国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

生態資源の選択的利用と象徴化の過程(2002-2006)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特定領域研究(2) 代表者 印東道子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本計画研究では以下の4点の研究課題を歴史的観点から解明することを目的としている。
1.異なる自然環境下におおける生態資源利用の特徴
2.生態資源の利用様態の変化とその背景理由
3.個別社会における生態資源の象徴的利用とその特性
4.生態資源の象徴化と非象徴化がもたらす資源利用形態への影響とその問題点
研究手法には、歴史学、考古学、民族考古学、生態学を用い、最終的には上記各課題に関する一般理論の構築を目指している。キーワードとなるものは自然資源・生態資源・象徴資源・時間軸・象徴化等である。

活動内容

2006年度活動報告

5年計画の最終年度にあたる本年は、まず、環境と資源との関連を実際に見て歩く海外研修シリーズの第3回目として、メラネシアにおける現地研修を行った。過去に乾燥草原地帯、温帯高山地帯で行った研修では、それぞれの気候および自然環境の特性に合わせたサブシステンスや食糧資源の利用を実際に見学し、歩くことで、各参加者のフィールドにおける資源利用を考え直す刺激的な成果があがった。最終回の今回は、島嶼環境をもつニューカレドニアにおいて研修を行った。
ニューカレドニアは、広大なオセアニアの島嶼域へと人類が拡散した初期に拡散居住された島で、東南アジアから持ち込んだ土器文化が最も栄え、ラピタ土器というユニークな文様土器の名前が由来する遺跡のある島でもある。現地では、ラピタ遺跡の踏査を行い、土器をはじめとする遺物の包含層と居住立地を実見することで、海洋環境における居住特性を観察した。ニューカレドニア博物館ではC.Sand博士から、先史時期から現代にかけてのニューカレドニアにおける資源利用の特性や変容過程についてスライドを用いた講義を受け、理解を深めることができた。最後に、本島の東に位置するウヴェア島へ移動し、火山島である本島とは異なるサンゴ島特有の自然環境や資源分布・利用などを踏査した。
12月には総括班主催の国際シンポジウムが行われ、全員が出席の元、竹沢尚一郎が班を代表して発表を行った。
最後に、各自が5年間の成果をまとめて論文を執筆し、2007年10月に『生態資源と象徴化』(資源人類学シリーズ 第7巻)として弘文堂から出版される予定である。

2005年度活動報告

研究助成4年目に当たる2005年度は、各研究分担者がフィールドワークのまとめを行うことを優先し、研究会を5回(春日班との合同研究会「交易と社会成層化」および本特定科研における当班の研究成果をどのように理論化するかに関する4回のディスカッション)を開催した。各研究分担者の研究成果は以下の通りである。
印東は、島嶼環境への人間の移動によってひきおこされる技術変化と、土器自体の形状変化の関連をモデル化した。
竹沢はマリ共和国での発掘成果を分析し、ほぼ同一の隣接した生態学的環境の中で、国家を生んだ社会と生まなかった社会の違いの背景に、長距離交易の関与があったことを指摘した。
関は権力資源の概念を精緻化するとともに、アンデスの考古学的データによる検証作業を行った。佐々木はロシア連邦の先住少数民族ナーナイの狩猟・漁撈・採集による生態資源の利用方法についての調査を行い、1年間の狩猟、漁撈サイクルや儀礼に関する情報を得た。
小長谷はモンゴルにおける土地私有化制度の導入を、生態資源の象徴化としてとらえ、コモンズ研究に関する理論的展開にも重要な事例を提供することを指摘した。
野林は人間によるSus属の飼育形態について、雲南省西北部において短期的な観察を行った。生業基盤や自然環境の相違に加え、飼育する人間側のSus属へのイメージや考え方が複合的に関係し、比較的自由度の高い飼育形態を生じていることがわかった。
平井は北タイにおいて、ラーンと呼ばれる椰子の分布と、生態資源としての利用様態について現地調査を行った。利用は仏典の記録媒体にほぼ限定され、その知識を有する者が消失しかかっている一方で、最近の伝統文化復興運動に関わる仏教関係者が、ラーンの栽培と、利用法の伝承に積極的に関わりはじめていることがわかった。
小川はラロ貝塚群から出土した、過去7000年にわたる遺物の型式学的編年体系を確立した。

