国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「障害」概念の再検討――触文化論に基づく「合理的配慮」の提案に向けて

研究期間:2016.10-2019.3 代表者 広瀬浩二郎

研究プロジェクト一覧

キーワード

触文化、ユニバーサル・ミュージアム、視覚障害者

目的

2016年4月、障害者差別解消法が施行された。現在、さまざまな分野で障害者に対する「合理的配慮」のあり方について議論が始まっている。米国のADA(アメリカ障害者法)は1990年に制定され、その理念が社会に定着するまで20年以上かかった。日本でも今後、差別解消法に基づく諸システムを構築していくために、「障害」に関する幅広い研究が求められているといえよう。
一方、2020年のオリンピック・パラリンピックの東京開催に向けて、ユニバーサル・ツーリズム(誰もが楽しめる観光・まちづくり)の必要性が各方面で強調されている。旅行業界では、障害者対象のツアーを企画・実施するケースも増えた。パラリンピック効果による障害者への関心の高まりを一過性のブームで終わらせないためにも、娯楽・余暇における「合理的配慮」の形態を文化人類学的に研究する試みが不可欠だろう。
本共同研究の目的は、2012~14年度に実施した「触文化に関する人類学的研究」を継承し、「ユニバーサル・ミュージアム」「手学問」などの理論を駆使して、「障害」概念を再検討することである。公共施設(とくに博物館)での「合理的配慮」の具体像を探究し、広く社会に発信したい。

研究成果

2年半の共同研究を通じて、ユニバーサル・ミュージアムの実践的研究が進展した手応えを感じる。さまざまな分野で本プロジェクトに対する関心が高まっている。
全国の博物館関係者からの問い合わせも増えており、また各会の研究会ではオブザーバー参加を希望する人も多い。これまでに、過去の共同研究の成果報告書という
位置づけで2冊の編著書、『さわって楽しむ博物館』(2012年)、『ひとが優しい博物館』(2016年)を刊行しているが、3冊目の編著は日本のユニバーサル・ミュージアム研究の決定版となるだろう。一方で、上記のようなユニバーサル・ミュージアム研究を本プロジェクトの主目的である「『障害』概念の再検討」に結び付けることができたかについては、道半ばと言わざるを得ない。2016年に提出した共同研究の実施計画では、以下の三つを提言することを目標として掲げている。
1.公共施設(とくに博物館)における障害がある来館者に対する「合理的配慮」策定の指針
2.障害当事者が主体的に参加できる「さわる=目に見えない世界を身体で探る」観光・まちづくりの重要性
3.新たな「障害」概念の構築(「障害者=弱者」という図式の改変)
まず1.について述べよう。残念ながら、2016年施行の障害者差別解消法の理念は、日本社会に定着したとはいえない。
当事者団体の間でも、差別解消法が十分に機能しないことへの焦燥感が広がっている。2019年度中には法律の見直しも行われる予定である。共同研究の当初計画では、博物館などの現場における「合理的配慮」のケーススタディに取り組むことを想定していたが、その面では十分な成果を得られなかった。
2.については博物館・美術館の展示・ワークショップの事例は収集できたが、それらを観光・まちづくりにリンクさせる部分では課題が残る。
オリパラの影響で、「ユニバーサル・ツーリズム」が一種の流行語となっている。当初、本プロジェクトでは、ユニバーサル・ツーリズムに関わる自治体・旅行業関係者を招聘する計画だったが、先進事例を理論立てて報告できる適任者が見つからなかった。この事実は、本共同研究の問題意識が他の関係者・団体よりも一歩進んでいるとも解釈できる。オリパラによるユニバーサル・ツーリズムの流行を一過性のブームで終わらせないためにも、本プロジェクトから積極的な発信を続けていかなければならないだろう。
3.については『月刊みんぱく』(2018年4月号)の特集、および広瀬の共編著『知のスイッチ:「障害」からはじまるリベラルアーツ』(2019年)などで、共同研究の成果の一部を報告した。また現在、共同研究の成果発表を目的とする公開シンポジウムの実施に向けて準備を進めている。1.と2.の不足を補い、3.の内容をさらに発展できるよう、充実したプログラムを組みたい。

