国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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演じる人・モノ・身体――芸能研究とマテリアリティの人類学の交差点

共同研究 代表者 吉田ゆか子

研究プロジェクト一覧

キーワード

芸能、モノ、身体

目的

1980年代以降の人類学は、モノが人間に使われたり、意味や価値を付与される側面だけでなく、モノの側からの人間への働きかけや、モノと人の相互的作用によって出来事が生成されるプロセスに着目している。また、そこに物質性がいかに関わるのかという問いも重要性を帯びている。本研究は、こうした「マテリアリティの人類学」の関心を芸能研究に差し入れ、新たな芸能研究の視座を探求する。この芸能にはいわゆる「民俗芸能」からコンテンポラリーまでを含む。また本研究の関心は、身体や上演を取り囲む環境にも向けられる。本研究の第一の目的は、芸能を人とモノの織りなす営みと捉え直し、表現や伝承にモノがどのように関与するのかを考察する事である。
芸能に特徴的な、人とモノ(例えば仮面や楽器や他者の身体)が「一つになる」相互浸透的な在り方や、モノに触発され想像力や創造性が刺激されるプロセスにも注目する。動きや音や物語の中で展開する人とモノの関係性の特性を考察し、人類学を進展させることが本研究の第二の目的である。

研究成果

本研究会では、各自の研究についてそこに用いられるモノに注目しながらあらためて見返す作業がなされた。そのなかで、モノの制御不可能性(たとえば、竹の伸縮による楽器の音の変化、操作が煩雑なPCから出力される予測されなかった楽曲)が触発する新たな表現、神格など不可視の存在の働きを媒介するモノの働き、モノの変わらなさ(世代を超えて受けつがれる冠や仮面)が伝承に及ぼす影響、新たなモノの登場(カメラやチューナーやPC)が音と演奏者の関係や演者と観客の関係を変えてゆくこと、(車椅子やPCなどの)モノの帯びた社会的意味が上演にもたらす事柄、モノが要求する一定の身体性とそれに寄り添ったり制限されたりあらがったりすることによって生まれる新たな身体表現などについて、具体的な事例や自身の経験に基づいた議論がなされた。
また本研究会の関心は、モノの周りにある「モノではないが時にモノ的な様相を見せるもの」へも向けられていった。それは音や、映像や録音、そして固定された役柄などである。風を受けて鳴るエオリアンハープの音は、楽器が引き起した出来事のようでもあり、また風から音へと(五感で感知可能であるという点において)よりモノに近い存在へと変換されたかのようでもある。それは録音されてより確かなモノの形態をとり加工の対象にもなる。またバリの演劇に用いられる典型的な役柄(ストックキャラクター)も人形や冠というモノに表現されることで、固定され、共有され、継承される。こういったモノの周りに生じる、モノとコトを往復するような曖昧な存在について詳細かつ理論的に検討する段階には至らなかったものの、こういった存在への着目がマテリアリティの人類学に対してどのような可能性をもたらすのか、という新たな問いをみつけることができた。

2016年度

最終年度の本年も3回の研究会を行う。昨年度から引き続き本研究会が設定しているテーマに基づいて、1回につき2~3名が各自の研究を発表する。また、これまでしばしば議論にあがってきた、音や役柄や映像といった、それ自体はオーソドックスな意味での「モノ」ではないが、時にモノのように立ち現れる「モノ的な存在」をどのように扱ってゆくのかについて、検討を続ける。最終回では、これまでの研究発表を振り返りながら、全体討論の時間を多く取る。  
なお、研究成果公開のため、(1)人類学会の分科会での発表、あるいは実演も含んだシンポジウムの開催を検討し、(2)出版の可能性を探る。

【館内研究員】 八木百合子
【館外研究員】 佐本英規、大門碧、竹村嘉晃、田中みわ子、辻本香子、丹羽朋子、松嶋健、増野(城島)亜子、柳沢英輔、山口未花子
研究会
2016年10月29日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
吉田ゆか子(東京外国語大学) 前回のまとめ、事務連絡
辻本香子((大阪大学)日本学術振興会)「「本番を乗り切る」という活動――香港の龍舞チームにおける人とモノから生じる葛藤と妥協」
イリナ・グリゴレ(東京大学)「実験的展示――人類学とアートをめぐる身体、映像、踊り」
2016年10月30日(日)10:00~15:30(国立民族学博物館 第1演習室)
八木百合子(国立民族学博物館)「『聖なるもの』の継承――聖像を通じてみる人・モノ・信仰」
吉田ゆか子(東京外国語大学)「バリ島の曖昧な仮面たち――アブダクションの不一致をめぐって」
全員 今後の予定など
2017年1月21日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
丹羽朋子(人間文化研究機構)「窓花から窓花展へ――上演的再現メディアとしての中国剪紙と民族誌展示」
山口未花子(岐阜大学)「動物になるとき――北米狩猟民と動物のつながりを生成するモノとしての動物の身体」
全体討論(1)
2017年1月22日(日)10:00~16:30(国立民族学博物館 大演習室)
田中みわ子(東日本国際大学)「プロテーゼとしての車椅子――「隠喩」と「機能」を超えて(仮)」
松嶋健(広島大学)「ミケランジェロ的方法をめぐって――引き算としての彫刻と演劇」
全体討論(2)
研究成果

