国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

グローバル化時代のサブスタンスの社会的布置に関する比較研究

研究期間:2015.10-2020.3 代表者 松尾瑞穂

研究プロジェクト一覧

キーワード

サブスタンス、関係性、生社会性

目的

人類学においてサブスタンス(身体構成物)に関する研究は、主に新しい親族研究とよばれる分野で行われてきた。特に、生殖の観念の文化的多様性に関する民俗生殖理論や、生物学的生殖に限定されない人の関係性についての議論は、自然/文化、生物学的/社会的次元の二元論を前提とする親族(研究)を批判的に乗り越えようとするものである。ところが、今日、サブスタンスは、科学技術や医学の発展、グローバルな経済市場やトランスナショナルな移動の増加という現象の最前線で取引、流通される資源となり、従来の親族研究の射程を超えた新たな重要性を帯びるに至っている。遺伝子やゲノムといった新たなサブスタンスが、個や家族、集団のアイデンティティ形成や社会化のあり方に影響を及ぼすさまは、生経済(bio-economy)や生社会性(biosociality)という点からも議論されている。
本研究の目的は、オセアニア、アジア、ヨーロッパにおけるサブスタンスの社会的布置に関する比較研究を通して、グローバル化時代のサブスタンスをめぐる社会動態の包括的な理解をはかるとともに、親族研究と医療人類学で二極化されているサブスタンスをめぐる研究を架橋するアプローチを提示することである。

研究成果

最終年度にあたる今年度は、2回の研究会を開催した。各回とも、これまでの議論を総括し、今後の成果公開に向けた討論と各論の草稿の検討作業に注力した。代表者である松尾による論集の趣旨と序論、およびメンバーによる各章の草稿の発表を通して、サブスタンス概念の射程が明らかにあるとともに、サブスタンスというものに立脚すると見えてくる、身体や社会関係のリアリティについても、ある程度の見通しをつけることができた。 また、各自の研究報告や論文執筆に加えて、中部人類学談話会にて本共同研究会を主体とした分科会「グローバル化時代のサブスタンスの社会的布置」(1月25日、名古屋大学)を開催し、メンバーからは松尾、山崎、深田が参加した。そこでのコメンテーターおよび参加者との議論を通して、共同研究で得られた知見を公開するとともに、サブスタンス概念の通地域性、通文化性についてより理解を深めることが出来た。共同研究会としては終了したが、成果論集の刊行や学会での分科会の組織、科研への申請等などを計画し、今後も研究を発展的に継続していくための素地を構築した。

2019年度

最終年度にあたる本年度は、これまでの研究を総括し、成果刊行のとりまとめに向けた総合議論と、各自の草稿の検討を組み合わせる。また、成果の一つとして予定しているシンポジウム開催に向け準備する。そのために、2回の研究会を予定している。第1回目は、代表者による全体構想および序論草稿の提示を行い、外部講師としてサブスタンス研究の専門家を招聘し、研究動向についての親族論からの報告を依頼する。第2回目は2日間開催し、執筆者全員の草稿を検討する。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 澤田佳世、島薗洋介、白川千尋、新ヶ江章友、田所聖志、深川宏樹、深田淳太郎、洪賢秀、松岡悦子、松嶋健、山崎浩平
研究会
2019年7月13日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「サブスタンスの人類学に向けて―序論検討」
全員「成果論集に向けた論文概要報告」
全員 総合討論
今後の予定について
2019年12月21日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果論集の草稿発表」
2019年12月22日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果論集の草稿発表」
全員 総合討論
研究成果

