国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アジア・太平洋地域における自然災害への社会対応に関する民族誌的研究(2004-2007)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 林勲男

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、アジア・太平洋地域における自然災害への社会対応について、(a)災害後の復旧・復興プロセスと、(b)将来の災害リスクの軽減化(減災力)を図るプロセス、の二つの局面を民族誌的アプローチにより解明することである。
(a)では、復旧・復興プロセスに発生する諸問題に対し、行政、NGO、被災地住民組織や個人が、いかなる社会関係性に規定されつつ、同時にそれらを利用して対処したか(しているか)について、社会構造的・文化的な要因を十分に考慮し、調査研究を実施する。調査対象として、パプアニューギニアのニューブリテン島火山噴火災害(1994年)と同国アイタペ津波災害(1998年)、トルコ・マルマラ地震災害(1999年)、インド・グジャラート地震災害(2001年)、インド洋地震津波災害(2004年)の5つの災害を取り上げる。さらに、バングラデシュでほぼ毎年発生する大規模な洪水災害を選定し、災害リスクとの共存を調査し、突発災害のケースと比較する。
(b)としては、近い将来に大規模な地震発生が予想されている都市(フィリピン共和国・マニラ首都圏マリキナ市)において、行政主導による地震災害リスク管理がどのような社会構造的・文化的要因の規制を受け、住民生活のいかなる面に影響を与えるのか、さらには住民組織、NGO、キリスト教会組織などの活動といかに連携・連動するのかについて調査研究する。これは、同市の行政レベルにおける地震災害リスク管理を検討するワークショップの、その後の展開と可能性を探る目的を併せ持つ。

活動内容

2007年度活動報告

被災地復興班では、林がパプアニューギニアにて、津波被災地の復興状況と今後の防災計画について調査した。インド西部地震に関しては、グジャラート州において、三尾が被災地におけるNGOの活動に関して、研究協力者の金谷が、被災後の集団移転による染色産業への影響に関して、それぞれ調査を実施した。2004年12月発生のインド洋地震津波被災地の現状に関しては、山本がインドネシアのバンダ・アチェにて被災者への住宅供給に焦点を当て、研究協力者の深尾が南インドにて災害が文化遺跡保存政策に与えた影響に関して、それぞれに調査を実施した。牧はソロモン諸島において、津波被災地の被害状況と復旧・復興計画に関して調査した。柄谷は本年度は別経費にて、タイ・プーケット県及びパンガー県で調査を実施した。佐藤は、本務の都合で本年度は調査を行なわなかった。共通して、緊急対応から復旧・復興初期の段階での対応策が、その後の長期的な復興計画や開発計画に、必ずしもそぐわない現状が明らかとなり、長期的に調査していくことの重要性が確認された。
(1)災害リスク調査班では、玉置がフィリピンのマリキナ市の防災対策について調査を実施した。高田は、本務の都合で本年度は調査を行わなかった。
(2)防災システム調査班では、玉置が、マリキナ市の「地震災害学習センター」に関して調査した。災害リスク軽減化のためには、政府機関、NGO等の市民組織、研究者などの活動をコーディネートすることの意義とその困難要因について明らかとした。

2006年度活動報告

災害後の復旧・復興プロセスと将来の災害リスクの軽減化を図るプロセスの二つに整理して示す。
被災地復興班では、林がパプアニューギニアにて1998年津波の被災住民の生活再建と地域開発について調査した。2004年12月発生のインド洋地震津波被災地の現状に関し、山本がインドネシアのバンダ・アチェ市における復興住宅の供給を中心に、柄谷がタイのプーケット島で観光業に焦点を当て、研究協力者の深尾がインドのタミール・ナドゥ州で文化遺産をめぐる復興活動を中心に、同じく研究協力者の澁谷がスリランカ東部州にて復興の地域間格差に焦点を当てた調査を実施した。佐藤は2005年3月発生の地震被災地であるインドネシア・ニアス島で復興住宅の現状について調査した。研究協力者の金谷はインド・グジャラート州カッチ県にて、グジャラート地震災害被災者の生活再建とNGO活動に関して調査を実施した。牧は、本年度は別経費にて、インドネシア・アチェ州で調査を実施した。三尾は、本務の都合で本年度は調査を行なわなかった。被災コミュニティのリロケーション(集団移転)は、コミュニティ空間の均質化や、供給住宅の画一化などの住民生活への影響が大きく、長期的に調査していくことの重要性が確認された。
(1)災害リスク調査班では、玉置が2004年に終了したEqTAPのマリキナ・プロジェクトの報告書に記載された「防災対策」提言の実施状況について調査を実施した。高田は現地調査を実施せず、バングラデシュの洪水災害とNGO職員の対応に関する収集資料の分析を国内でおこなった。
(2)防災システム調査班では、田中が玉置と協力して、現地のNGOの活動とマリキナ市の防災教育センター建設の進捗状況について調査した。
災害リスク軽減化のためには、政府機関、NGO等の市民組織、研究者などの活動をコーディネートすることの意義と難しさが確認された。