計4回の研究会を開催し、東京大学のイリナ・グリゴレさんを含む8人が研究発表を行った。そこでは仮面舞踊、演劇、車椅子ダンスなどの芸能を専門に研究してきたメンバーに加え、狩猟、聖像信仰、切り紙といった芸能そのものではないが、人とモノの多様な関わり方に焦点化して研究してきたメンバーも研究発表を行った。民族誌的展示の活動を題材とした研究報告も二つ含まれる。今年度の特徴は、仮面を被る演者や、車椅子を自在に操る踊り手の事例など、モノが人と一つになる局面について意見が交わされたことである。人がモノを自由に操れるようになるという面だけをみるのでは十分でなく、人がモノによって作り変えられる、異なる身体の感覚や使い方が生じるという側面への着目や、モノの物質性がもたらすある種の抵抗とせめぎ合ったり、モノが要求する身体性とはあえて距離をとるところに生まれる創造性への着目も有意義ではないかということが議論された。またモノを展示することあるいはモノを制作することと、パフォーマンスすることの類似点あるいは連続性についても議論がなされた。

2015年度

共同研究会を3回行う。1回につき2、3名が、各自の研究を発表する。参加者の興味関心を考慮し、年度内には特別講師を一名招く。現時点では、代表者は以下のようなテーマ例を想定しているが、これに限定せず、研究会の主旨に沿ったかたちで、メンバーは自由に関心を広げる。
・「モノの物質性と人間の身体」楽器や衣装や化粧の物質性や上演中の演者や奏者の身体性の考察
・「モノの生産・流通・移動と上演の関わり」モノやそれに関連する技術が生み出され移動・流通する過程で引き起こされる多様な出来事
・「上演と環境との関わり」芸能を通じた動物との関わりや、自然環境や都市環境と干渉しながら生成する芸能の側面の考察
・「『役になる』『一つになる』をめぐって」演者が仮面や衣装と共に変身する過程や、奏者が楽器や共演者や観客と一つになるといった現象の考察
・「モノを通して見る上演と日常」上演後にも続くモノを巡る実践に目を向け、日常と上演の差異と連続性について考察

【館外研究員】 佐本英規、大門碧、竹村嘉晃、田中みわ子、辻本香子、丹羽朋子、松嶋健、増野(城島)亜子、柳沢英輔、山口未花子
研究会
2015年10月10日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
吉田ゆか子 前回のまとめ、事務連絡 前回欠席者の自己紹介など
佐本英規「伸縮する竹と調律の技法――ソロモン諸島アレアレの竹製パンパイプス・アウにおける物質性の諸相(仮)」
大門碧「コントロールできないものが魅せる音楽エンターテイメント:ウガンダの首都カンパラの『カリオキ』」
2016年1月16日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
吉田ゆか子(国立民族学博物館) 前回のまとめ、事務連絡
増野亜子(東京藝術大学音楽学部)「バリ演劇における声・身体・モノ――影絵芝居と歌芝居の事例から(仮)」
飯田玲子(京都大学)「メディアの変化と視線の変化――インド・マハーラーシュトラ州のラーワニーを事例として(仮)」
2016年1月17日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第1演習室)
柳沢英輔(同志社大学文化情報学部)「未定」
竹村嘉晃(人間文化研究機構)「神霊と人をつなぐ「モノ」――インド・ケーララ州のテイヤム祭祀と実践者の生活世界(仮)」
全員 今後の予定など
研究成果

計3回の研究会を開催し、特別講師の飯田玲子さん(京都大学)を含む6人が研究発表を行った。初回の2人の発表は、いずれもモノの「制御できなさ」が芸能の表現に影響している点に着目するものであった。伸縮するために音律が一定でない竹パイプや、操作が煩雑なPCから出力される予測されなかった楽曲は、それぞれ独特のチューニング観や、即興的なパフォーマンスやを生じている。
連続開催された2回目と3回目では、衣装や人形、上演の映像記録、録音作品、エオリアン・ハープ、演者の写真やポスターなどのモノがかかわる芸能の諸現象について議論された。加えて、役柄の固定的なイメージ、録音物、音、音をつくる風、といった、モノではないが、ある種の「モノ的な様相を帯びた」存在に関心が集まるようになった。これらは、モノのすぐ傍にあって、モノと共に、芸能の表現、伝承、そして拡散に作用する。この点については来年度も引き続き議論を重ねてゆく予定である。

2014年度

初年度は研究会を一回開催する。代表者を中心にモノに関わる人類学の主要な理論を整理し、問題意識を共有する。その後全体で芸能研究への応用可能性について討議する。※東京から特別講師一人を招集する。

【館外研究員】 佐本英規、大門碧、竹村嘉晃、田中みわ子、辻本香子、松嶋健、増野(城島)亜子、柳沢英輔、山口未花子
研究会
2015年1月31日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第2演習室)
全員 自己紹介
吉田ゆか子「マテリアリティの人類学と芸能研究の交差点――研究会の主旨と背景」
丹羽朋子「物質性が導く『彼ら』の知の模倣――『展示』を介したフィールド/イメージ・ワーク(仮)」
研究成果

本年度は第一回目の研究会を実施し、各メンバーが取り組もうとしている課題について情報交換した。その上で、代表の吉田が、研究会の背景や構想、マテリアリティに関わる人類学的議論の系譜と経緯、そして近年の民族音楽学および演劇研究における、楽器や人形や仮面といったモノを扱った研究の動向を紹介した。この発表を受け、全体では、音をモノとして扱うことの意義について議論がなされた。音はモノのように現れることも、モノとしては捉え難いあり方をすることもある。分析上どう位置づけることが有益かは、ケースごとに異なること等が議論された。
続いて特別講師の丹羽が、中国の陝北地域の剪紙や暮らしを展示した経験について話した。創られては、消耗し、再び創られ再生する窓花のパフォーマティブなあり方を、影や断片的な映像も用いつつ展示場に表現。その中で現れた、モノやイメージをずらし再構成することによる翻訳、モノが反響させる複数の「時間性」の効果といった視点は芸能分析に活かしうる示唆的なものであった。