国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。
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放射線影響をめぐる「当事者性」に関する学際的研究

研究期間:2015.10-2019.3 代表者 中原聖乃

研究プロジェクト一覧

キーワード

放射線影響、不確実性、生活者

目的

核実験や原発事故による放射線影響を受けた社会については、人体や自然環境への影響に関する自然科学分野の研究、加害責任を明らかにする歴史学研究、放射線影響の基準を決定する政策学的研究、社会的影響を明らかにする社会学および人類学的研究などが蓄積されてきた。
しかしながら実際には、遺伝的疾病や食料に対する不安を訴える当事者の発言は「感情論」として切り捨てられる傾向にある。これまでの放射線影響に関する研究により、その不確実性が科学的に明らかにされてきたにも関わらず、実社会における被害対応や予防では、放射線影響の不確実性を生きる「生活者の視点」からの被害の理解は十分ではない。
そこで、本共同研究では、被害者の「当事者」としての「生きること」や「生活」の視点からの被害観の解明を目的とする。これまで個別に研究してきた人類学を中心として、医学、政治学、歴史学の学問分野と連携し、米国、マーシャル諸島、日本、太平洋を調査対象としたこれまで個別に行われてきた研究を統合・深化させる。

研究成果

放射線影響の不確実性の中で、放射線影響が過度に政治化する中で、そして極めて専門性の高い放射線影響に関する科学知の中で、生きていかなければならない人びと、あるいは社会を描いていくことがこの研究の目的であった。この問いに答えることで、放射線影響をめぐる複雑な構造を、具体的に明らかにできると考えた。
私たちの共同研究は3年半の期間中に合計10回の研究会を行った。この研究会のうち、広島と埼玉県の丸木美術館での二か所で館外開催を行い、一般に向けたシンポジウムを一度開催し、3人の特別講師を招いた。研究会メンバーは相互に面識のないものがほとんどであったため、一巡目は自らのこれまでの研究の紹介、二巡目は最終成果報告を見据えた報告を行った。最終年度には、国立民族学博物館共同研究(国際展開事業)助成を受け、40th UGAT Annual Conference an International Gatheringで、研究成果の一部についてフィリピンにおいてパネル発表を行った(8-10 November 2018)。 個々のメンバーの研究対象地は、福島、広島、沖縄、マーシャル諸島、キリバス共和国、フレンチポリネシアなど多岐にわたった。また、テーマも非核芸術、生活知、核実験後の産業、核実験被害者との交流、外国人被爆者、当事者の定義、核に関する教育実践、福島原発事故後の除染など幅広いテーマをカバーできた。
研究会を通して、さまざまな放射線被害の当事者が存在し、それぞれの当事者性を主張している状況が明らかになり、かつそうした当事者性が交差しない(理解され難い)状況にあることもわかった。こうした状況を、超学際的手法をとる本研究では、さまざまな角度から明らかにした。
ただし、超学際的研究の難しさも明らかになった。この研究会においてとりわけ問題になったのが、当事者を定義することであった。その難しさは、第一に考察の対象となる特定の社会、あるいは現象に多様な経験と感情を持った主体が同居していることである。第二には、考察する人の経験と感情が多様であることである。つまり、考察される側にも考察する側にも、それぞれにある「立ち位置」の違いが存在する。この研究会のメンバーは、さまざまな学問分野と様々な専門家から構成されているため、当事者を定義づけするにあたり二重の難しさがあるという認識を得た。

2018年度

本年度は、最終年度にあたるため、成果出版に向けた研究会を開催する。1回目で、これまでの報告から得られた成果をまとめ、また成果出版に向けた準備を行う。本年度は3回の研究会で、最終成果で発表する研究成果についての報告をメンバー全員が行うこととする。また各回の研究会ではあらかじめ送付した発表者の草稿を読んで参加し、放射線被害者の「当事者性」を見据えた討論を行う。

