国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

贈与交換による平和の構築・維持・再生産に関する人類学研究―ソロモン諸島の事例から(2017-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 藤井真一

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、平和的な社会関係の構築や維持・再生産に果たす贈与交換の働き(特にモノの役割)に注目しながら、「民族紛争」中のソロモン諸島ガダルカナル島民の生活戦略と紛争後の日常生活を解明することである。
そのために、(A)ガダルカナル島北東部において紛争中の島内避難と積極関与の実態を明らかにするための臨地調査と(B)ガダルカナル島西部における島内避難者の生活実態を明らかにするための臨地調査および同島南部における紛争関与者への聞き取り調査、(C)社会生成の観点から贈与交換論を整理して再検討するための文献調査ならびに社会関係の構築を媒介するモノについての臨地調査を実施する。
(A)(B)の臨地調査で共通して行うのは、「民族紛争」中の人々がどのような生活をいかに構築していたのか、また現在どのように生活しているのかを調べることである。

活動内容

2019年度活動報告

本研究の目的は、平和的な社会関係の構築や維持・再生産に果たす贈与交換の働き(特にモノの役割)に注目しながら、「民族紛争」中のソロモン諸島ガダルカナル島民の生活戦略と紛争後の日常生活を解明することである。計画3年目にあたる2019年度は、下記の成果を得た。
(1)ガダルカナル島北東部および西部において、紛争渦中の村落部における個人的な加害・被害経験の聞き取り調査を行なった。この調査から、避難行動と生活実態に関する新たな口述資料、避難に係る家屋移転方法の民族誌資料、当該地域住民と国内マイノリティ(キリバス系移民)との軋轢等に関する口述資料を集積した。
(2)ソロモン諸島の贈与交換財として重要な役割を果たす貝貨について、マライタ島中西部ランガランガの人びとを対象に、彼らの生計活動の参与観察と聞き取り調査を行なった。この調査から、現代の貝貨製作過程と彼らの漁撈活動に関する民族誌資料、ランガランガの人びととマライタ島本島の他言語集団との交換経済に関する現地資料を得た。また、紛争処理や婚姻儀礼での貝貨のやり取りが集団間関係を操作する具体的な様態について新たな民族誌資料を集積した。
(3)これまでの研究成果をもとに、伝統的統治・平和・教会省の職員やソロモン諸島国立大学の教員らと討論し、紛争後社会の再構築における重要論点である補償をめぐる課題について認識を共有した。
(4)博士論文「生成される平和の民族誌―ソロモン諸島における「民族紛争」と日常性の人類学」を執筆、提出して学位を授与された。また、昨年度に日本語で発表した研究成果(ソロモン諸島における貝貨の現代的用法に関する考察)をEast Asian Anthropological Association(EAAA)の2019年度年次集会にて口頭発表した。

2018年度活動報告

本研究の目的は、平和的な社会関係の構築や維持・再生産に果たす贈与交換の働き(特にモノの役割)に注目しながら、「民族紛争」中のソロモン諸島ガダルカナル島民の生活戦略と紛争後の日常生活を解明することである。計画2年目にあたる2018年度は、下記の成果を得た。
(1)ガダルカナル島北東部において、紛争渦中における村落部での個人的な加害・被害経験の聞き取り調査を行なった。この調査から、国内避難行動と生活実態に関する新たな口述資料、紛争へ積極的に関与したガダルカナル島北東部出身の元戦闘員の活動実態について新たな口述資料が集積できた。
(2)交換財として重要なモノのひとつであるブタについて、ガダルカナル島北東部における人びとの認識に関する民族誌資料を得た。また、昨年度に引き続き貝貨の製作に携わり、貝貨の製作と使用に関する新たな民族誌資料を得た。さらに、ブタと貝貨という、社会関係の操作に用いられる二種類のモノへの着眼から、ガダルカナル島におけるブタと貝貨の交換可能性を考察した。
(3)昨年度の研究成果をもとに、国民統一・和解・平和省の職員らとソロモン諸島における平和構築の課題について討論した。彼らとの討論から、草の根レベルでの社会関係を修復するうえで贈与交換という行為が依然として極めて重要であるという認識を共有し、潜在的な対立感情を処理していくための課題を検討した。
(4)昨年度に日本語で発表した研究成果(真実委員会と在来の紛争処理との間の緊張関係に関する考察)をInternational Union of Anthropological andEthnological Sciencesの世界大会にて口頭発表した。また、World Social Science Forumにて、ソロモン諸島ガダルカナル島北東部の人びとの紛争渦中における生存戦略と生活実態についてポスター発表した。

2017年度活動報告

本研究の目的は、平和的な社会関係の構築や維持・再生産に果たす贈与交換の働き(特にモノの役割)に注目しながら、「民族紛争」中のソロモン諸島ガダルカナル島民の生活戦略と紛争後の日常生活を解明することである。計画1年目にあたる2017年度は、主に、ガダルカナル島北東部における紛争中の島内避難と紛争への積極関与の実態を明らかにするための臨地調査と、社会関係の構築を媒介するモノについての臨地調査を実施し、下記の成果を得た。
(1)ガダルカナル島北東部において、紛争渦中における村落部での個人的な加害・被害経験の聞き取り調査を行なった。この調査から、紛争渦中における国内避難行動と生活実態の詳細に関する口述資料が集積できた。また、「民族紛争」へと積極的に関与したガダルカナル島北東部出身の元戦闘員の紛争渦中における活動実態について新たな口述資料を得た。
(2)ガダルカナル島において、紛争解決のみならず婚姻儀礼の際にも用いられる貝貨の製作に携わることで、貝貨の製作と使用に関する民族誌資料を得た。この調査から、集団間関係の構築や修復が顕著となる非日常的な局面において、貝貨というモノがどのように社会関係を操作するのかについての口述資料を収集した。
(3)国家統合・和解・平和省の職員に対して、紛争後の社会再構築過程における国家レベルでの関係修復の取り組みに関する聞き取り調査を行ない、2010年から2012年に活動した真実和解委員会に対する当事者たちの事後評価と、2017年までに執り行われた和解儀礼の事例に関する資料を得た。
(4)真実和解委員会が実施した和平活動とガダルカナル島における在来の紛争処理との間にみられる緊張関係について、日本文化人類学会の研究大会において口頭発表を行なった。この口頭発表での分析と、2017年度の臨地調査から得られた資料を総合し、『文化人類学』に論文を発表した。