日本・イスラーム関係のデータベース構築 ─ 戦前期回教研究から中東イスラーム地域研究への展開 (2005-2007)
目的・内容
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本研究では、これまで看過されてきた戦前日本の戦略研究としての回教・回教徒研究を積極的に再評価し、戦後展開した基礎的な地域研究としての中東イスラーム地域研究との断続性よりもそれへの継続性に力点を置いて検討する。そして、そのような観点から新たにデータベースを構築しつつ、大国となったわが国において、基礎研究と政策研究のバランスの上に立った「21世紀型中東イスラーム地域研究」のあるべき姿を提言しようとするものである。
近代以降の日本と中東イスラーム世界との関係は第一次世界大戦後、帝国日本の領土的拡大に伴って発展した。そのなかで、アジア主義的発想とも相まって回教・回教徒研究がひとつの研究領域として次第に確立していったという歴史的経緯がある。とりわけ、日中戦争勃発後の1930年代後半から終戦までの日本の回教・回教徒に関する学術的研究は──大東亜共栄圏建設という戦略的動機から出発しつつも──国際的に通用するほど水準の高いものとなった。それは回教圏研究所、大日本回教協会、満鉄東亜経済調査局、東亜研究所といった調査研究機関が国策的要請を受けて回教・回教徒研究を組織化していった帰結にほかならないが、この事実は現在では忘れられてしまった観がある。これらの調査研究機関の活動や刊行物の整理・分析は、個々の機関レベルでは一定の蓄積が重ねられてきた。しかし、未刊史資料を含む情報を電子媒体で系統的に整理・分析し、戦前の回教・回教徒研究全体を俯瞰する作業は依然不十分な状態にあり、これこそ本研究が第一に取り組むべき課題である。また、日本本土あるいは大日本帝国領に亡命していたムスリムによって刊行されていた、アラビア語、ペルシア語、トルコ諸語(タタール語を含む)などによる雑誌・新聞類なども日本・イスラーム関係の一断面を証言する重要な史資料として調査・収集の対象となる。さらに、戦前の日本で回教世界に対して強い関心を有し、回教研究の豊かな土壌となっていた仏教、神道、キリスト教、あるいは大本教などに代表される新宗教など、宗教界の関係諸団体が発行していた新聞・雑誌などにおける回教世界への関心のあり方や認識レベルの系統的な調査も本研究の目的となる。
戦後日本において、戦前の回教・回教徒研究は国策に奉仕してきたとして一刀両断にされ、政治的観点から全面的に否定された。そのため一見、戦後日本の中東地域研究は戦前の学問的伝統から断絶しており、事実、研究者自身が意識的・無意識的にそうした態度をとってきた面もあった。もちろん、日本イスラム協会など一部学術団体や、井筒俊彦・前嶋信次両氏をはじめとする一部の中東イスラーム研究の先駆者らは、戦前からの基礎的研究を土台として戦後も活躍したことが知られている。しかしこれらは、戦前の回教研究の──最良の部分ではあっても──一部でしかなく、残余の研究やそれを取り巻く政治的・社会的文脈は、アジア主義諸団体の活動等も含めて、これまで真剣に顧みられることが少なかった。本研究はこの忘れ去られた戦前の回教・回教徒研究の知的伝統を21世紀の新たな文脈で「再発見」し、その功罪合わせた全体像に冷静な再検討を加えたうえで、それを今後の学術研究・政策研究に意識的・批判的に継承していこうとする試みにほかならない。 - 本研究は国策や戦略研究という否定的評価の枠内に押し込められた戦前の回教・回教徒研究をその桎梏から解放し、現在の日本の中東イスラーム地域研究の水準から批判的な観点を含めて再評価するところに最大の特色がある。