【館内研究員】 林勲男
【館外研究員】 新井卓、市田真理、岡村幸宣、越智郁乃、聞間元、桑原牧子、小杉世、島明美、関礼子、西佳代、根本雅也、三田貴、楊小平、吉村健司
研究会
2018年11月17日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
島明美(ふくみみラボ)「福島原発事故 低線量放射能汚染被害者が放射能汚染被害者ではなくなったフォローアップ事業」
全員 最終成果出版の枠組みについての討論
2018年11月18日(日)9:00~12:30(国立民族学博物館 第3演習室)
市田真理(第五福竜丸展示館)「『ビキニ事件』の当事者は誰か」
聞間元(生協きたはま診療所)「ビキニ事件で忘れられている被災者たち」
全員研究会のまとめ
2019年1月19日(土)11:00~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
吉村健司(東京大学)「水爆実験後の琉球水産史と現地紙報道」
桑原牧子(金城学院大学)「仏領ポリネシア核実験の元前進基地ハオにみる当事者性」
小杉世(大阪大学)「想像力と身体芸術による当事者性への近接――キリバスでの英米核実験の表象をめぐって」
最終成果報告についての討論
2019年1月20日(日)9:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
根本雅也(立命館大学)「ホウシャノウが現れるとき――原爆被爆者を事例として」
楊小平(東亜大学)「被爆体験の「継承者」の当事者性に関する公共圏と親密性」
新井卓(芸術家)「獲得される〈当事者性〉――東松照明の長崎と、〈当事者〉と〈非当事者〉を取り持つ第三者たち」
メンバーの草稿についてのコメント
研究成果

今年度は、最終成果出版にあたって「当事者性」についての議論を行った。本研究は、そもそも見えない部分/隠されている部分/考えないようにしている部分を見えるようにしていくことを目的とすることを確認した。そのなかで、「当事者性」とは何かということが問題となった。放射線の被害を受けた人、放射線の被害を受け避難してきた人を受け入れる自治体で、いじめがある状況を困惑しながら眺めた人、放射線被害の処理事業にかかわる人など、様々にかかわっている。そして様々な人がかかわりあうからこそ、問題が起こっていることを確認した。つまり、複数の当事者性があり、各々が、それぞれの当事者性を主張したり、それぞれのトラウマが交わっていなかったりしている。こうした状況を、最終報告で描き出すことを確認した。その際、他者の苦しみを表象することの暴力性については十分に留意する必要性があることも確認した。最終報告は、知識として放射線影響問題を知ることにとどまらず、自身の行動を変えていくことにつながるものにすることも確認できた。

2017年度

審査で受けた指摘に従い前年度までにメンバーの増員をはかった。そのため、本年度の研究会から、これまでのビキニ班、タヒチ・キリバス班、福島班、芸術・教育班という四つの班編制を、成果出版に合わせて再編する。本年度はこの再編された班編成を元に研究会を開催する。また本年度第1回目の研究会では、「当事者性」についての共通認識を確認するとともに、前年度までの研究会での批判を生かし、また成果出版に向けた研究発表を行う。「当事者性」に関しては、だれが当事者なのか、あるいはどこまで当事者として研究対象としていくのかについての共通認識はまだ得られていないため、議論を行う。
また、2018年度に予定している学会でのグループ発表のための準備を行う。

