国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

博物館資料の分析にもとづく太平洋島嶼地域の骨角器製品に関する機能形態学的研究(2002-2004)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、太平洋島嶼地域のオーストロネシア系の社会における自然利用の有様を物質文化という側面から理解することを目的としている。そのための具体的な方法として、博物館資料の分析にもとづく骨角器製品の形態学的研究、並びに民族誌および歴史史料の分析による機能的研究とを行い、両者の結果を連結させる作業を行なう。
本課題では、科学研究費の交付をうける期間内に遂行可能な計画内容として、分析の対象を太平洋地域の島嶼部(台湾からオセアニア、ポリネシア)を中心とした民族資料に絞りこみ、同地域における骨角器製品の種類と分布を把握し、地域社会ごとにおける骨角器製品の位置づけを明確にすることを予定している。同地域を対象にするのは、
(1)同地域が世界的にみて、骨角製品が質・量ともに豊富な地域である
(2)同地域は、オーストロネシア系文化が広く発展した地域であり、物質文化にも系統的関連性がみられる
(3)申請者は、これまでに同地域(特に台湾島嶼部)における民族考古学的調査を遂行しており、地域文化に関する知識が十分にある(研究業績1、3)
(4)申請者は、同地域における骨角器製品の一部について予備的な観察および分析を行なっており、研究計画を支障なく遂行できる見通しを有している
という理由によるものである。

活動内容

2004年度活動報告

本年度は、申請者の所属する国立民族学博物館の標本資料ならびに国立民族学博物館には収蔵されていない資料について、昨年度に引き続き、太平洋島嶼地域の標本資料が豊富に収蔵されているビショップ博物館(ハワイ・アメリカ合衆国)において調査を行なうことを計画としていた。具体的な内容としては、(1)骨角器の実物標本の観察および実測図の作成、(2)民族誌および歴史史料を用いた骨角器の用途や社会的機能の調査である。
実際にはビショップ博物館の資料については、インターネット上でデータベースとして公開されているものが相当数存在していたため、本研究を推進する上でこれらのインターネットソースを活用することが可能となった。一方で、具体的な調査内容としての民族誌および歴史資料による骨角器の用途や社会的機能の調査に加えて、形態学的な観察を顕微鏡レベルで行うことが必要となったため、昨年度に購入した実体顕微鏡を活用した使用痕の観察を申請者が所属する国立民族学博物館の資料を中心に行なった。
本研究全体を通じて、太平洋島嶼地域における骨角器の特徴として得られた知見は、家畜動物の活用と海生動物(哺乳類、魚類)の利用が顕著であるということである。海生動物については、島嶼地域周辺の環境に生息する動物だけではなく、交易等によって得られた資源の利用が骨角器にも見られたということは、日常的な道具が必ずしもアクセスの容易な資源のみで成立しているのではないということを具体的な物証をもって示すこととなった。一方で、儀礼や社会的な脈絡の中で使用される骨角器が身近な家畜動物の獣骨を活用している事例もあり、骨角器が自然資源と社会的・文化的環境とのなかで複合的に形成されていくということが結論づけられた。

2003年度活動報告

本年度は、申請者の所属する国立民族学博物館の標本資料ならびに国立民族学博物館には収蔵されていない資料について、太平洋島嶼地域の標本資料が豊富に収蔵されているビショップ博物館(ハワイ・アメリカ合衆国)において調査を行う。具体的な調査内容としては、(1)骨角器の実物標本の観察および実測図の作成、(2)民族誌および歴史史料を用いた骨角器の用途や社会的機能の調査を行なった。
ビショップ博物館における調査によって、太平洋島嶼地域でも特に骨角器製品の豊富なハワイにおける実際の資料を観察することが可能となった。これらの資料の多くは、申請者の所属する国立民族学博物館には収蔵されていない資料であり、昨年度ならびに今年度の所属機関での調査を補完する意味でも非常に有意義であったと言える。
特筆すべき知見としてあげられるのは、ハワイ地域における骨角器製品の素材の歴史的変化である。ヨーロッパからの商業貿易の影響により、極北地域のセイウチの歯牙が骨角器の素材としてハワイに輸入されたことにより、特にハワイの伝統的な製品であるタパの加工具が、従来の木製のものからセイウチの歯牙を用いて作られるようになっていったことが実際の資料を通して具体的に明らかとなった。このことがタパ生産にどのような影響を与えたかについては今後の課題として考えるべきである。

2003年度活動報告

本年度は当初の研究計画に従い、研究代表者が所属する国立民族学博物館に収蔵された骨角器資料の調査を中心に行った。とくに焦点をあてたのはオーストロネシア系社会におけるイノシシ、ブタの歯牙製品の社会的機能の比較である。一連の調査の結果得られた知見は、階層、ジェンダー、自然観といった文化的な背景が、類似した形態をもつ装身具の社会的機能に差異を生じさせている可能性が高いということであった。具体的な事例をあげると、台湾の原住民に共通した慣習であるイノシシの下顎骨懸架や、狩猟活動によって捕獲した雄イノシシの犬歯を用いて作られるツォウの腕飾りとパイワンの頭飾りとでは、それぞれの社会の中での機能が異なっていたことが本調査とそれに先行して筆者がこれまで行ってきた台湾での野外調査の事例とを照らし合わせることで明らかとなった。両者は同じ素材を使用されているものの、加工の過程には相違が見られ、とくに特定の階層に特権的な装飾品として利用されているパイワンの頭飾りには、ツォウのものには見られない付属品が装着される例も多い。すなわち、社会的な機能の違いは形態学的な違いに反映していることが資料の形態学的な調査によって明らかとされたのである。
従前の事例は台湾だけでなく、オーストロネシア系の集団が展開している東南アジアからオセアニアにかけての太平洋島嶼部においても、観察される可能性は高いと考えられる。とくに、イノシシ科のイノシシやブタはこれらの地域の人々にとって重要な資源として歴史的に活用されてきたことを考慮した場合に、歴史的な検証を骨角器という物証をもって、その歴史的な脈絡について論じていくための糸口を得ることが期待できる。次年度以降の調査のために重要な知見やモデルが本年度の調査によって得られたといえる。