2018年度

今年度は共同研究の最終年度なので、成果の取りまとめを意識し、7月・11月・2月の3回、研究会を開催する。共同研究の各メンバーの報告を中心にプログラムを組み、必要に応じて関連分野の特別講師も招聘する予定である。
7月の研究会では「ミュージアムにおける合理的配慮」をテーマとし、主に海外の博物館・美術館の障害者サービス、先進的なワークショップの事例などを収集する。特別講師は、海外事情にも詳しい2名の博物館関係者である。
11月の研究会では「娯楽・余暇における合理的配慮」をテーマとし、森林教育・野外活動のユニバーサル化について考える。過去2年の共同研究で探究してきた「観光・まちづくりのユニバーサル化」をさらに発展させて、ユニバーサル・ミュージアム論の新展開をめざしたい。特別講師は、旅行業者、および自治体の文化振興課の職員を予定している。
2月の研究会は共同研究の最終回となるので、2年半の議論を総括し、「障害」概念の再検討に向けて、本プロジェクトとしての提言をまとめる。障害者差別解消法施行後、「障害」に対する社会の認識はどう変わったのか、あるいは変わるべきなのか。本共同研究の成果として、新たな障害観・人間観を提示するための土台作りを試みる。2019年度に行なう成果公開のシンポジウムの内容、論集の目次案についても検討する。

【館内研究員】  
【館外研究員】 石塚裕子、大石徹、大髙幸、岡本裕子、黒澤浩、小山修三、篠原聰、鈴木康二、原礼子、藤村俊、堀江典子、真下弥生、宮本ルリ子、山本清龍
研究会
2018年7月16日(月)10:00~17:00(国立民族学博物館 第7セミナー室)
堀江典子(佛教大学)「ごみ処理施設からユニバーサル・ミュージアムを考える」
大石徹(芦屋大学)「大切なのは考え抜くこと――映画の副音声を作るために」
堀江武史(府中工房)「考古学から生まれるアート――縄文遺物と現代美術の遭遇」
桑田知明(京都市立芸術大学)「感覚の多様性を探る――『さわって考える』本作りとワークショップの実践から」
広瀬浩二郎(国立民族学博物館)総合討論「『常識』を再考する――枠に惑わされていてはワクワクする発想は生まれない!」 
2018年11月10日(土)11:00~18:00(国立民族学博物館 第7セミナー室)
宇野晶(滋賀県立陶芸の森)「陶芸に触れる――つちっこプログラムの実践を通して」
松井かおる(東京都江戸東京博物館)「江戸東京博物館におけるユニバーサル・ミュージアムの取り組み――課題と展望」
安曽潤子(東京都市大学)「インクルーシブ・ミュージアムとは何か――ヨーロッパの最新事例から」
広瀬浩二郎(国立民族学博物館)「『ユニバーサル・ミュージアム』を展示する――『ポスト・オリパラ』を目指す文化戦略」
2019年3月2日(土)13:00~17:30(江戸東京博物館)
宮本ルリ子(滋賀県立陶芸の森)「信楽ワークショップを振り返って1――制作者の立場から」
山本清龍(東京大学)「信楽ワークショップを振り返って2――触触察動作の分析」
半田こづえ(明治学院大学)「信楽ワークショップを振り返って3――触参加者の会話分析」
松井かおる(江戸東京博物館)「江戸東京博物館の展示見学、触察展示の検証」
2019年3月3日(日)10:00~17:00(国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館)
石川梨絵(キッズプラザ大阪)「事例紹介1--キッズプラザ大阪の触察展示とワークショップ」
長嶺泉子(わらべ館)「事例紹介2--わらべ館の触察玩具の活用」
岡本裕子(岡山県立美術館)「事例紹介3--岡山県立美術館の触察キットとワークショップ」
藤村俊(美濃加茂市民ミュージアム)「事例紹介4--美濃加茂市民ミュージアムの体感展示の新展開」
大髙幸(放送大学)「ワークショップを創る--ファシリテーターの役割再考」
黒澤浩(南山大学)「事例紹介5--南山大学人類学博物館の新たな展示構想」
原礼子(国際基督教大学)「私とICU--『ひとが優しい博物館』を求めて」
広瀬浩二郎(国立民族学博物館)「総合討論--共同研究の成果発表に向けて」
研究成果

