原亮二、日高真吾
【館外研究員】 稲葉千容、内田幸彦、香川雅信、亀川泰照、小山みずえ、是澤優子、神野由紀、滝口正哉、濱田琢司、森下みさ子、山田慎也
研究会
2016年5月28日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
高見俊樹(諏訪 高島城)「諏訪市博物館所蔵「玩具店・一○高見商店」資料の紹介」
民博所蔵資料の熟覧(北陸の露天商所持の玩具資料)
共同討議「縁日と駄菓子屋の玩具をめぐって」
2016年5月29日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室)
森下みさ子(白百合女子大学)「シールから知る「子ども文化」―子ども消費者と「近代」なるもの―」
是澤優子(東京家政大学)「明治大正期の玩具分類について」
2016年10月8日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
滝口正哉(徳川林政史研究所)「近代における江戸文化の懐古と捉え直しについて」
笹原亮二(国立民族学博物館)「生活文化と博物館展示を巡る実践的課題」
2016年10月9日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第3演習室)
野尻かおる(荒川ふるさと文化館)「画家小松崎茂の表現背景と子どもの文化」
共同討議:昭和の少年文化を中心にして
2016年12月17日(土)13:30~17:00(諏訪市博物館)
中島透(諏訪市博物館学芸員)「髙見商店営業期の諏訪市上諏訪の状況」
高見商店資料の熟覧
小林純子(諏訪市博物館館長)「髙見商店資料の背景」
2016年12月18日(日)10:00~13:00(諏訪市博物館)
亀川泰照(荒川ふるさと文化館)「明治の縁日・駄菓子屋空間と『おもちゃ』について」
小山みずえ(武蔵野短期大学)「戦前の幼稚園と幼児向け教材の開発―『手技』用教材を中心に―」
研究成果

子どもの社会や子どもを取り巻く社会全体との関係を解明し、近代日本の子ども観の形成過程を実証的に提示するという視点にたち、本年度は、これまでの調査研究成果をもとに各共同研究員が、それぞれの専門分野と研究テーマに基づき研究発表を行った。
さらに前年度に続き(田中本家博物館・兵庫県立歴史博物館所蔵資料)民博資料と同等の内容を有する諏訪市博物館所蔵高見商店資料(長野県諏訪市)について、研究会及び現地調査を実施した。同資料の内容や現地の研究者との議論等を通じて、それらの実態の把握を試みるとともに、一個人の観点から形成された民博資料との関連性を検証した。また少年文化に関する希少性の高い資料を所蔵し、展示会を開催した実績のある博物館関係者を招聘し、主に展示という側面から研究会を開催した。
以上のことにより共同研究の成果をもとに展示会を開催するための準備に大きな進展がみられた。

2015年度

本年度は、多田コレクションの基本的な性格と全体像の把握を行うと共に、各地の類似のコレクション(兵庫県立歴史博物館所蔵の入江コレクション、長野県の田中本家博物館の明治大正期の児童文化財、諏訪市博物館所蔵の昭和30年代に諏訪市で営業していた駄菓子屋「一〇高見商店資料」6000点余の資料等)との比較検討を中心に研究の深化を図る。
それを踏まえて各共同研究員がそれぞれの専門分野と研究テーマに基づき多田コレクションの資料に関する具体的な調査研究を着手する。
また、本研究の中間段階として各共同研究員の研究成果を検証し、問題の設定や研究の進め方等について再検討や再調整等の必要な措置を講じる。

【館内研究員】 笹原亮二、日高真吾
【館外研究員】 稲葉千容、内田幸彦、香川雅信、亀川泰照、小山みずえ、是澤優子、神野由紀、滝口正哉、濱田琢司、森下みさ子、山田慎也
研究会
2015年5月16日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
日高真吾(国立民族学博物館)「民博(子供生活文化に関連する所蔵資料)の現段階の整理作業の現状について」
目録の熟覧
2015年5月17日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
目録の熟覧と内容等に関する質疑応答
研究会成果報告に関連する特別展の開催等に関する検討
2015年10月17日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
濱田琢司(南山大学)コレクションと創造─民芸運動周辺における収集から─
資料の熟覧と質疑応答
2015年10月18日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 第3演習室)
香川雅信(兵庫県立歴史博物館)兵庫県立歴史博物館蔵『入江コレクション』について
資料の熟覧と研究会成果報告に関連する検討
2015年11月28日(土)12:30~16:30(田中本家博物館)
田中宏和(田中本家12代当主)「田中本家博物館の概要」
神野由紀(関東学院大学)「田中本家博物館の子供用品」
資料の熟覧と質疑応答
2015年11月29日(日)10:00~12:10(長野市立博物館 2階会議室)
山田慎也(国立歴史民俗博物館)「節供行事の変容――雛祭りのイベント化を中心として」
細井雄次郎(長野市立博物館)「長野市内の小正月行事と子どものかかわり」
2016年2月10日(水)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
今年度の研究会の総括と今後の研究計画について
資料の熟覧と質疑応答
2016年2月11日(木)10:00~12:30(国立民族学博物館 第3演習室)
資料の熟覧と質疑応答
研究成果

