国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日本の多言語化における在日コリアンの社会言語学的研究(2005-2007)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|外国人特別研究員奨励費 代表者 庄司博史/金美善

研究プロジェクト一覧

目的・内容

研究員の課題は、日本の多民族化・多言語化において、在日コリアンとホスト社会との共生関係の成熟を視点にいれ、在日コリアンの言語状況について研究をすることにある。それは大きく次の二つのテーマに搾られる。
1)コミュニティ言語としての在日コリアンの言語の総合的な記述。
2)日本社会におけるコリアンの言語の処遇、及び住民意識の変遷の研究。
1)では、在日コリアン一世を中心とする言語使用の具体的な記述、および運用、継承にかかわるさまざまな問題点を明らかにする。
2)では、おもに新来コリアンが旧来コリアンをはじめ、各地で形成されつつある社会の多言語化にあたえた影響をさぐる。具体的には、近年みられる韓国・朝鮮語の社会的存在感の増加、それにともなう在日コリアンの民族語への態度や、日本社会の韓国語に対する意識の変化を教育政策、言語支援に関して記述することにある。

活動内容

2007年度活動報告

外国人特別研究員、金美善の2007年4月から2007年10月までの研究実績を報告する。
昨年に引き続き日本の多言語化における在日コリアンの社会言語学的研究をテーマに、コリアンコミュニティの言語状況について、以下の二点に注目して調査を行った。
まず、在日コリアン集住地域の言語景観について、東京都新宿区、特に最も外国人が集住する大久保通りを中心に一定の区画にあるすべての商業用看板と張り紙を記録し、その内容を発信者と受信者別に類型化した。また、看板の言語をエスニック別にわけ、言語と文字、業種などから外国人の経済活動と地域の言語使用の実態を把握した。調査地域では、韓国語やハングルが著しく突出しており、次に中国系、他のタイやインドなどアジア系の外国人の経済活動に伴う言語使用が目立つ。
次に、在日コリアンの民族語教育活動について、主に総連系の朝鮮学校を中心にその方法や成果、言語評価等について調べた。調査の方法は授業参観を通して生徒たちのバイリンガル状況を観察し、京阪神地区の国語(朝鮮語)担当の先生との座談会において、国語教育の実際の方法についてインタビュー調査を行った。朝鮮学校は非一条校として財政的な面など不利な教育環境におかれているが、その分、独自のカリキュラムや方法論で生徒たちに民族語教育を行っていることがわかった。またその教育内容や生徒の言語能力に対する自己評価と学校や組織内部における規範を軸にした言語評価にはかなりのずれがあり、朝鮮学校の民族語教育の抱えている問題として指摘できた。以上の研究成果の一部は口頭、および論文として発表した。
研究代表者である庄司は、本研究分担員の研究をふくめ、日本の多言語化の観点から日本の言語景観に関し、学会でワークショップを主宰したほか、単行本として論集を共同編纂中である。

2006年度活動報告

外国人特別研究員、金美善の2006年4月から2007年3月までの研究実績を報告する。
日本の多言語化における在日コリアンの社会言語学的研究をテーマに、コリアンコミュニティの言語状況についてニューカマーとオールドカマーに分けて調査を行った。現在、在日コリアンの人口は約60万でオールドカマー75%、ニューカマー25%の割合でニューカマーの比率が年々高くなっており、彼らの存在がさまざまな形で可視化している。
研究代表者の庄司博史は、日本の多民族化に伴う社会の多言語化の実体、これらの現象を支える社会全体の構造について、移民受け入れ経験の長い他の国家の事例と比較検討を行っている。
研究分担者の金美善は、日本でもっともコリアンニューカマーが密集する、東京都新宿区大久保地域における外国人の存在や活動の現れ方について、商業用看板を中心に景観調査を行った。特に韓国ニューカマーの経済活動が地域の言語景観に及ぼす影響やその実態について調査し、その内容を、学会(世界コリア学会2006年10月(於:韓国・済州大学)、社会言語科学会2007年3月(於:日本大学))にて口頭発表し、報告書(科学研究調査報告書「移民コミュニティの言語の社会言語学的研究」)に寄稿論文として発表した。さらにオールドカマーの言語維持の実態を知るため、総連系の朝鮮学校におけるバイリンガリズムや母語教育について参与観察とインタビュー調査を行った。総連系朝鮮学校は非一条校として、独自のカリキュラムを持ち徹底したバイリンガル教育を行っているが、朝鮮学校の教育理念とホスト社会との政治的葛藤などの理由により、その教育内容はあまり知られていない。調査した内容は、2007年3月、国立民族学博物館で行われた国際シンポジウム( 「移民とともに変わる地域と国家」)において、口頭発表を行った。 朝鮮学校の教育内容については現在もなお、調査を続けており、現在上記シンポジウム報告書公刊のため執筆中である。

2005年度活動報告

外国人特別研究員、金美善の2005年10月から2006年3月までの研究実績を報告する。
日本の多言語化における在日コリアンの社会言語学的研究をテーマに、コリアンコミュニティの言語状況について調査を行った。現在、在日コリアンの人口は約60万でオールドカマー75%、ニューカマー25%の割合でニューカマーの比率が年々高くなっている。オールドカマーは植民地支配をきっかけに来日した人々とその子孫で、ニューカマーは1980年代以降来日している主に留学生、駐在員、日本人や特別定住者の配偶者が多い。言語使用の面でも、オールドカマーの使用言語は日本語でニューカマーの使用言語は韓国語であり、来日時期によって使用言語やホスト社会に対する意識も異なる。東京都の新宿のようなコリアンニューカマーが集まる地域は、ハングルの看板や貼り紙、広告など在日コリアンの存在が可視化されているところも多い。これらの在日コリアンの言語事情はコミュニティの内実の変化という側面と、ホスト社会の多言語化に対する意識の変化という二つの側面から解釈が可能である。研究代表者庄司博史教授は日本の多民族化に伴う多言語化の実体、これらの現象を支える社会全体の構造について他の移民先進国の事例と比較検討を行っている。 その一環として、日本のまちかどにおける多言語景観の実態調査と米国のロスアンゼルスのコリアンコミュニティの言語使用状況とホスト社会の支援政策について現地調査を行った。なお、これらの調査内容をまとめて、国立民族学博物館の公開フォーラム「多文化共生社会をめざす実践と研究のために(於、国立民族学博物館)」、在日朝鮮人研究会全国大会「「マイノリティの子どもたちに民族語/母語をどう伝えるか?-継承のための努力-(於、桃谷高等学校)」、移民言語研究会「在日コリアンの言語(於、東京大学)」で口頭発表を行った。いずれも公刊のため現在執筆中である。