2018年度は共同研究の最終年度である。「『障害』概念の再検討」を目的とする本プロジェクトの締め括り、総括を意識して3回の研究会を開催した。
2018年7月の研究会では博物館の枠を離れ、ごみ処理施設、映画の副音声解説、現代アートなど、幅広いテーマを取り上げ、「ユニバーサル」の意味を再考することができた。本共同研究において、ユニバーサル・ミュージアムの実践事例は蓄積されているが、それらの相互関係を明らかにする意味でも有意義な研究会だったといえよう。
2018年11月の研究会では、3名の特別講師を招聘した。2年半の共同研究の期間を通じて、さまざまな分野で本プロジェクトへの関心が高まっていることを実感する。
全国各地のミュージアム関係者から多くの問い合わせが入ることに加え、オブザーバーとして研究会参加を希望する人も増えている。
本プロジェクトが日本のユニバーサル・ミュージアム研究を主導する役割を担っているのは間違いない。それゆえ、国内外の最新動向を把握する努力を継続しなければならないだろう。11月の研究会は、本プロジェクトの意義を再確認する上でも、きわめて重要だった。
2019年3月の研究会は、プロジェクトの最終回である。2019年度中に実施予定の公開シンポジウム(共同研究の成果発表)に向けて、これまでの議論を整理し、シンポジウムの趣旨等を各メンバーが共有する場となった。

2017年度

今年度は「観光・まちづくりのユニバーサル化」をメインテーマとし、7月、11月、2月に研究会を実施する。「五感で楽しむ観光地」創造の最前線を担う府・県庁、市役所の関係者、あるいは旅行業者で障害者向けのツアーを企画するスタッフを特別講師として招聘し、娯楽・余暇における「合理的配慮」について包括的に考える。
7月は昨年度の議論を発展させる形で、「観光資源としての博物館」に注目する(博物館関係者1名、府・県庁の観光振興課職員1名を特別講師として招聘)。11月は娯楽・余暇方面で「五感で味わうまちあるき」「映画の副音声解説」などに取り組む実践者を招き、「合理的配慮」提供のための課題を抽出する(旅行業者の社員1名、福祉系のNPO職員1名を特別講師として招聘)。2月は過去2回の研究会の成果を踏まえ、博物館と観光・まちづくりの連携の可能性を多角的に検証する(南山大学人類学博物館での開催)。今年度の共同研究を通じて、障害当事者が主体的に参加できる「さわる=目に見えない世界を身体で探る」観光・まちづくりの重要性を明らかにしたい。

【館内研究員】  
【館外研究員】 石塚裕子、大石徹、大髙幸、岡本裕子、黒澤浩、小山修三、篠原聰、鈴木康二、原礼子、藤村俊、堀江典子、真下弥生、宮本ルリ子、山本清龍
研究会
2017年7月16日(日)10:00~17:00(南山大学 人類学博物館)
黒澤浩(南山大学)「究極の『さわる展示』を求めて――南山大学人類学博物館の未来」
北井利幸(奈良県立橿原考古学研究所附属博物館)「考古展示のユニバーサル化の試み――橿原考古学研究所附属博物館の現状と課題」
田村香里(三重県総合博物館)「生き物に触れる――三重県総合博物館・カモシカ展を事例として」
さかいひろこ(イラストレーター)「発掘から発信へ――『ふるさと考古学講座』が地域を活性化する」
藤村俊(美濃加茂市民ミュージアム)「歩く、さわる、感じる――ミュージアムを飛び出して、遺跡に出かけよう」
総合討論「何を、どうさわるのか――博物館と地域をつなぐ実践に向けて」
2017年11月19日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
村田麻里子(関西大学)「マンガの伝え方・感じ方――『誰のためのマンガ展?』の成果と今後の課題」
真下弥生(ルーテル学院大学)「創る・使う・活かす――鑑賞ツールとしての触図の可能性」
安曽潤子(日本大学)「化石は語る――自然史系博物館におけるハンズオン展示・ワークショップの試み」
石塚裕子(大阪大学)「被災地ツーリズムのユニバーサル化に向けて――いわきでのUT実践の中間報告」
広瀬浩二郎(国立民族学博物館)「総合討論――誰が、何を、どう伝えるのか」
2018年3月4日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
半田こづえ(明治学院大学)・安原理恵(サノフィ株式会社)「触る・聴く・語る――視覚障害者のミュージアム体験をより豊かにするために」
鈴木康二(滋賀県文化財保護協会)「誰が、いつ、何をすべきか――博物館におけるワークショップで『人』が果たす役割について」
松山沙樹(京都国立近代美術館)「美術鑑賞の新たな可能性を拓く――京都国立近代美術館の挑戦」
総合討論(廣瀬浩二郎)「『触る・聴く・語る』の先にあるもの」
研究成果

