国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ファシズム期の宗教と宗教研究にかんする国際的比較研究(2006-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 竹沢尚一郎

研究プロジェクト一覧

目的・内容

1930年代を中心とした時期にはファシズム運動が隆盛となり、政治や社会の次元だけでなく、宗教、文化、思想などの次元においても多大な影響を及ぼした。またそれは、ファシスト国家においても反ファシスト国家においても、政治的圧力の下で思想と社会運動が沸騰した時期であった。日本やドイツ、ルーマニアでは、民族主義的な運動が盛んになり、宗教者および宗教研究者の多くはそれに巻き込まれるか、微妙なポジションを余儀なくされた。一方、イギリス、フランス、アメリカ合衆国などの反ファシスト国家においても、神話研究や民族主義的な運動が盛んになった。本研究は、ドイツ、イタリア、日本、ルーマニアの宗教の研究者だけでなく、イギリス、フランス、アメリカ合衆国などの宗教の研究者が協力することで、以下の2点を明らかにする。
1.ファシズム運動がおこなった大衆操作に、宗教および宗教的知識人がどのように動員され、もしくは抵抗したかを明らかにする。
2.ファシズム運動は一面において文化運動であったために、宗教研究や神話研究、民俗学などに多大な影響を及ぼした。ファシズム運動、およびそれに関係・反発する政治運動の影響下で、これらの研究がどのように変質・深化したかを解明する。また、そこで成型された宗教研究が第二次大戦後どのように発展・変質をみたか、を解明する。

活動内容

2010年3月(2009年度)まで期間延長

平成20年度は本研究の最終年度であり、3回の研究会を開催して、これまでの研究の総括と、論文集の出版に向けて話し合いを行った。一方、延長の申請が承認されたので、平成21年度に1回の研究会を開催し、出版社の選定、執筆要項、分担する内容、全体の目的等について、詳細な詰めを行った。
論文集は、水声社から出版されることが決定した。原則として参加した研究者全員が寄稿する予定であり、内容的には、ドイツ、イタリア、日本、ルーマニアのいわゆるファシスト国家における宗教と宗教研究の理解、そしてイギリスやフランスの非ファシスト国家における宗教と宗教研究の理解、及びそれらの比較を柱にすることが決定された。また、ファシスト期に形成された宗教研究や神話研究が、第二次世界大戦後にどのように影響を残したか、あるいは喪失したか、についても議論することとなった。論文の寄稿は平成21年8月末をメドにしたが、実際に完了したのは平成22年2月末であり、同年6月に刊行の予定である。
また、この論文集の出版にともない、平成22年秋の日本宗教学会の研究大会でパネルを組むことが決定された。内容は、論文集を基に、その後に各自が発展させた内容を追加するものとなる予定である。
本研究は終了したが、内容的にはきわめて重要なものであり、今後も引き続いて推進されることが望ましいことが確認された。今後は、19世紀末の宗教と宗教研究の総合的研究、あるいは、20世紀初頭の20年間の宗教と宗教研究の総合的研究などのテーマについて、研究を継続することが確認された。

2008年度活動報告

今年度は本研究の最終年度であり、3回の研究会を開催して、理解の深化と相互理解の拡充に努めた。発表は、フランス、イタリア、イスラエル、ドイツ、イギリスにおけるファシズムと宗教および宗教研究との関係性について行われた。とくにイタリアとイスラエルについてはこれまで発表されたことがなく、それぞれの国における宗教研究とファシズムとの相関関係の有無について、新たな知見が加えられた。これらの国では、ファシズム期に形成された宗教研究が変更を伴いつつその後も存続したこと、そのことがそれぞれの国の宗教研究に独自色を出したことが明らかになり、歴史的視点の重要性が再確認された。また、ドイツ、フランス、イギリスに関しては、ファシズム期における宗教運動や疑似宗教運動の関連性が指摘され、比較研究の重要性が確認された。
一方、研究代表者の竹沢はドイツ、ポーランド、チェコを訪れ、アウシュビッツをはじめとするユダヤ人の虐殺に関する博物館等の施設における、過去の記憶と再現=表象の手法について研究した。過去をどう再現=表象するかは、博物館にとって重要な課題であるだけでなく、ナショナリティと密接に関連することであり、この点については研究を継続する予定である。
本研究の成果については、水声社から論文集の出版の承諾が得られたので、2009年12月刊行をメドに各自論文を準備することが決定された。また、その編集作業と、新しく参加していただいた研究者との間の相互理解の深化のために約半年間の延長が認められた。

2007年度活動報告

本年は本研究の第2年度であり、各自が個別に研究を進めるのと並行して、全体で2度研究会を組織して、問題意識の共有と理解の深化を図った。
本年度に研究会で取り上げたのは、日本、フランス、ドイツの事例である。とくにファシズム国家としてのドイツにおける文化政策との関係で、ドイツ民俗学やドイツにおける宗教研究をとりあげ、日本やルーマニア、イタリア等との比較を試みた。第二次世界大戦後、ファシズム期の歴史研究や民俗学研究、宗教研究をどう再評価するかについて議論が巻き起こり、未だ決着がついていないという事態は、同じような問題を抱える我が国にとっても重要な議題である。
神話研究とファシズム期の宗教政策や文化研究との関係についても、日本とフランスの事例が取り上げられ、議論が行われた。両国において神話研究とファシズム運動の間に密接な関係があったことが明らかにされたほか、第二次世界大戦後にその再評価や責任をめぐって大きな議論が生じていたことも共通する点であった。このことは、単に研究者個人の責任に帰されるべき問題ではなく、むしろファシズム運動が広範な文化運動であったことを示す事例として位置づけることができる。
そのほか、ファシズム運動が広範な政治運動とはならず、かつ世俗化された社会であるフランスやイギリスにおいて、シュールレアリズムやその流れをくむ文化運動の形で、文学・美術・思想・政治にまたがりながら、「崇高」を実現しようという試みが広範になされていたことが紹介され、これを疑似宗教的実践としてとらえうるか否かが検討された。これは翌年度も引き続き今後議論されるべきテーマである。

2006年度活動報告

本年は、本研究の最初の年であるため、3度の研究会を開催して、問題意識の共有をはかった。
本年度に研究会で取り上げたのは、フランス、ドイツ、ルーマニア、日本である。これにより、いわゆるファシズム国家であったドイツ、ルーマニア、日本においては、ファシズムに向かう社会・政治的傾向と、宗教・宗教研究・フォークロア研究・歴史学等とが密接な関係にあったことが明らかにされた。宗教や宗教研究といってもいろいろな傾向や潮流があるので、さらに細かい検討が必要であること、そしてそれらの潮流と戦後の学的動向との関係をさらに詰めて論じていくことが、課題として示された。
一方、こうした政治と宗教および宗教研究とのあいだの関係は、非ファシズム国家であるフランスやイギリスにおいては観察されていないこと、そのため別な問題枠組の構築が必要であることが、研究会を通じて明らかにされた。研究代表者である竹沢は、1930年代のフランスにおいて、文明の概念が植民地主義と結びついて展開されたこと、文明はファシズム運動の対抗概念であったこと、ドイツにおいて文明に対抗して出された文化概念とファシズム運動とのあいだに関係があるのではないか、との問題を提起した。これについては、今後さらに議論していくことが必要であることが確認されたに止まった。
ファシズム運動、植民地主義、国民国家、宗教研究、フォークロア研究、神話研究、歴史学、人類学など、問題をさらに拡大しながら研究を進めることが確認された。