国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

毛沢東カルトに関する文化人類学的研究(2003-2004)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|萌芽研究 代表者 韓敏

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、中国における毛沢東カルトの実態及びそのメカニズムを解明し、中国社会における人間の神格化のモデルを提示すると同時に、揺れている中国人のナショナリズム、アイデンティティ及び社会主義革命の意味を掲示することである。
具体的に毛沢東の生誕の地である湖南省韶山で、生誕祝いの行事を観察し、毛沢東観光の新しい動向を調べる。
労働者、商人、知識人などの階層が集中する都市部北京、或いは遼寧省瀋陽市で毛沢東を神格化したり、消費したりする現象を調べる。
漢族の農村地域、湖南省、河南省、あるいは陝西省で「毛沢東廟」の実態を調べる。
少数民族の居住地域で、毛沢東カルトの実態について現地調査を行う。
上記の方法によって必要な現地調査とデータの収集を行い、毛沢東カルトが中国においてどこまで一般化できるのかを調べる。

活動内容

2004年度活動報告

16年度の一年間、実施計画の通り、二つの研究計画を実施してきた。
まず、毛沢東の記憶との比較を行うために、ベトナムでホーチミンの記憶と神格化について現地調査を行った。8月30日から9月14日までの15日間、ホーチミンがかつて足跡を残したベトナムの北部Tan Trao、ハノイと中部のゲアン省Vinhの町と農村部でホーチミンの死去35周年の祭祀活動に参加し、ホーチミン陵、ホー博物館、ホーの家、ホーの両親の村、ホーの父系親族集団が建てたホーチミン廟、ホーチミンが他の神々と一緒に祀られている道教的施設である廟、仏教中心の寺、母教を中心とする殿などの宗教的施設、十五軒ぐらいを調査し、ホーチミンの神格について調べた。また、10代から104歳までの100人以上のベトナムの人びとをインタビューした。彼らは学者、作家、高校生、大学院生、農民、労働者、軍人、商売人、宗教的聖職者、ホーの父系親族集団とダイという少数民族の人たちである。調査を通して、ベトナム国家と民衆による、二通りのホーチミンカルトの実態を明らかにした。
また、中国調査の資料を分析し、「毛沢東の記憶と神格化――中国陝西省北部の三老廟の事例研究にもとづいて」というタイトルの論文を完成した。1990年代に陝西省北部に現れた三つの毛沢東・周恩来・朱徳を祭る施設である「三老廟」の形成過程に焦点を置いて、毛沢東の二元性、及び陝北の民衆による毛沢東の神格化のプロセスとメカニズムのモデルを提起した。筆者は「三老廟」の出現の原因について、陝北の革命根拠地の歴史記憶、中国宗教の基盤を成しているアニミズムと儒教的「慎終追遠」の倫理観・宗教観、改革開放後に新たに生じた社会問題と関連して分析し、毛沢東の神格化に関する人類学的研究の可能性を提起した。
上記の研究活動を通して今後の毛沢東とホーチミンのカルトを比較するために基本的研究を行った。

2003年度活動報告

15年度の一年間、主に資料収集と現地調査を通じて、中国における毛沢東カルトの実態及びそのメカニズムを調べた。具体的に地域格差や産業構造のバリエーション、民族の違いなどの要素を考慮して、五つの調査地を選び、2003年12月5日から29日までに調査を行った。
まず、毛沢東彫刻で有名な町、瀋陽では毛沢東生誕110周年の今年に、政府は投資して文革時代にできた毛沢東彫刻を塗りなおし、都市文化のシンボル、歴史のモニュメントとして位置づけている。彫刻を創作した専門家や彫刻見学者へのインタビューを通して、彫刻創作の過程、毛沢東死後の彫刻の撤廃をめぐる議論、現代における文革彫刻の意味について聞き取り調査を行った。国営重工業の街である瀋陽では、社会主義市場経済への移動の中、多くの国営企業の労働者がリストラされている。これは毛沢東及び計画経済の時代へのノスタルジアにつながる原因の一つである。一方、他の都市にある毛沢東彫刻とは違って、(1)瀋陽の毛沢東彫像は毛沢東彫像と1921年から1969年までの歴史を現す30人の群像によって構成され、(2)2年半にわたって、当時の一流の彫刻専門家によって作られたため、今でも歴史教育の場、芸術の傑作として民間及び彫刻界で高く評価されている。
また、北京の毛沢東の遺体の安置してある記念堂で、48人の見学者にインタビューを行い、彼らの年齢、職業、出身地、歴史の記憶、毛沢東廟に訪れる目的と感想について聞いた。
1935-1948年まで革命根拠地であった陝西省楡林市と農村地域では、1993-1995年の間、三つの廟――毛沢東・周恩来・朱徳を祭る「毛沢東廟」が立てられた。廟の会長や廟関係者、政府の宗教局の幹部と地元の民俗学者にインタビューし、聞き取り調査を行った。
つづいて、四川省の丹巴県チベット族が集中する村で、彼らの歴史の中の毛沢東及び彼らの居住空間における毛沢東像の意味について聞き取り調査を行った。
2003年12月26日は毛沢東生誕110周年の記念日であるので毛沢東の生誕の地である湖南省韶山では大規模な記念イベントが企画された。そこで村人、村民委員会、観光エージェンシー、観光客、政府の幹部、合わせて100名以上の人々にインタビューした。
こうして、異なる地域、都市部と農村部、漢族地域と少数民族地域での調査を行うことによって、毛沢東現カルトの実態、毛沢東の意味の多様化をより明らかに把握することができた。