今年度は「ユニバーサル・ミュージアム」の事例報告に基づき、視覚障害者に対する「合理的配慮」のあり方を具体的に探究した。2017年7月の研究会では、考古系・自然史系のミュージアムにおける「さわる展示」の最新動向について情報交換を行なった。とくに、ミュージアムの地域連携に関して、ツーリズムの観点も加えて議論できたのが有意義だった。2017年11月の研究会では、絵画・漫画など、「さわれないもの」を伝える・感じる手法について検討した。近年、各地の美術館では視覚障害者を対象とする絵画鑑賞プログラムが実施されているが、それらの改善・充実に向けて、本研究会の成果を積極的に発信していきたい。2018年3月の研究会では、ワークショップや鑑賞プログラムを運営する際の「ひと」の役割について多角的に討議した。「合理的配慮」を具体化していくに当たって、「ひと」が何をなすべきなのか、あらためて確認することができた。今年度の共同研究を通じて、ミュージアム、観光・まちづくりにおける「合理的配慮」のケーススタディは十分蓄積できた。「障害」の新定義の提案をめざす来年度(最終年度)の研究総括のために、準備が整ったといえるだろう。

2016年度

2016年度は「博物館における視覚障害者対応、『合理的配慮』の諸相」をテーマとし、11月、2月に研究会を開催する。過去の科研プロジェクト、共同研究の成果として刊行した広瀬の編著『さわって楽しむ博物館』(12年5月)、『ひとが優しい博物館』(16年8月)に収録された「さわる展示」の実践事例を整理・分類し、その後の新たな展開など、補足情報を集める。

【館内研究員】  
【館外研究員】 石塚裕子、大石徹、大髙幸、岡本裕子、黒澤浩、小山修三、篠原聰、鈴木康二、原礼子、藤村俊、堀江典子、真下弥生、宮本ルリ子、山本清龍
研究会
2016年11月27日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
広瀬浩二郎(国立民族学博物館)「新規共同研究プロジェクトの意義と目標」
小山修三(国立民族学博物館)「ユニバーサル・ミュージアム研究の回顧と展望」
ハイディ・ラーム(早稲田大学東アジア太平洋研究科)「「歴史」を体感する作法と手法――日光江戸村・太秦映画村のフィールドワークから考える」
さかいひろこ(イラストレーター)「わかりやすい触知図とは何か――手探りと手作りの現場から」
石塚裕子(大阪大学未来戦略機構)「ユニバーサル・ツーリズムの実践的研究――いわきの過去・現在・未来を感じるツアーの立案」
2017年3月5日(日)10:00~17:00(国際基督教大学博物館 湯浅八郎記念館)
増子正(青森県立盲学校)「視覚障害教育と博物館利用」
山田菜月(北海道教育大学岩見沢校)「ユニバーサル・ミュージアム研究の展望―私の卒業論文から」
岡本裕子(岡山県立美術館)「美術館事業の幅を広げる「合理的配慮」―“美術館ワークショップ”について考えてみる」
篠原聰(東海大学)「美術鑑賞の新たな可能性―触常者と創る美学研究の未来」
原礼子(国際基督教大学博物館)「触察展示の意義―博物館における「合理的配慮」の検討に向けて」
研究成果

障害者差別解消法の施行をきっかけとして、各地の大学、図書館では「合理的配慮」に基づく環境整備が始まった。一方、博物館における「合理的配慮」に関しては、取り組みが遅れている。そういった現状を踏まえ、11月の研究会では、本共同研究が果たすべき役割、目標を確認した。初回研究会では、幅広い視点で「合理的配慮」をとらえるために、観光・まちづくりと博物館の比較を試みた。
2016年8月に、前回の共同研究「触文化に関する人類学的研究」(2012~14年度)の成果として、広瀬編『ひとが優しい博物館』が刊行された。博物館での「合理的配慮」を考える場合、本書が議論の出発点となるのは間違いない。3月の研究会では、拙編著の刊行後のユニバーサル・ミュージアムの最新動向について実践報告があった。今年度、広瀬は兵庫県立美術館の企画展(7月~11月)、奈良県国民文化祭プレイベントの体感展示(2月)にアドバイザーとして参加・協力した。今後も共同研究の成果を活用しつつ、展示やワークショップ企画に取り組んでいきたい。