本共同研究では、3年半(途中1年間の中断を除く)にわたりメンバーによる各地の民族誌的事例と先行研究の検討を重ねることで、これまで人類学の内外で実に多義的に用いられてきたサブスタンスという概念を「人と集団のつながりにリアリティをもたらす身体構成物」として暫定的に定義しなおし、各自の研究を包括的に捉えるサブスタンスの人類学の枠組みと課題を整理し提示することが出来た。具体的には、次のとおりである。 第一には、サブスタンスの系譜学的研究である。ギリシア哲学以来の伝統を持つ「サブスタンス」(ギリシア語でウーシア/ラテン語でサブスタンティア)という語彙には、本質や実体といった不変的、永続的な含意があり、非西洋社会の民族誌的研究で描かれてきたサブスタンスの様態とは大きく異なっている。これまでの研究では、概念上の検討がなされないまま多義的に援用されてきたことに対して、サブスタンスの系譜学とでもいうべき歴史的分析の視点を導入する必要性が確認された。第二には、80年代以降の新しい親族研究に出自を持つサブスタンス論である。これはサブスタンスの人類学のいわば基底部をなす。親族や人格という人類学の伝統的な研究テーマに構築性やプロセスという視点を持ち込むとともに、自然/文化という境界を相対化するものである。本研究では、さまざまなフィールドにおける社会関係の自然化(とその綻び)のプロセスを民族誌的に積み上げることで、地域社会に特有に存在するとされがちなこれまでのサブスタンス観に対し、サブスタンスが特定の文脈においてサブスタンスとなる、サブスタンス化という動態から捉える視座を明らかにした。第三には、物質性により焦点を置き、資源としてのサブスタンスという視座を持つサブスタンス研究である。この領域は、グローバル化する資本主義経済における身体構成物のやり取りや立ち現われを問うものであり、サブスタンスのポリティカル・エコノミー研究や、人種、民族の境界の形成を問う集団研究、フェティッシュ研究などが含まれる。遺伝情報や生体認証情報のような、現代社会においてますます無視しえない情報/知識に対する新たなアプローチの可能性を模索した。 本研究会では、これらの領域の重なりあいをサブスタンスの社会的布置として描き出し、同研究の射程を明らかにした。

2018年度

本年度は、代表者の育児休業により中断していた本研究を再開し、引き続きメンバーによる研究報告を主として計3回の研究会を開催する。本年度で全員の研究報告が一巡し、さらに初年度、二年目に発表したメンバーよる発展的報告を実施する。各回は、サブスタンスと生物医療、サブスタンスと集団アイデンティティ、サブスタンスの商品化と流通という緩やかなテーマを設定し、サブスタンス研究の総合的把握を試みるとともに、その射程を捉える。また、うち2回はサブスタンスとグローバルな流通に関して医療社会学などの隣接分野の専門家を特別講師として招聘する予定である。議論を通じて各事例の検討とグローバル化するサブスタンスに関する研究領域への位置づけを行うとともに、理論的な進展をはかり、最終年度に予定しているシンポジウムの開催や成果刊行の取りまとめに向けて準備を行う。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 澤田佳世、島薗洋介、白川千尋、新ヶ江章友、田所聖志、深川宏樹、深田淳太郎、洪賢秀、松岡悦子、松嶋健、山崎浩平
研究会
2018年7月8日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「共同研究会の方向性と今後について」
田口陽子(一橋大学)「サブスタンス=コードの翻訳と変容:インドにおける人格と再分配をめぐって」(仮)
白川千尋(大阪大学)「サブスタンスとリアリティ-ヴァヌアツの感染呪術をめぐって」
全体討論
2018年12月2日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
二階堂祐子(国立民族学博物館)「象徴的媒体としての遺伝情報――遺伝性疾患のある当事者のサブスタンスに関する語りから」
島薗洋介(大阪大学)「臓器移植と想像のつながり、共同体」(仮)
全体討論
2019年2月28日(木)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
山崎浩平(京都大学)「インドのヒジュラ・コミュニティにおける身体サブスタンス」
松嶋健(広島大学)「実体変化とサブスタンス」(仮)
成果刊行に向けての打ち合わせ
研究成果

