国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

笑い話に注目した日本語ナラティブの「型」と「技」の地域比較(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 金田純平

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は日本の笑い話および体験談(ナラティブ)について、その談話の構成と語りにおける言語・パラ言語・非言語上の特徴についてマルチモーダル記述し、複数の地域間でそれらの比較を通じて、各地における特徴を明らかにする。談話の進め方「型」は文化や地域、社会階級によって違うことはすでに示されており、日本の方言研究でも談話の「型」の存在が地域間で異なることも実証されている。笑い話を含めたナラティブでも、特に関西地方においては語りの「型」が明確に存在する。
そこで、ナラティブの「型」が日本の他の地域(特に東北・関東)とどのように異なっているのかを各地のネイティブ話者による体験談の映像・音声を収録してマルチモーダル分析し、地域間での異同を示し、その原因を考察する。さらに、個人が持つ話の巧みさを「技」として特徴の抽出を試る。最終的に、研究成果を一般にも参照可能な形で整理して基礎資料として公表する。

活動内容

2017年度活動報告

今年度の研究は、昨年度までに得られた映像・音声データからの観察を中心に行った。その結果わかったこととして、東北地方では体験談を語るときにジェスチャーを交えて表現することが少なく、口頭で説明する傾向が強いことがわかった。これは関西地方の話者との比較によるものである。さらに、広島でのジェスチャーの出現度合いは、東北と関西の中間に当たるものであり、身体全身を使って話すという行為は西日本を中心に見られる傾向があることが予想される。逆に東日本では身体全身を使うというよりも、口頭で語ろうとする傾向があることが言えるであろう。もちろん、ジェスチャーの出現度合いは話者の個人差によるものもあると思われるが、少なくとも今回得られたデータではこのような結果になった。
また、事態の展開を表現するような「そしたら」「そんなら」「(動詞)たら」という形式の出現について調査すると、東北地方の体験談ではその出現が少ないが、まったくないわけではないということが一昨年度に続いてわかった。さらに、「…たの」「…たんだよ」といた「のだ」形式が現れた場合、その次に「そしたら」等が現れることがいくつか見られた。そこから、東北地方では関西地方に比べて「そしたら」等の形式を使うことは少ないが、全くないわけではなく、「のだ」形式の文の後にこれらを使うことが見られるということがわかった。また、広島での「そしたら」等の出現は東北地方よりは多かったが、関西地方ほど多く現れないということもわかった。

2016年度活動報告

東北地方において、本調査として会話データの収録を行った。2日間で4名分のデータを収録することができた。また、それて並行して補助調査として、広島でも会話データの収録を行った。こちらでは、2名分のデータを収録することができた。
収録データの分析は現在もなお実施中であるが、現時点で判明したこととして、まず、擬音語・擬声語・擬態語や「わたし、『どうしようか』と思って」のような直接引用の出現が、関西地方の話者に比べて少なかったことが挙げられる。巷間では、関西地方では擬音・擬態語をよく使うといわれているが、「だーっ」「ばーっ」というような表現を用いることが少ないことが、東北、広島で言えることであった。
また、「~たら」「~なら」といった表現の出現が比較的少ないことも分かった。これらの表現は出来事を語る場合、新たに遭遇した事態や出来事を導くものとされているが、これらを使った表現が関西地方の話者に比べて用いられる傾向が低いことが分かった。また、東北の事例では「~たら」「~なら」の出現が少ないわけではなかったが、後に現れる事態としては、予想外のことや驚くべき事態が登場することは少なく、おおかた予想できる事態の方が多かった。このことから、「~たら」「~なら」の談話的用法として、予想外のことや驚くべきこととの遭遇を導くという動機づけが少なく、出来事の展開として次の事態を導きという動機づけで使用されているのではないかという結論に至った。このことから、同じ形式の表現を用いるものの、談話的な動機づけとしては同じではない、つまり、東北地方では「~たら」「~なら」を使った表現が発話の型としては十分に確立されていないのではないかという意見を導くことができた。

2015年度活動報告

まず、既存の笑い話資料に基づく分析を実施した。これは研究を進めるうえで今後の分析項目を洗い出すために行うもので、しばしば体験談の中の会話の引用部分において、声の高さを変えたり、声質を変えたりすることで、想定される発話者の人物像の表現が行われていることが明らかになった。また、その時の人物像の表現は実際の話者の声そのものをまねているのではなく、話者の属性(例えばお年寄り)の人物像に基づく声の特徴(例えばゆっくり弱い声で話す)や役割語の使用(例えば、終助詞に「のう」を使用する)が見られた。この研究成果については、日本語文法学会第16回大会パネルセッションにおいて口頭発表を行った。
次に、会話データの収録については東北地方において実施することができ、2名分約1時間のデータが収録できた。データについて会話構造を分析したところ、Maynard(1989)が挙げるような6つの構成要素(Prefacing, Setting, Narrative Event, Resolution, Evaluation, Conclusion)が見られたが、既存の笑い話資料のうち関西の女性によるものと比較すると、Narrative Eventの部分に見られる階層構造(説明・遭遇・反応)が希薄であり、起きた事象を時系列に基づいて語るということが見られた。まだ、2人分のデータだけでありこれを東北地方の語りの特徴として挙げるのは早計であるが、今後の調査を行ううえで注目すべきポイントを得ることができた。