国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国周縁部における歴史の資源化に関する人類学的研究(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 塚田誠之

研究プロジェクト一覧

目的・内容

文化資源研究において歴史は重要課題の一つである。それは、歴史を資源化する行為が諸主体間のせめぎあいやアイデンティティの構築に深く関わるからである。広大な国土に多くの民族が居住し膨大な史料を持つ中国における歴史の資源化の研究は従来未開拓であった。現在、中国の急速な経済発展とともに、歴史がさかんに資源化され、中華民族の一体性の構築に活用され、観光開発による実利の獲得など多様な目的と形態で進行している。
本研究は、中国周縁部において歴史がいかに資源化されているのかについて、民族英雄、文物・史跡・景観、記憶・記録・伝承といった問題領域に分けて、政府・知識人・民衆等の諸主体の役割、諸民族の文化との関わりに留意しながら、人類学的立場から実態を解明し、新しい研究領域の開拓をすることを目的とする。

活動内容

2017年度実施計画

平成28年度に、中国における歴史の資源化に関する中間整理のため、国立民族学博物館で国際シンポジウムを開催した。本年度は最終年度に当たるゆえ、昨年度のシンポジウムの成果と問題点をふまえて、国立民族学博物館でとりまとめのための研究集会を開催し討議を行うとともに、補足のための現地調査を行い、問題点を明快に検証することに重点を置く。(1)民族英雄、(2)文物・史跡・景観、(3)民間伝承、の各問題領域に加えて、研究を進める中で重要性が明らかになった(4)民族のアイデンティティと資源化との関係、の諸領域を中心に、それぞれ10~30日間現地に出向き調査を行う。
(1)について、塚田は雲南省文山州、大野は内モンゴル自治区とモンゴル国、松本は雲南省玉渓県でそれぞれ調査を行う。「歴史」の多様性と時代による評価の変化のゆえに、現在はさほど注目されておらず再解釈が必要な人物をも取り上げる。
(2)について、高山は天津・成都、藤井は内モンゴル自治区シリンホト市.長谷川は雲南省徳宏州・西双版納州、松岡は四川省アバ州・甘孜州、河合は広西壮族自治区玉林市・賀州および広東省梅州や台湾等でそれぞれ調査を行う。史跡や文物をめぐる地域アイデンティティの創出の動きに関する問題点の検証等が中心となる。
(3)について、稲村は台湾や雲南省紅河州・ラオスで、吉野はタイで調査を行う。ハニ族やミエン族の口承伝承の資源化の実態に関する補足調査が中心となる。
(4)について、塚田は広西の三江県に住む少数派の集団「六甲人」がトン族の文化的影響を受容しながらも自己意識を維持してきたこと、韓は新疆ウイグル自治区の察布査爾県に住む「シボ族」が満州族の文化を維持してきたこと、権は図們市の民俗村「百年部落」に住む朝鮮族がふるい家屋や文物を維持してきたことにそれぞれ注目し、彼らの民族的アイデンティティと資源化との関係に注目して掘り下げた調査を行う。
実地調査のほか、国立民族学博物館にメンバー全員が集結して、しめくくりの研究集会を開催し、歴史の資源化の人類学的モデルを構想する。

2016年度活動報告

本年度は2年目に当たり、中国における歴史の資源化について、(1)民族英雄、(2)文物・史跡・景観、(3)記憶・記録・伝承の問題領域において、政府・知識人・民衆などの諸主体の関わり方、隣接地域の場合に留意しつつ現地で掘り下げた実態調査を行った。また、10月に国立民族学博物館で国際シンポジウムを開催し、メンバーが集結して中間整理のための討議を行い、今後の課題を確認した。
(1)について、壮族の儂智高は雲南で村民がアイデンティティの維持のため祭っているが、政府は資源化に力を入れていないこと、回族の馬本斎は、政府にとって利用価値のある鄭和と比べると、無名で資源化されていないことから、政治が重視される中国においては民族英雄の扱いは状況によって違いがみられることが明らかになった。なお、漢族の岳飛は、時代によって評価が変化する点で歴史の特質を解明する鍵となること、チンギス・ハーンは中国だけでなくモンゴルでも資源化されており、国境を越えてグローバルな現象となっていることが解明された。
(2)について、タイ族土司が政府によって民族英雄として称揚され史跡が整備されており、ギャロン・チベット族の石楼を政府が村民の意向とは別に観光資源化を進めていることが明らかになった。また、広東の客家の墓参に、台湾を含む同姓者が血縁関係になくとも親族として参詣することから、歴史の資源化が新たな親族構造の再構築を導いていることが判明した。
(3)について、ハニ族の伝承のうち外的歴史に旧土司が関わっていること、朝鮮族の民俗村の資源化において、出稼ぎから帰郷した村民が主体となって、他の諸主体の思惑と相互補完的であることが判明した。諸主体の関与のありようは多様で、状況によって異なることが確認された。
このように、問題の解明と新たな知見の獲得、最終年度に向けた課題の確認など、2年目の研究目的を達成した。

2015年度活動報告

本年度は、中国における歴史の資源化について、(1)民族英雄とされる人物の顕彰のされ方や民族・地域社会の持つイメージと資源化の実態、(2)文物・史跡・景観といった可視的なモノや建造物の資源化の実態、(3)民間で記憶・記録され伝承されてきた歴史、の各問題領域において、現地での聞き取り調査や資料収集を通じて最新の実態を把握することを目的とした。
(1)について、岳飛についてはその廟が世界遺産に登録されるなど、地方政府・知識人さらに学校が資源化に関与している。他方、儂智高はベトナムで廟が新築され、民衆が英雄視し崇拝するが、政府による資源化が進行していない。また、政府や知識人が、回族の鄭和やモンゴル族のチンギス・ハーンを「民族の英雄」ではなく「中華民族の英雄」として位置付ける傾向にあることが判明した。
(2)について、四川の石楼や南京の烈士陵園は地方政府によって資源化されつつあるが、広西忻城や雲南西双版納の土司建築は資源化が十分に進行しておらず、政府や企業による歴史の価値付けに問題がある。なお、福建の客家の「祖地」の景観について、マレーシア華僑による景観建設への資金援助や一部の知識人によって「祖地」認識や「客家のルーツ」であるという自己意識を持つに至ったことが判明した。
(3)中朝国境では地方政府が国境と民俗の観光を進め、内モンゴルでは聖地オボが観光資源化されている。こうした動きを受けて延辺州で村長が村民の民俗の観光資源化に乗り出している。なお、歴史伝承の資源化について、ハニ(アカ)族の場合、村民が同じ伝承を持つとは限らないことや、ルーツ探しを通じて国境を越えるネットワークが形成されつつあることが判明した。
 このように、地域・民族によって多少の違いがあるが、政府やそれに連なる知識人が歴史の資源化を進めている点など最新の実態を把握し今後の課題が明確になった。