3年目にあたる本年度は、実質的な研究報告の最終年度と位置づけ、メンバーの報告を一巡させ、来年度以降の成果取りまとめにむけての議論を行った。第1回目は呪術や人格論、再分配という人類学の古典的テーマにサブスタンス概念からアプローチし再考することが目指され、サブスタンスという概念を接合させることで見えてくるものを考察した。第2回目の研究会では医療と身体サブスタンスについて、出生前検査や臓器移植という具体的な医療現象の事例から検討を行った。第3回目は、宗教儀礼や通過儀礼における乳や血、肉の象徴的かつ実体的な利用とその観念から、身体変化とサブスタンスについて議論を行った。これらの議論を通して、本年度はサブスタンス概念の性質と射程についての考察が展開されるとともに、これまであまり注目されてこなかったモースのサブスタンス概念の重要性や、非人間との関わりなど多岐にわたる論点が抽出された。これまでの研究成果を踏まえ、来年度以降の成果公開についても一定の方向性を定めることが出来た。

2017年度

3年目にあたる本年度は、前年度に引き続きメンバーによる研究報告を目的として1回の研究会を開催する。特にサブスタンスに関わる分野のうち、身体と医療という問題領域を設定し、関連する研究報告を行い、議論を深化させる。また、次年度以降のシンポジウムの開催や成果報告に向けての準備を進める。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 澤田佳世、島薗洋介、白川千尋、新ヶ江章友、田所聖志、深川宏樹、深田淳太郎、洪賢秀、松岡悦子、松嶋健、山崎浩平
研究会
2017年5月13日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
山崎浩平(松阪看護専門学校)「乳とちぎる――インド・グジャラート州におけるつながりの構築・維持・断絶」
新ヶ江章友(大阪市立大学)「日本のLGBTにおける血縁家族とオールタナティブな家族」
全体討論、今後の打ち合わせ
2017年5月14日(日)9:45~12:45(国立民族学博物館 第1演習室)
洪賢秀(東京大学)「韓国社会における遺伝子検査のイメージ」
松岡悦子(奈良女子大学)「東アジアの産後の習俗とsubstance」
研究成果

今年度は2日間に渡る研究会を1回開催した。サブスタンスに関わる分野のうち、これまでは親族研究からのアプローチを中心としてきたのに対し、今年度は身体や医療という問題領域を設定したうえで研究報告を行った。遺伝子や疫学、母子保健、LGBT、トランスジェンダーという多様な研究対象からサブスタンス研究へアプローチをすることで、いわゆる伝統的なサブスタンスに限定されない、グローバル化のなかでマテリアルとして生成、流通するサブスタンスの側面を照射することが出来た。これらはこれまでの議論を補完する視点であり、今後の研究の展開にとって重要な議論を深めることが出来た。

2016年度

本研究会は、全体を通してテーマ(事例)と理論からサブスタンスにアプローチしつつ、それぞれの年度で取り組むべき課題を設定し、各個研究の比較を通して検討を行う。初年度は、基本的概念や理論の共有とすりあわせを行った。2年目にあたる本年度は、個々の研究を共同研究の問題意識から問い直し、全体としてサブスタンスに関する理解を深化させることを目指す。前半は親族やつながり(relatedness)に関する研究、後半は医療社会学、人類学に関する研究枠組みを用いながら、それぞれの研究を既存の理論に接合させつつ、さらなる議論の発展を行う。

【館内研究員】 宇田川妙子、深川宏樹
【館外研究員】 澤田佳世、島薗洋介、白川千尋、新ヶ江章友、田所聖志、深田淳太郎、洪賢秀、松岡悦子、松嶋健、山崎浩平
研究会
2016年6月4日(土)10:45~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「文献解読 Janet Carsten 2001 "Substantivism, Antisubstantivism, and Anti-antisubstantivism"」
栗田博之(東京外国語大学)「「赤ちゃんはどこから来るの?」とのその後」
深川宏樹(国立民族学博物館)「血が否定されるとき-ニューギニア高地におけるサブスタンス紐帯とその切断-」(仮)
全員 ディスカッション
2016年12月17日(土)9:45~18:45(秋田大学 大学会館会議室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「趣旨説明」「インドにおける血の隠喩―カーストと優生学の交差」
深田淳太郎(三重大学)「戦没者と生者のあいだ:遺骨(サブスタンス)による有/無縁化」
秋田大学鉱業博物館 展示解説、資料熟覧
田所聖志(秋田大学)「地下の油と食べ物の脂を結びつける語りについて:パプアニューギニアの天然ガス開発地での調査から」
宇田川妙子(国立民族学博物館)「サブスタンスのリアリティ」(仮)
ディスカッション、質疑応答
深川宏樹(国立民族学博物館)「文献解読 Mary Weismantel著Making Kin: Kinship Theory and Zumbagua Adoptions」
全員 今後の打ち合わせ
研究成果