そのような再評価を踏まえて、21世紀に入って中東イスラーム世界に対してよりいっそう大国としての責務を帯びることになった日本が、総合的基礎研究と戦略的政策研究の調和の上に立って、新たな中東イスラーム地域研究をいかに展開しうるかを、政策学的に明らかにしようとする点に本研究独自の関心がある。また、これまで日本はイスラーム世界との関係が希薄で、当該世界への理解が浅いとしばしばいわれてきたが、むしろ宗教界による回教への深い関心のありようを明らかにすることで、これまでのイスラーム理解とは異なる位相を提示し、この新たな過去の提示を通じて、従前とは違った可能性を持つ将来の中東イスラーム研究のあり方を抜本的に考え直す契機にしようとするものである。
- これまで日本帝国植民地に関する研究に関しては、歴史学・政治学・経済学・文学を問わず、その蓄積は膨大なものがあるが、焦点を戦前日本の回教・回教徒研究に絞った場合、組織的な蓄積はほとんどなかったといえる。さらに、戦前の回教・回教徒研究を戦後の中東イスラーム地域研究との比較の観点から評価しようとする共同研究もこれまでほとんど行なわれてこなかった。その意味で、本研究は地域研究における歴史的な起源という観点から新たな研究分野の開拓につながると考えられる。
活動内容
2005年10月より日本女子大学へ
2005年度実施計画
日本・イスラーム関係のデータベース構築を目的とする研究会および作業班を組織することを通じて、戦前の帝国日本における回教・回教徒研究を詳細に概観する。同時に戦後の中東イスラーム地域研究との比較を行ないつつ、戦前日本の当該研究のもっていた可能性を再評価するためのディベートを作業班ごとに政策論的な方向性を念頭に置きつつ実施する。
さらに、戦前日本の回教・回教徒研究のデータベース化のための準備作業として、中東イスラーム地域研究者や日本史を含む東アジア地域、東南アジア地域、あるいは南アジア地域のさまざまなディシプリンをもつ地域研究者とのネットワークを構築し、当該地域における日本とイスラームとの関係を示す史資料の所在に関する調査・収集を行なうために分担者および研究協力者を派遣する。また、平成18年2月にはイスタンブルにおいてイスタンブル大学およびアンカラ大学の研究者の協力を得て、日本におけるトルコ系ムスリムのタタール人コミュニティについてのワークショップを開催する予定であり、日本から分担者および研究協力者4名を派遣する。
研究代表者および分担者、ならびに研究協力者の役割は、戦前と戦後という研究対象となる時期よって分類され、日本からの回教/イスラームへの眼差しに注目した「研究機関・回教認識班」と回教/イスラームから日本への眼差しに注目した「中東イスラーム地域研究班」に分けられる。以下の研究班の構成の仕方は責任を明らかにするための分担であって、それぞれ分担者および協力者は研究会の開催・参加によって共通の認識を共有し、相互乗り入れ的に共同作業を行なう必要がある。
「研究機関・回教認識班」として(1)「回教研究機関」研究班(店田廣文・安藤潤一郎)(2)「中東イスラーム研究機関」研究班(加藤博・臼杵陽)(3)「宗教界の回教/イスラーム認識」研究班(大澤広嗣・三沢伸生)(4)「知識人の回教/イスラーム認識」研究班(福田義昭・長澤栄治)が置かれ、また中東イスラーム地域研究班として(1)トルコ・中央アジア地域研究班(三沢伸生・福田義昭)(2)イラン・アフガニスタン地域研究班(鈴木均・臼杵陽)(3)アラブ地域研究班(長澤栄治・店田廣文)(4)戦前東アジア地域研究班(安藤潤一郎・大澤広嗣)が設置される。(太字は班長)
研究班長のうち、大澤広嗣、福田義昭、安藤潤一郎は研究協力者であり、アラブ地域および戦前東アジア地域における日本とイスラームとの関係を示す史資料の所在に関する調査・収集を行なうために福田義昭をカイロに、安藤潤一郎を北京に派遣する予定である。







