国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ポスト福祉国家時代のケア・ネットワーク編成に関する人類学的研究(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 森明子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、福祉国家制度が見直しを迫られるなかで、ローカルなケアの実践に、国家による制度の限界を乗り越えていく人々の工夫があらわれていることに注目し、それをネットワークの観点から明らかにしようとする。また、そこに携わっている人々は、現在と将来の社会像をいかに構想しているのか、その関係性や組織・制度に焦点をあてて、人類学的に解明することを目的とする。とくに、移民・難民・流民など国家やコミュニティの境界領域におかれた人々のケア編成と、域内の高齢者のケア再編に注目し、そこでケアをめぐってどのような関係がつくられつつあるのか明らかにする。家族、親族、隣人、自治体、社会福祉団体、ケアワーカー市場等、多様なアクターが連関する実態を描き出すとともに、そこで「社会的なもの」がどのように編成されつつあるのか、解明することを目指す。

活動内容

2017年度活動報告

最終年度にあたる本年度は、これまでの成果をふまえてデータを収集し、分析と考察をすすめた。
高齢社会、超高齢社会であるヨーロッパと東アジアでは、福祉や介護の市場化が複雑に進展して、家族関係や生存保障システムに変容をおこし、道徳のゆらぎもみえている。天田は東アジアで、高橋はフィンランドで、森はオーストリアで、その具体的な状況を現地調査で明らかにした。浜田はガーナで、現金経済の浸透がケアの読み替えを引き起こしていることを明らかにした。岩佐はラオスで、未熟な市場経済がグローバルな開発の影響を受けて、国家による家族への直接介入と無関心を混在させている状況を指摘した。
一方、国家の境界領域におかれている難民や移民のニーズは、滞在の長期化にともなって変容する。最低限の生存の希求から、よりよく生きるための資源調達へと展開するそのニーズを満たすために、ホスト社会の国家と住民(旧住民)、移民や難民(新住民)のあいだに何があらわれてくるのか、内藤はアフリカの難民キャンプで、岡部はタイの寺院で、森はドイツの街区で調査した。
調査で得たデータを整理し、ケアを、国家と家族、グローバル経済とローカルな市場、市民道徳と消費者行動、宗教と個人の交錯する動態的な局面においてとらえる議論を深めていった。
その成果を、日本文化人類学会第51回研究大会で分科会を組織して発表し(2017年5月27日、神戸大学)、国際研究集会”Colloquium Thinking about an anthropology of care: A discussion with F. Aulino and J. Danely”(2017年12月9日~10日、国立民族学博物館)を開催して海外研究者と議論した。

2016年度活動報告

平成28年(2016)度は、各メンバーの調査のさらなる展開をはかることと、メンバー全体で海外研究者との研究交流を拡大、深化させることの2点を主眼として研究を展開した。
民族誌調査研究――1.森(研究代表者)は、ベルリンの保育園について、記録資料の整理分析と、現地でのインタビュー調査を進め、とくに後者で、保育園の父兄、経営者とのインタビューで充実した調査ができた。2.天田は、介護保険制度によるケア労働市場と家族関係の動態について東アジア4か国の比較研究の一環として、日本の地方都市の高齢者ケア調査をすすめた。3.内藤は、タンザニアの難民キャンプで、支援とケア・ネットワークに関する調査を次年度にかけて展開していくための第一段階の調査を行った。4.高橋は、フィンランドで2回に分けて計1か月半にわたり、インフォーマルケアに関する聞き取りと、行政の組織改革の実態について、現地調査した。5.岡部は、主要なインフォーマントを対象に焦点をしぼったインタビュー調査とそのデータ分析を中心に行い、あわせて研究発表を行いながら隣接分野の研究者との意見交換を重ねた。6.岩佐は、ラオス農村で保育/幼稚園設置が及ぼす影響について、予備的調査を行った。7.浜田は、ガーナ南部の農村地帯で、葬儀を死者ケアの実践ととらえる視点から調査をすすめた。
国際研究交流――森と岩佐は、タイとドイツの研究機関を訪問調査し、国際研究交流を進めた。その準備を経て、平成29年2月、ウィーン大学とタイ・チェンマイ大学から研究者を招へいし、コロッキアム”Thinking about care as social organization: A Discussion with T. Thelen and K. Buadaeng”を国立民族学博物館において開催し、日本在住の研究分担者、研究協力者を招集して、集中的な議論を行った。

2015年度活動報告

本年度は、国家やコミュニティの境界領域におかれた人々は、いかに持続的なケアを実現しているのか明らかにするために、ケアが発動する局面を詳細に検討し、多様なアクターを射程におさめてデータを収集することをめざした。
1.代表者森は、再統一後のベルリンの保育園運営について調査し、社会福祉団体、自治体、保育士、父兄の関わりを検討した。また、ウィーンで、ベビーシッターを結節点としてあらわれている保育ネットワークを調査した。
2.天田は、介護保険制度によるケア労働市場の形成・再編成に注目し、さらにそれが家族関係に与える影響について、日本と韓国で調査した。
3.内藤は、ケニア北部で、近年導入されたICTを活用した食料援助システムに注目し、牧畜社会の集団主義的な食糧獲得戦略に起こりつつある変容を調査した。
4.高橋は、フィンランドの高齢者福祉において、親族介護と行政によるそれへの支援、施設介護の現状について調査した。
5.岡部は、ミャンマーからタイ北部に流れてきて仏教寺院に居住するシャン人労働者に注目し、寺院が移住初期の生活を保障している実態を調査した。
6.岩佐は、ラオスのヴィエンチャンにおいて、高齢者福祉のとりくみ状況を調査した。
7.浜田は、ガーナ南部の農村地帯で、地縁的ネットワークと血縁的なネットワークが、どのように発現するか調査した。
また、ラウンド・テーブル「東アジアにおける家族の境界とケア実践―社会政策のもとでの家族」を、2015年10月12日に国立民族学博物館で開催し、ケアの実践について比較研究の視点から議論した。