本年度は研究会を2回開催した。第一回目は、外部講師として栗田博之教授を招へいし、親族論の立場からのサブスタンス研究の知見をメンバーで共有、議論をして共通理解を深めるとともに、メンバーの研究報告も実施した。また、サブスタンス研究の近年の基本文献の読解を行い、シュナイダーからカーステンに至る研究動向を把握した。第二回目は、秋田大学にて、日本文化人類学会東北地区研究会および科研「現代インドにおける遺伝子の社会的布置に関する人類学的研究」(松尾瑞穂代表)との共催で、公開ワークショップとして開催した。メンバー4名が研究報告を行い、南アジア、オセアニア、ヨーロッパにおけるサブスタンスをカギ概念とした研究枠組みとその方向性について、隣接分野の研究者らと討議を行った。また、第一回目同様、講読文献も継続した。二年目に当たる本年度は、これらの活動を通して、研究会としての共通理解を深めるとともに、個別の研究報告を積み重ねることで、地域横断的な多様なサブスタンスの様態が徐々に姿を現すとともに、分析に際してのパースペクティブをいくつかの段階に分けて設定することが可能となった。

2015年度

本研究会は、3年半の期間に計12回の研究会を開催する予定である。本研究会は、全体を通してテーマ(事例)と理論からサブスタンスにアプローチしつつ、それぞれの年度で取り組むべき課題を設定し、各個研究の比較を通して検討を行う。
1年目(平成27年度)は、2回の研究会を開催する。初回は、研究代表者から全体の概要と基本方針を示し、研究の枠組みとアプローチの検討を行う。2回目は、サブスタンスに関する近年の主要研究に基づき、サブスタンス研究の動向と課題について討論し、メンバー間で一定の知の共有を図るとともに、方法論についての報告を行う。

【館内研究員】 宇田川妙子
【館外研究員】 澤田佳世、島薗洋介、白川千尋、新ヶ江章友、田所聖志、深田淳太郎、洪賢秀、松岡悦子、松嶋健、山崎浩平
研究会
2015年10月10日(土)11:00~17:00(国立民族学博物館 収蔵庫展示準備室)
護符の同定・記述作業
2015年10月11日(日)9:00~16:00(国立民族学博物館 収蔵庫展示準備室)
護符の同定・記述作業
2015年11月7日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「研究会の目的と今後の研究計画」
全員 各自研究紹介
松尾瑞穂(国立民族学博物館)「サブスタンス研究の動向」
全員 討論
2016年1月30日(日)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
島薗洋介(大阪大学)「文献解読 D.Schneider(1968)American Kinship
新ヶ江章友(大阪市立大学)「文献解題 A.Shimizu(1991) "On the Notion of Kinship"」
深田淳太郎(三重大学)「文献解題 清水昭俊(1989)「「血」の神秘」」
全員 「総合討論と今後の研究計画」
研究成果

初年度にあたる2015年度は、2回の研究会を開催し、サブスタンスに関する比較研究という本共同研究のテーマと課題について、メンバー全員の共通理解を深める作業を行った。研究代表者の松尾による研究動向のまとめの発表に続き、本テーマと関連する各メンバーの研究関心、本研究会における役割について意見交換を行った。第2回目の研究会では、親族研究におけるサブスタンスをキーワードとし、同分野の基本重要文献の解読を行った。研究会前に全員が事前に文献を読解したうえで、島薗、新ヶ江、深田の3名による文献解題発表を行った。2回の研究会を通して、サブスタンスという研究領域とその射程について、メンバー同士で活発かつ濃密な議論がなされ、2年目以降につながる大変有益な内容となった。