国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

1950年代アメリカ海軍のグアム島における風下被ばく調査に関する研究 (2016-2018)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 西佳代

研究プロジェクト一覧

目的・内容

非武装・平和主義を掲げて戦後を歩んできた日本では、軍事組織は特殊な社会集団として避けられてきた。しかし軍事組織も社会との相互作用のなかで存在する社会集団である。しかも、安全保障関連法の成立を機に、日本では軍事組織に対する国民の関心が高まっている。こうした政治状況に鑑みると、軍事組織と社会とのかかわりについて理解を深める必要がある。
そこで本研究は、第二次世界大戦後の核の時代、国民から存在意義を問われるようになったアメリカ海軍をとりあげ、軍事組織と社会のかかわりを考察する。
本研究の結果、アメリカ海軍は国民の生命の保護や健康の増進に貢献することで、国民に対する権威と正統性を獲得したことが明らかとなる。またアメリカ海軍が実施した、グアム島における風下被ばくにかんする調査の全貌が初めて明らかとなる。

活動内容

◆ 2017年4月より転入

2017年度活動計画

1年目の作業を継続しつつ、以下の方法によって海軍がグアム島で実施していた風下被ばく調査の全貌を明らかにする。調査結果は随時学会や大学のホームページをつうじて社会に公表する。
まず、海軍が1950年代にグアム島の気象観測所及びフェナ渓谷貯水池で実施していた放射能のモニタリング調査の全貌を明らかにする。関連する資・史料は、サン・ブルーノ国立公文書館およびワシントン州立大学で収集する。
ただし、上記に関する公文書を入手することは困難であることが予想される。実際、本年のサン・ブルーノ国立公文書館における調査で閲覧した海軍関係ファイルRG181からは、海軍がグアム島でマーシャル諸島における核実験から放出された放射能のモニタリングをしていたことや、海軍放射能防衛研究所の放射能汚染水浄化プロジェクトの存在を発見することはできたが、それらがどのように実施されたのかを示す資料を見つけることはできなかった。そこで有効なのが、1950年代にグアム島で勤務していた海軍関係者へのインタビューである。
現在グアム島では、1946年から1958年にかけての島住民は太平洋核実験で風下被ばくしたとして、連邦政府に対して補償を求める動きがある。特に1950年代にグアム島に配属されていた元軍人が結成した“Pacific Atomic Radiation Survivors (PARS)”という団体や、2002年に島議会が設置した「ブルー・パネル委員会」は、科学的事実や証言を集めて風下被ばくの立証を試みてきた。そこで申請者は1950年代の状況を把握するためにグアム島を訪れ、PARS会長ロバート・セレスシャル氏およびブルー・リボン委員会の中心的存在のひとりであった島議会議員マーク・フォーブズ氏とその関係者に対してインタビュー調査を実施する。さらに海軍関係資料を所蔵するミクロネシア地域研究センターとニーヴズ・フローレス公共図書館も訪れ、証言の裏付けとなる史・資料を収集する。