国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

世界のビーズをめぐる人類学的研究

研究期間:2016.10-2018.3 代表者 池谷和信

研究プロジェクト一覧

キーワード

ビーズ、文化史、交易

目的

本研究は、本館の所蔵する標本資料の一つであるビーズ(トンボ玉や勾玉を含む)を主な対象にして、人類の生活にとってのビーズの役割とは何かを明らかにすることを研究目的とする。まずビーズとは、何らかの素材を紐で通したものとして定義する。その素材は、木の実、植物の種、動物の歯や骨、貝殻、ダチョウの卵殻、石や金や琥珀のような鉱物、鉄、ガラス、粘土、プラスティックなど多様である。また、ビーズ細工には首飾りのような線状のものから、バッグのような面状のものまで形もさまざまである。さらに、それは単なる美しさを求める装身具としてのみならず、富の象徴や社会的威信、および集団のアイデンティティなどを示すなど社会的役割を持っている。本研究では、本館のビーズ資料そのものの分析に加えて、主として歴史考古資料や民族誌のなかでビーズの技術的社会経済的意味について考察することから、人類にとって美を追求することには普遍性があるのかを論議する。

研究成果

研究成果は、以下の3点である。①まず、国内外においてビーズは、先史学、考古学、歴史学、民族学、美学など多様な分野で研究が進められてきたが、「世界のビーズ」および「人類史とビーズ」という2つの枠組みのなかで各分野の研究成果を位置づけることができる。②つぎに、ビーズの素材に注目すると、動物や植物、貝殻などのように「文化のビーズ」と、石やガラスなどのように「文明のビーズ」とがあるという点である。とくに、ガラスの導入は、それが単なる威信材だけではなく、世界中の人びとをビーズでつなげるという役割も果たした。石もまた、インダス文明のカーネリアンロードのように、文明の形成・展開と関与している。③さらに、世界の諸民族の文化とビーズとのかかわり方も重要な研究テーマであった。民族ごとのビーズ素材の好みの違いとその要因、ビーズ利用の経年変化、日本の本州におけるビーズ利用の盛衰など、数多くの個別課題に対する議論がなされた。
以上のように、「人類にとってビーズとは何か」という問いに対して、さまざまな事例と一般性の追求は終わることなく、ビーズ研究の深さを示すことができた。

2017年度

◇平成29年度(2年目)
主として民族学の分野から本館所蔵の標本資料との関係に考慮して、世界各地の民族誌や民族考古学的研究との関連でビーズ文化に関する研究報告がなされる。
1.アジア・オセアニア(インド亜大陸、東南アジア、ニューギニア、台湾、日本)
2.アフリカ(南、東、中部、西)、ヨーロッパ
3.南北アメリカ(北西海岸、アマゾン)
4.通文化比較、および全体の総括
以上のように、本研究は本館所蔵資料とのかかわりのなかで進められるものであり、必要に応じてビーズそのものを展示している常設展示場(主としてアフリカ、中国、オセアニア)および館内のビーズ収蔵品を前にして、それらを観察しながらの議論を進めることを予定している。

【館内研究員】 印東道子、齋藤玲子、野林厚志、戸田美佳子
【館外研究員】 遠藤仁、落合雪野、門脇誠二、川口幸也、河村好光、木下尚子、後藤明、佐藤廉也、末森薫、田村朋美、中村香子、中村真里絵、谷澤亜里、山花京子、山本直人
研究会
2017年4月22日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
◇テーマ1 東アジアのビーズ
池谷和信(国立民族学博物館)「趣旨説明」
野林厚志(国立民族学博物館)「台湾原住民族のビーズ」
木下尚子(熊本大学)「先史琉球のビーズ文化」
大塚和義(国立民族学博物館)「アイヌのビーズ文化」
総合討論
2017年4月23日(日)10:00~16:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
◇テーマ2 アフリカのビーズ
池谷和信(国立民族学博物館)「趣旨説明」
竹沢尚一郎(国立民族学博物館)「マリのビーズ」
中村美知夫(京都大学)「チンパンジーの道具利用」
戸田美佳子(国立民族学博物館)「王国のビーズとピグミーのビーズ」
山花京子(東海大学)「エジプトのビーズ面(解説)」
池谷和信(国立民族学博物館)「ビーズ展からみえてきたビーズ文化」
総合討論
2017年7月15日(土)13:00~18:00(南山大学 人類学研究所)
趣旨説明
河村好光(石川考古学研究会)「日本諸島のビーズ(玉)文化」
質疑応答
南山大学人類学博物館見学
後藤明(南山大学)「博物館のものからみえるビーズの世界(仮題)」
質疑応答
全体討論
2018年1月21日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
池谷和信(国立民族学博物館)・趣旨説明 「ガラスビーズの世界」
谷澤亜里(九州大学)「弥生・古墳時代の玉類:流通と入手の具体像」(仮)
戸田美佳子「カメルーンのビーズについて」(仮)
池谷和信(国立民族学博物館)「民博のビーズバッグについて」(寄贈品の紹介)
谷一尚(林原美術館)「世界のトンボ玉のその後」
遠藤仁(秋田大学)コメント1「石ビーズとの比較から」
大塚和義(国立民族学博物館・名誉教授)コメント2「アイヌ玉の視点から」
総合討論
2018年2月24日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
趣旨説明
山本直人(名古屋大学)「縄文人の生活とビーズ」
田村朋美(奈良文化財研究所)「ガラスビーズから見た東西交易――日本出土『西のガラス』の考古科学的研究」
池谷和信(国立民族学博物館)「民博のビーズバッグについて」
遠藤仁(秋田大学)「ナガランドのビーズ」
総合討論
2018年2月25日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
松月清郎(真珠博物館)「真珠の博物誌」(仮題)
末森薫(関西大学)「仏教美術にあらわれたビーズ装飾」(仮題)
池谷和信(国立民族学博物館)「ビーズ共同研究会のまとめ」
総合討論
研究成果