【館内研究員】 林勲男
【館外研究員】 新井卓、市田真理、岡村幸宣、越智郁乃、聞間元、桑原牧子、小杉世、島明美、関礼子、西佳代、根本雅也、三田貴、吉村健司
研究会
2017年6月24日(土)13:00~18:00(広島平和記念資料館)
楊小平(広島大学)原爆資料館の展示について担当学芸員と討議「中国人の原爆被爆及び広島平和記念資料館への来館者から見るヒロシマ」
2017年6月25日(日)9:00~15:00(サンピーチホテル岡山)
丹治泰弘 「一人の自主的避難者の見た福島」:岡山在住原発被災者との交流
吉村健司(東京大学)「沖縄戦後期における水産史と原水爆報道――琉球新報の報道を中心に」
越智郁乃(立教大学)「作品を通じた『放射能』理解――『見る』『知る』から『ともに考える』へ」
2017年10月14日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果報告に向けた話し合い」
岡村幸宣(丸木美術館)「核の可視化と当事者性の獲得――“非核芸術”の可能性―」
西佳代(国立民族学博物館)「低線量放射能の『安全性』に向けた議論――アメリカ・ワシントン大学水産研究所におけるサケ科魚類品種改良研究を中心に」
2017年10月15日(日)9:00~14:30(国立民族学博物館 第1演習室)
中原聖乃(中京大学)「放射能汚染の被害観――マーシャル諸島の生活世界から」
三田貴(大阪大学)「原発事故による社会分断と共生をテーマにした教育実践の課題と展望」
全員「シンポジウム開催並びに研究の方向性に関する話し合い」
2018年1月27日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
新井卓(芸術家)「個人的記憶の共有――ダゲレオタイプ写真と核時代におけるナラティブ(仮題)」
全員「成果報告に向けた話し合い」
研究成果

2017年度は3回の研究会を行った。今年度で全員が一巡した。今年度はとくに芸術、教育的視点から放射線影響問題を考える事例の報告を行った。また、研究会発足当初から懸案となっていた日本の原爆被害者についての研究会を開催することができた。研究会最終回にて、成果報告のコンセプトについての議論を行った。放射線被害の実態を明らかにするとともに、その被害が不可視化されている状況を、社会のしくみから明らかにすることを確認した。最終年度前半は原稿の執筆に充て、後半で集中的に研究会を開催し、草稿を持ち寄り、一つの成果にまとめるための研究会を行うことを決定した。

2016年度

2年目では3回の研究会(非公開)で、それぞれの回でグループごとに発表を行う。初年度に設定したビキニ核実験、タヒチ・キリバス核実験影響、福島原発事故、啓発活動としての芸術・教育実践という4つのチームに分かれる。第1回目の研究会はタヒチ・キリバスグループのメンバーによる発表である。第2回目は啓発活動としての芸術・教育実践グループと福島グループによる発表である。第五福竜丸の被ばく問題に詳しい専門家を特別講師として迎える予定である。また、第3回目は、共同研究の中心メンバーによる今後の研究の方向性に関する討論を行う。

【館内研究員】 林勲男
【館外研究員】 市田真理、猪瀬浩平、岡村幸宣、越智郁乃、聞間元、桑原牧子、小杉世、島明美、関礼子、西佳代、根本雅也、三田貴、吉村健司
研究会
2016年6月11日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
成果報告について、他の研究プロジェクトとの連携、新メンバーの自己紹介
桑原牧子(金城学院大学)「フランス領ポリネシアの核実験被ばく問題へのキリスト教的支援についての研究計画」
小杉世(大阪大学)「ニュージーランドから見た太平洋核実験―キリバス、仏領ポリネシアを中心に」
2016年10月29日(土)14:00~18:00(丸木美術館 埼玉県)
壷井明展ギャラリートーク参加 被ばく放射能汚染に関する芸術について学ぶ
丸木美術館館内にて作品鑑賞
2016年10月30日(日)9:00~12:00(丸木美術館 埼玉県)
放射線影響に関する基礎知識を学ぶワークショップ(小沢 洋一)
2017年2月4日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
今後の研究計画および成果報告のための話し合い
特別講師による研究会
菅野利行(福島県富岡町職員)「富岡町の役割と復興への軌跡」
2017年2月5日(日)9:00~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
関礼子(立教大学)「原発事故と当事者性の社会学」
島明美(ふくみみラボ)「福島原発事故における情報リテラシー――当事者から見た6年間~ジャーナリズムの役割り」
根本雅也(一橋大学)「科学・制度・経験――原爆被爆者の視点から考える放射線の影響」
研究成果

