国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

スリランカ系タミル人によるインド舞踊の発展と再々構築化に関する全体関連的研究(2016-2018)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 竹村嘉晃

研究プロジェクト一覧

目的・内容

インドの舞踊文化は、インド国内はもとより世界中に拡散するインド系ディアスポラの間でグローバルに受容されている。本研究は、インド舞踊のグローバルな隆盛において、これまで注目されてこなかったスリランカ系タミル移民の関与に着目し、国内外の研究者との協働によりインド・東南アジア・欧米諸国におけるその動向を有機的に結びつけ、全体関連的に把握することを目的としている。とくに、スリランカ系タミル移民がホスト社会やグローバルな政治・市場と戦略的に関わりながら、1)古典舞踊の継承を通じたコミュニティの強化・再編を進めていると共に、2)ホスト社会の文脈において一端はナショナル化・南アジア化されたインド舞踊を新しい協同関係のなかで「タミル化」へと再々構築しながら継承している実態を実証的に明らかにする。

活動内容

2019年度活動報告

最終年となった令和元年度は、プロジェクト全体の大きな業績として、2019年4月20日に東洋音楽学会西日本支部と合同で国際ワークショップ“Globalizationof Indian Dance: the Evolution of Bharatanatyam among Sri Lankan Tamils Communities”を開催した。これまでの研究成果を公表した同ワークショップは、国内外の研究協力者と共に「タミル・アイデンティティ」という概念の検証を行いながら、北米・ヨーロッパ・シンガポールにおけるスリランカ系タミル人の関与とバラタナーティヤムの受容動態を比較検証した。東洋音楽学会員の研究者が多数参加し、他地域の芸能をめぐる状況との比較など、非常に意義のある意見交換が行われた。ここでの発表をさらに発展させ、2019年11月にはシンガポール、12月にはスリランカのコロンボで開かれた国際シンポジウムにおいて研究発表を行った。
またこれらの研究発表を通じて得た助言や指摘をふまえ、12月にシンガポールとスリランカで補足調査を実施し、バラタナーティヤムの受容・実践をめぐる民族間の軋轢や教育機関での関与などについて情報を収集した。
本研究では、インド芸能のグローバル化をめぐる状況について、これまで注目されてこなかったスリランカ系タミル人に関与に着目し、その特徴や共通性、地域差などを明らかにすると共に、グローバル・ネットワークに関わる媒介者の存在や初舞台公演の社会的機能、芸能研究におけるマルチサイト民族誌的な方法論の必要性を指摘した。そして従来の研究のようなディアポラ・コミュニティ内の動態に視点をおくのではなく、媒介者や「芸のキャリア」となる実践者個人が積み上げているネットワークとグローバル化の動態を描き出すことについて、具体的な事例の積み上げができつつある。

2018年度活動報告

インド舞踊のグローバル化と変容については、グローバル資本主義の影響による都市中間層の受容動向に関する従来の研究を補完する意味で、メガシティと欧米諸国や東南アジアを往来する実演家たちの実態と新たな人的紐帯についての実証的な研究が求められ、さらには両者を総合した研究へと発展させる必要がある。本年度は、メガシティや海外をグローバルに結ぶスリランカ系タミル・ディアスポラによるネットワーク化の進展と舞踊文化の継承によるコミュニティ強化の動向について、スリランカでの現地調査を実施した。フィールドワークでは、スリランカ系タミル人の舞踊家や舞台演出家にインタビューを実施し、バラタナーティヤムに対するかれらの価値づけと国内外の舞台公演の様子や創作活動の実態や描写・分析した。また、シンハラ人の舞踊家や芸術大学関係者などにも聞き取りを行い、スリランカ国内においてバラタナーティヤムがいかに受容されているのか、その歴史的背景も探った。聞き取り調査からは、バラタナーティヤムがタミル人のアインデンティティを維持・強化する重要なエージェンシーであることやバラタナーティヤムの受容や表象(演目、創作活動など)をめぐってタミル人とシンハラ人の間で相互交渉や軋轢が生じていることなどが明らかになった。
以上をふまえ、これまでに収集したデータの整理・分析とさらなる文献研究を進め、スリランカ系タミル・ディアスポラたちのバラタナーティヤムの受容について、新たな人の流入とホスト社会とのローカルな文脈における新しい協働関係のなかで「タミル化」へと再構築されている位相について考察した。また国内外の研究協力者とフィールドワークの状況や分析などに関する情報交換を行い、インド・スリランカ・東南アジア・欧米における実態を全体関連的に理解するためのアプローチを検討した。