民博資料の現段階における整理状況の共有化をはかり、収集行為そのものの歴史的な意味に関する研究会を開催した。さらに民博資料の目録の熟覧で全体像を把握し、各共同研究員の専門分野と研究テーマに従い実物資料の熟覧に入ることで、調査に大きな進展がみられるとともに、本資料の意義と問題点を把握することができた。
その結果、近代日本の子どもの文化や社会の実態を展示に反映するための方向性が絞られてきたが、民博資料だけでは十分に補いきれないジャンルがあることも判明した。そこで長野県須坂市の田中本家博物館の実地調査および周辺地域の子ども文化の把握、兵庫県立歴史博物館所蔵入江コレクションの概要報告等、各地の類似のコレクションとの比較検討と相互補完の可能性を模索した。
これによりいわゆるモノ(玩具・衣服・文具など)を中心に子どもの生活文化を概観する展示会の開催に向けた調査研究の基盤が形成されるた。

2014年度

2014年度は、多田コレクションの基本的な性格と全体像の把握を行うと共に、各地の類似のコレクションとの比較検討を行い、多田コレクションの特徴や近代日本の子どもを巡る物質文化総体における位置付けを把握する。そして、各共同研究員の多田コレクションに関する基本的な情報や理解の共有を図ると共に、それに基づき、それぞれの専門分野に関わる個別の研究テーマの設定を行う。

【館内研究員】 笹原亮二、日高真吾
【館外研究員】 稲葉千容、内田幸彦、香川雅信、亀川泰照、小山みずえ、是澤優子、神野由紀、滝口正哉、濱田琢司、森下みさ子、山田慎也
研究会
2014年10月11日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 大演習室)
共同研究の趣旨・目的について及び共同研究者の自己紹介
笹原亮二(国立民族学博物館)「国立民族学博物館の多田コレクションについて」
稲葉千容(大三島美術館)「多田コレクションについて―基本的な性格と全体像の把握」
2014年10月12日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 大演習室)
是澤博昭(大妻女子大学)「教育玩具の近代―教育対象としての子供の誕生」
フリートーク 多田コレクション研究の今後の課題と展望
2015年1月10日(土)13:30~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
稲葉千容(大三島美術館)「多田コレクションの分類別資料紹介」
目録の熟覧と内容等に関する質疑応答
原山煌(桃山学院大学)「福島安正の研究から見る多田コレクションの意義」
2015年1月11日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
内田幸彦(埼玉県立歴史と民俗の博物館)「渋沢敬三とアチックミューゼアム――埼玉県との関わりを中心に」
今後の研究の進め方の検討(全員)
研究成果

多田コレクションの特徴やその基本的な性格の全体像の把握の一環として、近代日本の子どもをめぐる物質文化総体における位置付けに関連する研究報告を行った。
これと並行して、大阪府指定有形民俗文化財指定から国立民族学博物館への寄贈へいたる経緯とともに、分類における諸問題をはじめとする現状を共有した上で、同コレクションの学術的な研究の活用には何が必要なのかという視点から問題点を整理した。
それに基づき文献ベースとは異なるモノをベースにした各共同研究員のアプローチの方法に関する共同討議を行うことで、それぞれの専門分野に関わる個別の研究テーマの設定の今後の方向性を模索することができた。その成果を基に次年度以降各地の類似のコレクションとの比較検討を含め、各共同研究員の専門分野と研究テーマに基づき多田コレクションの資料に関する具体的な調査研究のために基盤が形成された。