2017年度は、6月初めまで民博・特別展『ビーズ-つなぐ、かざる、みせる-』が行われていたので、特展会場にて展示された標本資料を見学してビーズの特徴を観察したあとに、東アジアとアフリカのビーズ研究を深める会合を行った。また、国内においてビーズが収蔵されている博物館の一つである、南山大学人類学博物館(名古屋市)の資料を閲覧したあとに、資料にもかかわる日本やオセアニアのビーズをめぐる研究会を南山大学にて行った。ビーズの利用については、ニューギアニアにおいて貝殻に穴をあける方法、東南アジアにおける石器の代わりになると思われる竹利用仮説などが知られているが、現在、これらの視角や新たな多様性の見解は失われていることが示された。
以上のように、ビーズは古今東西の民族の暮らしのなかに装飾用に入り込むものであると同時に、富や社会階層などの社会経済的役割を示すものになっている。

2016年度

研究は、年に4回の研究会から構成される。まず、1年目は、ビーズそのものを把握する枠組みや基本概念をめぐって分野間による認識の違いを整理したあとに、ものの形や色や素材に注目して学際的に論議を進めていく。以下、各回(数字で示す)のサブテーマを示す。
◇平成28年度(1年目)
1.各分野の研究枠組みや基本概念の整理:歴史・考古・民族資料のなかでのビーズ
2.形と色の多様性と共通性(学際的アプローチ)
3.素材の多様性(学際的アプローチ)
4.人からみたビーズ:技術と学習と社会

【館内研究員】 印東道子、齋藤玲子、野林厚志、末森薫、戸田美佳子
【館外研究員】 遠藤仁、落合雪野、門脇誠二、川口幸也、河村好光、木下尚子、後藤明、佐藤廉也、田村朋美、中村香子、谷澤亜里、山花京子、山本直人
研究会
2016年10月10日(月・祝)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
池谷和信(国立民族学博物館)研究会の趣旨:「ビーズをめぐる人類学的研究――「ビーズ学」の可能性を求めて」
門脇誠二(名古屋大学)「ホモ・サピエンスの出現・拡散とビーズに関する考古記録」
山本直人(名古屋大学)「贈り物としての縄文時代の翡翠ビーズ」
河村好光(石川考古学研究会)「日本諸島の石製ビーズ概観」
谷澤亜里(九州大学)「弥生――古墳移行期の社会とビーズ」
田村朋美(奈良文化財研究所)「製作技法と化学組成からみたガラスビーズの交易ルート」
末森薫(国立民族学博物館)「中国仏教壁画に描かれたビーズ」
木下尚子(熊本大学)「琉球列島の貝玉文化」
後藤明(南山大学)「ソロモン諸島のビーズ製貝貨について――ニューアイルランドの貝貨幣とトロブリアンドのクラの財宝(ビーズ製首飾り)との比較」
印東道子(国立民族学博物館)「オセアニアのガラスビーズの歴史性」
齋藤玲子(国立民族学博物館)「アイヌのタマサイ――首飾りに使われるガラス玉を中心に」
野林厚志(国立民族学博物館)「台湾原住民族のビーズの歴史と現在」
落合雪野(龍谷大学)「東南アジア大陸部、ジュズダマ属植物の種子ビーズをめぐる文化」
中村真里絵(国立民族学博物館)「焼物からネックレスへ:土製ビーズの誕生」
遠藤仁(秋田大学)「南アジアにおける準貴石製ビーズの過去と現在――紅玉髄を中心として」
戸田美佳子(国立民族学博物館)「カメルーンの身体装飾とビーズ」
佐藤廉也(大阪大学)「ビーズ着用の様相と変容」
中村香子(京都大学)「「伝統衣装」の変容と維持――ケニア牧畜民のビーズ装飾を事例に」
出席者全員「全体討論」
2016年12月11日(日)13:00~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
◇第1部:研究紹介
山花京子(東海大学)「ビーズの文化とチェーンの文化――古代エジプトと古代東地中海世界との対比」
川口幸也(立教大学)「アフリカアートとビーズ」
◇第2部:交易とビーズ
池谷和信(国立民族学博物館)「趣旨説明」
後藤明(南山大学)「交易の理論とオセアニアの貝ビーズ」
遠藤仁(秋田大学)「インダス文明期における準貴石製装身具の製作技術と流通」
田村朋美(奈良文化財研究所)「ガラスビーズから見た東西交易――日本出土「西のガラス」の考古科学的研究」
中村香子(京都大学)「東アフリカとチェコのガラスビーズ」
総合討論
研究成果

本研究会は、民族学・考古学・地理学など学際的な視点から世界のビーズの歴史的変遷と現状を把握することを目的とした。第1回目では、研究会のメンバーがほぼ全員みずからの研究を報告することによって十万年にわたるビーズの歴史および地球のすみずみまでに拡がった多様なビーズの現在について明らかにされた。そこではガラスビーズのみならず草の実や木の実、貝殻、卵の殻、動物の歯や骨、石などの多様な素材が使われており、世界的に見ると地域文化におけるビーズの特性が明らかになった。第2回目においては、「ビーズと交易」というテーマのもとでエジプト文明およびインダス文明、古代日本そしてオセアニアの貝殻や東アフリカの牧畜民のガラスビーズと交易の関係が明らかにされた。
以上のことからビーズを対象にした人類学的研究においては、多様な素材、素材と交易とのかかわり方、素材そのものの変化などを考慮することによってビーズの歴史的な変遷および地域間比較が可能になるとまとめられる。