2004年度活動報告

本年度は3年目に当たるため、各個研究もフィールドでの調査研究を中心としてますます充実したものとなっている。
班全体の企画としては、2つの国際ワークショップを行った。
国際ワークショップ「資源を現場で考える」(2004.7.8)
モンゴルにおいて行い、乾燥地域における資源利用の歴史的検討を、モンゴル科学技術大学人類学研究室との共催で行った。土地所有や人口流動の問題など、歴史的かつすぐれて現代的な問題が活発に討論された。その成果は総括班から『モンゴル国における土地資源と遊牧民-過去・現在・未来-』(小長谷有紀・辛嶋博善・印東道子編)文部科学省科学研究費補助金 特定領域研究『資源の分配と共有に関する人類学的統合領域の構築』総括班(代表者:内堀基光)発行として3月に出版された。その後に行ったフィールドエクスカーションには、他班からの参加も含め10名の研究者が参加し、それぞれがみな異なる自然環境において研究していることから、異なった資源研究への観点、問題点の指摘などが活発に行われ、モンゴル研究者だけではなく、参加者それぞれの資源研究に新たな視点を提供するという意味で、非常に有意義なものとなった。
国際シンポジウム「北東アジアにおける森林資源の商業的利用と先住民族」(2005.3.5-6)
3月に国立民族学博物館において行った、森林資源の利用に関するワークショップ「北東アジアにおける森林資源の商業的利用と先住民族」で、ロシアから研究者2名を招聘し、国内からは約10名の研究者が参加して行われた。森林資源の利用や管理、野生動物資源の開発に関して、異なった観点からの発表や議論が展開された。この成果は、上記と同じく総括班からのシンポジウムシリーズの一冊として2005年度中に発行予定である。

2003年度活動報告

2回の公開研究会(アンデスおよび島嶼環境における資源利用)を実施した他、個々の研究者は以下のような研究成果を着々とあげつつある。
印東はミクロネシア、パラオのトビ島で行った発掘予備調査結果の分析をおこない、海洋資源の獲得がリーフ内およびリーフ周辺でもっぱら行われたことやトビ島の孤立性を明らかにした。
竹沢は西アフリカマリ共和国東部のガオ地区で発掘を行い、8~14世紀の石造りの建造物を初めて発見し、西アフリカの歴史の再構成に大きく寄与する結果が期待される。
小長谷は中国内蒙古自治区西方の砂漠化地域で自然環境の劣化とそれに対する行動変化に関する調査を行い、「時間軸による変動」を社会環境としての「空間による占有」に完全に置換すると、「生態資源」の「象徴資源」化がすすむことを明らかにした。
佐々木はヨーロッパ諸国の民族学博物館に所蔵されている狩猟関係の資料調査を研究分担者とともに行い、ロシアの先住民族ウデヘの狩猟実態調査も行った。生態資源の一つであるオコジョの毛皮に着目することによって、シベリア産の狩猟産品がヨーロッパで象徴資源化された例を指摘した。
関は中央アンデス地帯北高地形成期におけるトウモロコシの導入時期を出土人骨のコラーゲン分析から明らかにした。さらに形成期末期には、酒として利用されていた可能性を指摘し、社会集団を結ぶ役割を果たした、酒を用いた儀礼の存在を推測した。
野林は福建省において定住農耕民の家畜、家禽の飼育方法や利用方法について調査を行なった。資源の象徴化と脱象徴化は、利用可能な資源、利用できない資源、または利用する資源、利用しない資源という関係を作り出す軸になりうることが予想される。
小川はフィリピンルソン島、ラロ貝塚群出土土器群の型式学的編年研究を行なった。また、狩猟採集民アグタが棲む丘陵地帯の洞穴の分布調査を行ない、同時期に異なった生業をベースとした集団が近い距離に生活していた可能性を示唆した。
高宮は、沖縄諸島出土の動物遺体/植物遺体の分析から、縄文晩期から弥生相当期にかけてフード・ストレスが存在したことを指摘した。グスク時代には沖縄本島中南部と北部・奄美では雑穀とイネという異なる農耕システムが存在した可能性を指摘した。

2002年度活動報告

当研究班は生態環境と時間軸という2つの変数を研究の中心に据え、人間集団による資源利用の様態を史的側面から解き明かすことを目的としている。異なる自然環境を研究対象とする研究分担者の今年度の活動実績は以下の通りである。
印東は、島嶼居住民の資源利用を再構築するため、パラオの離島で考古学的予備調査を行った。
竹沢は、物質文化の歴史的再構成のためマリ共和国北部で考古学的発掘調査を行った。
小長谷は、モンゴルで乾燥地域における生態資源利用について調査を行った。
佐々木は、極東ロシアの先住諸民族の狩猟活動を、持続的な森林利用の一種と見なしながらこれまでに得てきた調査データの整理を行った。
関は、古代アンデス文明の形成期(紀元前2500年~紀元前後)におけるトウモロコシの酒としての利用を、人骨のコラーゲンによる食性解析などを通じて研究した。
野林は台湾と南中国におけるイノシシ(Sus)属の利用の差に関連した文献調査を行った。
小川は、フィリピン、ルソン島のラロ貝塚群の発掘調査と出土遺物の分析を行い、狩猟採集社会と農耕社会の交流の歴史的プロセスを探る時間尺度となる土器編年体系を確立した。
高宮は、「資源利用」という視点から、鹿児島から沖縄にかけて分布する遺跡出土の植物遺体の鑑定を行い、鹿児島や奄美大島最古のイネやアワを同定した。なお、研究会を2回開催し、以下の研究発表が行われた。
竹沢尚一郎「西アフリカの気候変動と農業起源」
小川英文「北部ルソン島の考古学──石器研究、民族考古学、貝塚調査」