2005年度活動報告

1.災害後の復旧・復興プロセス、2.将来の災害リスクの軽減化を図るプロセス、の二つに整理して示す。
1.牧は、2004年12月に発生したインド洋地震津波災害の被災地であるインドネシア・バンダアチェで復旧・復興に関して調査をおこない、NGO毎に異なる構造や質をもつ再建住宅という問題について明らかにした。林はパプアニューギニアで、アイタペ津波被災地の復興調査をおこない、災害後に経済復興策として導入されたバニラ栽培が、バニラビーンズの国際市場への供給が安定してきたためによる価格の低下で、次第に被災地での関心を引かなくなってきている現状が明らかとなった。高田はバングラデシュのダッカで調査を実施し、河岸土壌浸食に関する調査研究報告の収集と現場視察および住民意識についての把握に努めた。三尾はインド・グジャラート州において、震災復興プロセスでのNGOの活動ついて情報収集をおこない、NGO側には援助対象の選択権があるのに対し、対象者側にはそれがないために生じる諸問題の存在を把握した。
2.田中は、フィリピンのマリキナ市役所において、マニラ首都圏で初めての地震防災に関する情報センターとなる「地震災害学習センター」(建設中)について聞き取り調査を実施し、また、「アジア・太平洋地域に適した地震・津波災害軽減技術の開発とその体系化に関する研究(EqTAP)」(1998-2003科振費)で実施した庶民住宅の耐震性評価実験後の耐震化の現状について調査した。住宅の耐震化については、関心は高いもののコストなどの要因のため、それほど普及していないことが明らかとなった。

2004年度活動報告

1.災害後の復旧・復興プロセス、2.将来の災害リスクの軽減化を図るプロセス、の二つに整理して示す。
1.牧と佐藤は、インドネシア・フローレス島で1992年の津波被災地の復興過程と、バジャウ族とブギス族の居住地分布と居住様式に関する調査を実施し、バジャウ族の移動の実態を明らかとした。林はパプアニューギニアで、アイタペ津波とラバウル火山噴火の被災地調査を行い、前者では住民の自主的な道路建設の実態と、後者では火山の観光資源化の動きを把握した。村上はトルコ共和国イズミット市その他で、マルマラ地震被災地における児童保護を中心とした社会福祉サービスと復興支援のNGO活動について調査した。前者に関しては、社会福祉局による災害遺児対策が、親族による遺児引き取りによって、ほとんど利用されなかった実態と、後者については、法的支援を受けられない借家住民が、協同組合方式による住宅再建のための運動を展開している実態を把握した。三尾は2001年のグジャラート地震被災地の復興に関して、州都アーメダバードその他で調査を実施し、翌年に発生したヒンドゥー教徒とムスリム間の騒擾と虐殺への社会科学者の強い関心に比べ、地震災害に関しての社会的・学問的関心の低さが顕著であることが明らかとなり、インド経済の一翼を担うアーメダバードの防災を考える上でも重要課題であることが明らかとなった。なおグジャラート地震災害については、金谷(研究協力者)によるブジ市の染色工房で働く女性に焦点を当てた調査によって補完された。高田は、バングラデシュのダッカで調査を実施し、洪水災害の一因として土砂不法採取が問題となっていることを明らかとした。
2.玉置と田中は、フィリピンのマリキナ市で、EqTAPによる地震防災プロジェクトの成果を住民レベルに浸透させるための検討を市担当者と行うと同時に、住民への災害体験に関するインタビューを実施した。