2017年度活動報告

研究課題実施の二年目にあたる今年度は、スリランカ系タミル人コミュニティとインド芸能の結びつきに関する文献研究を進めると共に、これまでに収集したデータを整理し、研究協力者と情報共有しながらシンガポール・カナダ・イギリスの事例を比較検討した。
具体的には、国内研究協力者と2回の会合と1回の研究会(南アジア地域研究国立民族学博物館拠点2017年度MINDAS「音楽・芸能」班第2回研究会との共催)を開催し、研究の進捗状況を確認すると共に、現地調査で得たデータをまとめて報告し、シンガポールとカナダにおける動向を比較検討した。そして研究会では、スリランカ出身のラナシンハ・ニルマラ講師(奈良県立大学)をコメンテーターとして招聘し、スリランカにおけるインド芸能の発展に関する情報提供をうけ、スリランカ系タミル人たちがインドの音楽・舞踊文化の伝承を固持する背景を把握した。
また、これまでに収集したデータと文献研究によって得たさらなる知見をもとに、シンガポールでのフィールドワークを平成30年3月に実施し、データの補完を行った。具体的には、スリランカ系タミル移民の歴史的動向と彼らの文化・宗教的活動の実態の把握、スリランカ系タミル人が管理するヒンドゥー寺院の活動内容の把握と関係者への聞き取り、彼らが運営するインド芸能学校の参与観察と教師・学校長への聞き取りを行うことができ、順調に調査計画を遂行することができた。
くわえて、本研究の成果の一部を平成29年11月にタイのバンコクで開催された「第1回アジアにおける南アジア研究コンソーシアム」国際シンポジウムと、平成30年1月に京都で行われた国際ワークショップ「科研基盤B〈インドにおける新しいメデイア状況と芸能のグローバル化〉成果報告」にて発表し、参加した国内外の研究者から今後の指針や助言などを得た。

2016年度活動報告

研究課題実施の初年度にあたる今年度は、当初の計画通り予備調査で得たデータの整理と映像資料の分析および関連する文献研究に加えて、シンガポールでのフィールドワークを実施した。
これまでの調査で記録したインド舞踊に関する映像と収集したDVDを分析し、バラタナーティヤムにおける流派や出身校による振付・動きの違いを考察した。また聞き取り調査で得た情報と文献研究を通じて、スリランカ系タミル移民コミュニティの文化実践に関する世界的な動向を把握した。さらに国内研究協力者と3回の会合を開き、先行研究に関する討論と各自の研究進捗状況の報告、フィール ドワークに関する情報共有を行った。
これらの基礎資料と文献研究によって得られたさらなる知見をもとに、シンガポールにおけるインド舞踊の伝播・発展の過程におけるスリランカ系タミル人の関与について、2017年1月20日から31日にかけてシンガポールで現地調査を行った。具体的な調査内容は、スリランカ系タミル人コミュニティの歴史的動態と今日の文化的活動に関する聞き取り、インド舞踊を教授する芸術機関におけるスリランカ系タミル人指導者・実演家の特定と彼らへの聞き取り、スリランカ系タミル人が管理するヒンドゥー寺院の活動内容の把握と関係者への聞き取りを行うことであり、順調に調査計画を遂行することができた。
くわえて、本研究の進捗状況をシンガポール国立大学南アジア研究プログラムのセミナーにおいて口頭発表し、現地の研究者と情報を共有するとともに、研究に関する今後の指針や助言などを得た。