本年度は、3回の研究会を開催した。初回は、フレンチポリネシアにおける核実験とキリバスにおける核実験に関する現代的情報を共有することを目的とした。第3回目は、大規模な放射線被害の原点である広島原爆投下の被害者をめぐる状況について、また最も新たな放射線被害である福島原発事故を事例として取り上げながら、社会学による「当事者性」の分類について情報を共有した。同じく3回目には、富岡町の行政職員の方のお話を伺い、国と市民の間で重大な決断を迫られる現場を垣間見た。放射線被害の構造的なありようを確認できた。また、第2回目は、芸術が放射線被害をどう捉えられているのかを知るために、メンバーの所属先である埼玉県丸木美術館で開催された壷井明特別展『無主物』を、ギャラリートークとともに見学し、アートが制度によって認められえない放射線被害をあぶりだす手段となっている点を確認した。これまでの研究会で、放射線被害の世界的な広がりの中でとらえるとともに、それぞれの放射線影響に関する歴史的文脈および社会的状況を知ることができた。

2015年度

初回の研究会(非公開)では、代表者による趣旨説明、被ばくと放射能汚染における「当事者の生活」に関して自らの理解をたたき台として、各自の問題関心から議論し、共同研究の枠組みについて確認するとともに、今後の研究計画を確定する。第2回目の研究会(公開)は、3名の研究者が順次研究蓄積に基づき発表を行う。

【館内研究員】 林勲男
【館外研究員】 市田真理、猪瀬浩平、岡村幸宣、越智郁乃、聞間元、桑原牧子、小杉世、島明美、関礼子、西佳代、三田貴
研究会
2015年10月24日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
全員 自己紹介および研究概要発表
林勲男(国立民族学博物館)・中原聖乃(中京大学社会科学研究所)研究会内容および趣旨説明
全員 成果発表に関する意見交換
中原聖乃(中京大学社会科学研究所)「放射能汚染地の生活圏再生」
2016年2月6日(土)15:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
中原聖乃(中京大学)「文化人類学が放射能汚染問題に果たす役割は何か?」
市田真理(東京都立第五福竜丸展示館)「第五福竜丸展示館の活動を通じた交流」
聞間元(生協きたはま診療所)「ビキニ核実験被害の医学的考察――これまでの問題整理」
2016年2月7日(土)10:00~16:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
西佳代(広島大学)「グアムにおける放射能被害の実態」
談話会打ち合わせ、準備
談話会「放射能汚染に立ち向かう――測定と生活の場から」(文化人類学学会課題研究懇談会災害の人類学との共催)
話者1 島明美(ふくみみラボ)「福島の生活と市民測定」
話者2 中原聖乃(中京大学)「マーシャル諸島核実験被害地のいま」
話者3 青山道夫(福島大学)「海洋の人工放射能汚染の歴史――核実験および原子力発電所事故」
研究成果

今年度は2回の研究会を開催できた。
1回目の研究会は、問題意識の共有、研究会の進め方、成果発信について議論した。当初は、「当事者」を、直接的に被害をうけ、かつ生活している人を、「被害者」と定義していたが、討論により、自身も気づかない被ばくや放射能汚染との間接的な関わりをも明らかにするという、広い意味での「当事者性」について明らかにすることを確認した。また成果発信については論文集を軸として若者向けの放射線影響を考える冊子なども考慮し、広く社会に成果を還元することを確認した。また、メンバーのそれぞれが初対面であったことから、自己紹介に多くの時間を割いた。メンバーそれぞれの放射線影響研究や活動について、メンバー相互に確認できた。
また2回目は1日目の研究会、2日目のシンポジウムとも公開で行った。とりわけ2日目は25名の一般参加者とともに活発な議論が展開され、問題意識を社会と共有することができた。