国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

身体性を基盤とした他者との共存の可能性を探求する-ケニアの自転車競技選手を事例に(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 萩原卓也

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、ケニアの自転車競技選手を事例に、たがいに葛藤や嫉妬を抱えつつも共存している集団の在り方を探究することをとおして、社会集団の生成とその持続性を論じる研究に一石を投じることである。他者との共存を論じる際に、何かを共有、または何かに同調することによって共同性が立ち上がることを指摘することも重要であるが、むしろ問うべきは、差異や葛藤を抱えながらもたがいに共存することを可能にするその在り方である。本研究では、人と人の相互関係だけでなく、環境を接点として生じる自転車競技選手の身体性、すなわち「身構え」が、競技選手が他者と共存しようとする際に重要な役割を担っている可能性に注目する。スポーツ選手の身体的な経験をモノや周囲の環境との接点において捉えなおす、つまり生態学的な視角で捉えなおすことで、身体性を基盤とした共存の在り方について探究する。

活動内容

助成事業期間中の実施計画

本研究課題は、文献研究とケニアへのフィールド調査が主となる。文献研究は3年間をとおして継続的に実施する。フィールド調査は2年目に3ヶ月間、3年目に2ヶ月間を予定している。3年目は、文献研究の成果とフィールドワークで収集されたデータを照らし合わせながら整理・分析し、得られた研究成果を国内外の学会および論文にて発表する。
文献研究は、理論研究と事例研究に分け実施する。理論研究においては、まず、「身構え」という現象をいかに捉えるのか、という問題を解決する。本研究でいう生態学的な視角とは、人間の活動を行為者と周囲の環境との相互作用的・動態的な関係性のなかで捉える見方である。すなわち、「身構え」という身体性も、モノや周囲の環境との接点において立ち現れるものと捉える。生態学的視点にまつわる諸概念を文献を精読することで把握し、その変遷と最近の動向も含めて整理する。次に、「身構え」はいかに他者と共存する姿勢へと接続されるのか、という問題を解決する。生態学的な視角の延長線上に展開される哲学の知見や「身体化された心」の研究群の精読が、「身構え」と共存の姿勢との接続を考察する際に不可欠である。事例研究においては、障害や病いをもった「思い通りにならない身体」と、周囲の環境との相互作用を扱った研究を精読し、その可能性と問題点を整理する。さらに、障害や病いをもった「思い通りにならない身体」が、周囲の環境との相互作用によって新たな世界認識や他者とのつながりを生み出していくことを指摘する事例研究を精読し、人類学における身体と環境の相互作用に焦点を当てた研究の全体像と傾向を整理する。また、ケニアの若者の生計戦略や職能集団の取り組みを扱った研究を参照し、自転車競技選手の集団性と比較することで、それぞれの特徴を明確にする。
フィールド調査においては、下記4つの具体的な調査項目に対し、参与観察、インタビュー調査を行う。これまで実施してきた現地調査と同様に、競技選手が共同生活を送る「合宿所」にて寝食をともにしながら調査する。(1) モノや周囲の環境に埋め込まれた身体的経験を、比喩表現や記憶から解明する。(2) 自転車競技の特徴を明らかにするために、サッカーなど地域におけるほかの身体活動と比較する。(3)他者と共存しようと試みる具体的な場面を聞き取る・観察する。(4) 団体Aを引退した選手のその後を調査し、「身構え」の持続的な性格を解明する。
なお本研究は、文化人類学的な視点から参与観察に基づいて調査を行うものであるため、人権の保護及び法令等の順守への対応を行わなくてはならない。とくにインタビューと参与観察が基本的な調査方法であるため、調査地の相手方の同意・協力が必要であり、個人情報についても取り扱いに配慮する必要がある。したがって本研究は、「日本文化人類学会倫理綱領」を遵守する。

2018年度活動報告

本研究の目的は、ケニアの自転車競技選手を事例に、たがいに葛藤や嫉妬を抱えつつも共存している集団の在り方を探究することをとおして、社会集団の生成とその持続性を論じる研究に一石を投じることである。他者との共存を論じる際に、何かを共有、または何かに同調することによって共同性が立ち上がることを指摘することも重要であるが、むしろ問うべきは、差異や葛藤を抱えながらもたがいに共存することを可能にするその在り方である。スポーツ選手の身体的な経験をモノや周囲の環境との接点において捉えなおすことで、身体性を基盤とした共存の可能性について考察する。
初年度は、おもに文献研究を理論研究と事例研究に分けて実施した。具体的に、理論研究では、アフォーダンスに代表される生態学的視点にまつわる諸概念や「身体化された心」の研究群を精読することで、スポーツ選手の実践をモノや周囲の環境との関係において捉え直すことができた。事例研究では、障害や病いをもった「思い通りにならない身体」と、周囲の環境との相互作用を扱った研究を精読した。そのなかで、周囲の環境との関係に埋め込まれた身体の直接経験こそが、思考・認識・知覚の基礎になっているとする立場を批判的に検証することができた。
また、申請書にも記したように、本研究は自身のこれまでのフィールドワークの延長線上に位置づけられる。本年度の研究をとおして、これまでに収集していたデータの分析を複眼的に深めることができた。さらに、それらの成果を幅広い層に発信することができた。具体的には、①萩原卓也、2019、「「わかる」への凸凹な道のり―どうしようもない身体を抱えて走って」『ラウンド・アバウト-フィールドワークという交差点』神本秀爾・岡本圭史編、pp.27-38.②萩原卓也、2019、「 痛みが開く、わたしが開く」同上、pp.39-50.があげられる。