国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アンデスにおける植民地的近代――副王トレドの総集住化の総合的研究(2015-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 齋藤晃

研究プロジェクト一覧

目的・内容

1570年代、スペイン統治下のアンデスにおいて、世界史上希有な社会工学実験が実施された。第5代ペルー副王フランシスコ・デ・トレドの命令により、かつてのインカ帝国の中核地域で約150万の先住民が碁盤目状に整然と区画された1千以上の町に強制移住させられた。集住化と呼ばれるこの政策は、前社会状態の「野蛮人」を「人間化」するため社会を一から建設することを目指しており、人間が理性と意志の力で自然と社会を統御し、改良するという近代主義的志向性を帯びていた。しかし、現存史料が乏しいため、その実施形態や直接的影響、波及効果は解明されていない。本研究では、地理情報システム(GIS)によるマクロ分析とフィールド調査によるミクロ分析を併用した学際的共同研究を通じて、トレドの集住化の全体像を把握し、植民地で生まれたこの早熟な近代主義の世界史的意義を解明する。

活動内容

2019年度活動報告

マクロ分析では、納税額査定記録に基づいて作成したデータベースを多角的に分析した。とりわけ、スペイン人の都市の行政区分(ディストリト)と先住民統治の行政区分(コレヒミエント)ごとに、副王トレドの総集住化の個別的特徴を解明した。総集住化により建設された町の数や規模、在来の民族集団との関係は地域ごとに異なるが、その差異を数値化し、比較するとともに、そうした差異が生じた理由を究明した。また、リソース・デスクリプション・フレームワーク(RDF)の手法を応用して、民族集団と町の関係をより高い精度で視覚化する方法を開発した。
ミクロ分析では、フィールド調査で収集したデータをマクロ分析のデータと突き合わせ、特定の地域の特徴をより深く掘り下げた。これらのデータはまた、個別の地域に焦点を当てたテーマ研究でも活用された。
7月にスペインのサラマンカ大学で開催された第56回国際アメリカニスト会議において、「トレドのレドゥクシオンへの新たな視線―間地域的・多分野的対話に向けて」と題する国際シンポジウムを実施した。このシンポジウムでは、海外共同研究者を含めて研究プロジェクトのメンバーが一堂に会し、これまでの成果を披露し、議論を交わした。また、2月に京都の総合地球環境学研究所でおいて、米国の研究者3名を招いて「超域的スケールにおけるデジタル人文地理学」と題する公開セミナーを実施した。このセミナーでは、デジタル技術を媒介とした歴史学と考古学と地理学の学際的協働の有効性が確認された。
 これまでの研究成果をとりまとめ、英語の論文集を刊行するための準備を進めた。

2018年度活動報告

 

2017年度活動報告

マクロ分析では、在来の民族集団(レパルティミエント)と集住化により建設された町(レドゥクシオン)の関係を把握し、視覚化し、分析するための基礎作業を実施した。副王トレドの納税額査定記録から関連するデータを抽出し、リソース・デスクリプション・フレームワーク(RDF)という人文情報学の記法で記述し、コンピューター処理することで、民族集団と町の関係を総体的に視覚化することに成功した。
ミクロ分析では、一昨年度と昨年度の調査データを地理情報システム(GIS)に取り込むとともに、担当者がそのデータをくわしく分析し、当該地域固有の特徴を解明した。
テーマ分析では、研究分担者と海外共同研究者が各自のテーマに沿って文献調査や遺跡調査を実施した。その成果は2月の国際シンポジウムで公表された。
6月上旬、東京大学で開催された日本ラテンアメリカ学会第38回定期大会において、「副王フランシスコ・デ・トレドの総集住化の総合的研究―人文情報学の方法による貢献」と題するパネルを実施した。このパネルでは、マクロ分析の技術と方法を説明し、暫定的成果を公表した。
2月、ヴァンダービルト大学(米国、ナシュビル市)で「攪乱する再定住―植民地期アンデスにおける先住民の強制的集住化」と題する国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、研究分担者と海外共同研究者が集合し、これまでの研究成果を報告し、議論を交わした。これらの報告に基づいて、英語の論文集が作成される予定である。

2016年度活動報告

GISによるマクロ分析では、集住化により建設された町の地理的同定作業を進めた。昨年度に入手した地図に加えて、より精度の高い地図を新たに入手し、マクロ分析の独自班のメンバーで共同作業を進めた。こうして、現在のペルーとボリビアとチリを対象とする作業をほぼ終了した。データベースに基づくテーマ分析にも着手し、町の標高、人口、守護聖人、行政区域などに関して新たな知見を得た。それらの知見は、12月にボリビアで開催した国際シンポジウムで公表された。また、RDFによるデータ分析についても、運用可能なモデルを試作した。
ミクロ分析では、予定していたペルー南部のクスコ地方のフィールド調査に加えて、コルカ地方のフィールド調査も実施した。クスコ地方では、キリスト教聖堂の調査もおこない、集住化と宣教活動の関係について考察することができた。コルカ地方では、複数の町の遺跡を訪問し、広場や街路、家屋の空間配置を具体的に把握することができた。
テーマ分析では、研究分担者と海外共同研究者が各自のテーマに沿って文献調査や遺跡調査を実施した。その暫定的成果は12月の国際シンポジウムで公表された。
12月上旬、南米ボリビアの首都ラパスにおいて、「トレドの集住化-学際的比較研究」と題する国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムを通じて、トレドの集住化に関する諸問題をさらに深く考察するとともに、スペイン語圏の最新の研究動向を把握し、研究者の国際的ネットワークをより拡充することができた。

2015年度活動報告

当初の計画どおり、国立民族学博物館と米国のヴァンダービルト大学とのあいだで学術協定を締結した。この協定の締結により、国際共同研究の円滑な推進が可能になった。とりわけ、スティーヴン・ウインキー氏が代表者を務める人文情報学の共同研究と本研究のGISによるマクロ分析を有機的に連動させることができるようになった。
そのマクロ分析では、必要な機材やソフトウエアを購入し、共同作業のための体制を整えた。また、スペインとアルゼンチンとボリビアの文書館で副王トレドの納税額査定記録のオリジナルを入手し、それに基づいてデータベースの作成を進めた。さらに、ペルーとボリビアの地図を入手し、トレド時代の町の地理的同定作業に取り組んだ。
ミクロ分析では、ペルーのワロチリ地方でフィールド調査を実施した。この調査により、トレド時代に建設された先住民の町をすべて同定できた。また、町の立地条件を谷と尾根が連なる複雑な地形と関係づけて考察することができた。 テーマ研究では、研究分担者と海外共同研究者の全員が計画どおり文献調査や遺跡調査を実施した。しかし、分担者の網野徹哉だけは、不慮の怪我のため、予定していたペルーでの調査を実施できなかった。そのため、調査に必要な経費を平成28年度に繰り越した。網野は平成28年8月にペルーに渡航し、担当のテーマに関して集中的に調査をおこない、遅れを取り戻すことができた。
平成27年11月、ヴァンダービルト大学において、「植民地期アンデスの強制移住を再考する」と題する国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムにより、文化人類学・歴史学・考古学の最新の研究動向を把握するともに、諸研究が抱える問題の解決策を探ることができた。平成28年3月には、米国のブラウン大学において講演会を2回開催した。この講演会を通じて、研究者の国際的ネットワークをさらに拡充することができた。