国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アラブ・ペルシア文学における異形の表象の比較研究――越境者アレクサンドロスを追って(2006-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 山中由里子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

アラブ・ペルシア文学におけるアレクサンドロスと辺境、または異界との結びつきの象徴性について、多様な資料を総合的に検討する。 未知の世界を描写する際の文学的なトポスとして、アレクサンドロスがどのような役割を果たしていたかを明らかにすることは、アレクサンドロス研究に貢献するのみならず、卓越した歴史的人物が後代のテキストにおいて、どのように表象されるかという問題のケーススタディともなる。
さらに、ヨーロッパや東アジアの文学にも考察を広げ、辺境、異界、未知の世界に対するイメージの根本に潜む人間の基本的な感情――好奇心、恐れ、憧れ、驚き、差別、征服欲など――を探る。これらの感情から生まれた表現は文化、時代、言語によって様々である。文学研究と民族学の境界を越え、多文化圏の異形の表象を比較し、相対化する。

活動内容

2009年度活動報告

アラビア語・ペルシア語の関連一次資料を、国内外の図書館で調査し、アレクサンドロス伝承の中に登場する「異形」の表象を収集、翻訳した。同時に、西アジアにおける交易、巡礼・布教活動、学術交流、政治などの移動ネットワークの歴史的コンテキストを解明し、同地域における地理学・地図学の発展を追った。イスラーム世界の拡大とともに、統治や旅行のために必要な情報が9世紀後半の頃から地理書にまとめられるようになり、さらに中央アジア、インド、中国あるいはアフリカといったイスラーム世界の辺境の地に対する好奇心、知識欲も増大し、「驚嘆の書」の類もあらわれた。これらの作品の中でアレクサンドロスは、かつて異郷の地に関する情報をもたらした偉人という重要な文学的なトポスとして繰り返し登場する。本プロジェクトの成果は、本年7月にイギリスのエクセター大学で行われるアレクサンドロス伝説関連のシンポジウムで口頭発表する。さらに、論文として『西南アジア研究』に発表する予定である。
さらに本研究では、先行研究をふまえて、ヨーロッパや東アジアの文学との比較をする際の方法論的枠組みを検討するとともに、この課題を今後さらに学際的な共同研究として発展させるために、国内外の研究者とのネットワークを強化するよう努め、日本、フランス、ドイツ、イランなどの研究機関で進められている具体的なプロジェクトとの連携を探ってきた。その結果、本研究を拡大・発展させた新規の研究課題の構想をまとめ、「中東およびヨーロッパにおける驚嘆文学の比較文学的研究」と題して、科学研究費補助金(基盤研究(B))の交付を受けることが内定した。
なお、本研究期間中に刊行した拙著、『アレクサンドロス変相―古代から中世イスラームへ』(名古屋大学出版会、2009年)が島田謹二記念学芸賞を受賞した。

2008年度活動報告

博士論文「寓意としてのアレクサンドロス―イスラーム古典期における信仰と歴史意識において」(19年に博士号取得)の修正・加筆作業を進め、科学研究費研究補助金 研究成果公開促進費(学術図書)の交付を得て、名古屋大学出版会から『アレクサンドロス変相―古代からイスラームへ』と題した著書を2月に刊行した。イスラーム勃興からモンゴルの侵攻までの時代(7~13世紀初め)のアラブ・ペルシア文学における時系列的な世界観の変遷と空間的・地理的な世界観の拡大の関係を明らかにしている点において、本研究課題の土台となる考察がなされている。
フランス・ドイツでの資料収集、成果発表、研究交流を本年度も行ったが、特に、ドイツのマールブルグ大学で開かれた国際ワークショップ「文化・商業・人の移動の十字路-大陸と海のシルクロードの比較」(“Crossroads of Culture, Commerce, and Human Movement: Continental and Maritime Silk Routes Compared”)に参加し、中国の文献に表れるアレクサンドロス伝承の断片について発表できたことは意義深かった。アメリカ、ドイツ、スイスなどから中央アジアや中国の歴史・美術・考古学の専門家が参加しており、西アジアと東アジアを結ぶ交易、巡礼・布教活動、学術交流、政治などの移動ネットワークの歴史的文脈の解明につながる、興味深い議論が交わされた。この学術交流を通して、今後ヨーロッパや東アジアの文学との比較しながら、本研究を国際的に展開させてゆくための方向性が見えてきた。

2007年度活動報告

18年3月に東京大学総合文化研究科に提出した博士論文「寓意としてのアレクサンドロス―イスラーム古典期における信仰と歴史意識において」の審査を19年7月に受け、9月に博士号(論文博士)が授与された。博士論文の刊行にむけての修正・加筆の過程において、イスラーム勃興からモンゴルの侵攻までの時代(7世紀~13世紀初め)のアラブ・ペルシア文学における時系列的な世界観の変遷と空間的・地理的な世界観の拡大の関係について検討をした。研究成果公開促進費(学術図書)の交付が内定しており、名古屋大学出版会から20年度中に刊行の予定である。
総合研究大学院大学海外先進教育研究実践支援制度にてフランスのコレージュ・ド・フランスへの派遣された(19.9.16-20.5.16)。内9月18-9月30日は当科研費にてオーストリアおよびドイツに滞在し、ヨーロッパイラン学会とドイツ東洋学会に参加した。前者ではガズナ朝ペルシア文学におけるインド観とアレクサンドロス像について発表した。
フランス滞在中はアラブ・ペルシアの地理書・博物誌・旅行記、物語関連の資料収集を行った。また主にフランスのギリシア文学、中世・近現代ヨーロッパ文学専門の比較文学研究者との学術交流を行い、当研究の参考になる分析の手法や文献情報を豊富に得ることができた。フランス国立図書館(Bibliothèque Nationale de France)で中東のアレクサンドロス物語について講演を依頼されたことは成果の一つである。

2006年度活動報告

これまで行ってきたイスラーム世界におけるアレクサンドロスの神聖化とその歴史意識におけるアレクサンドロスの位置づけについての研究を最終的にまとめ、博士論文として18年度中に提出した。この作業の中で、イスラーム勃興からモンゴルの侵攻までの時代(7世紀~13世紀初め)のアラブ・ペルシア文学における時系列的な世界観の変遷と空間的・地理的な世界観の拡大の関係について検討を始めた。
アラブ・ペルシアの地理書・博物誌・旅行記、物語関連の資料収集を主にフランス、ドイツなどの図書館で行った。アラビア文字入力の作業の依頼を予定していた学生が留学のために日本を不在にすることになったため、本年度はテキスト入力の作業はあまり進まなかった。その代わりに海外調査・資料収集の回数を増やした。
パリにある人間科学研究所(Maison des Sciences de l'Homme)と申請者の所属機関である国立民族学博物館の間で結ばれた研究交流協定(2004年12月8日締結、2009年度まで)の枠組みにおいてパリに招聘され(2006年5月1日~8月1日)、マリナ・ガイヤール氏(CNRS「インド・イラン世界」)、マルガレット・シロンバル氏(ENS講師)などのヨーロッパの研究者との研究交流を行った。アレクサンドロスの伝説と中東の他の物語(サマケ・アイヤール、アラビアンナイトなど)が共有する主題や世界観について意見交換を行った。