国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

脆弱化した図書・文書資料の非破壊劣化度評価と新規強化処理法の開発(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 園田直子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、19世紀中頃から20世紀初頭の紙資料にみられる酸性紙問題にひとつの答えを提示するのが目的である。具体的には、脆弱化した図書・文書資料の劣化度を評価する手法の確立と、紙の劣化度に応じた強化処理法の開発をめざしている。
紙の強度をはかる尺度として従来から用いられているダブルフォールドテストは本の角を破損してしまう欠点があるため、本研究では資料にできる限り損傷を与えない劣化度評価法として、紙を径の異なる円柱に順次巻いていきながら、紙のしなやかさを判定するローリングテストという独自に開発した手法の実用化をすすめる。強化処理法においては、強化剤の改良と物理的強化処理法の開発を通じて、異なる劣化度の紙資料に対応できるようにする。

活動内容

2009年度活動報告

最終年度は、紙の劣化度評価法のさらなる検証を進めた。また、強化処理法としてはセルロース誘導体の有効性を見極めるとともに、ペーパースプリット法の原理を科学的に解明した。
紙の劣化度評価法のうちローリングテストはほぼ非破壊で実施でき、通常の物性試験では測定不可能なほど劣化の進んだ紙の劣化度評価に応用できる可能性を持つ。アコースティック・エミッションは最小限の破壊はあるものの、劣化度評価に有効である。熱分解分析法は、最小限のサンプル量を必要とするが、単に劣化度評価法というだけでなく、これにより劣化機構の違いが解明できることが示唆された。
セルロース誘導体による強化処理の最終実験を、人工的に異なるレベルに劣化させた試験紙を対象に実施し、強化剤塗布前後の試験紙の劣化度(強化処理の有効性の確認)、強化処理後の試験紙の加速劣化前後の劣化度(強化処理の劣化抑制効果の確認)を、ローリングテスト、アコースティック・エミッション、熱分解分析法、そして物性試験により比較検証した。セルロース誘導体による強化処理は、劣化の進んでいない試料ほど、脱酸性化剤を併用した場合に劣化抑制効果を発することが明らかになり、この処理は状態の良い酸性紙に対する予防保存的措置としての意義が高いことが分かった。
一方、ペーパースプリット法の原理解明として、サポート材として使用する不織布の材質、接着剤として用いるゼラチンの濃度、および機械の速度が処理に与える影響を検証するとともに、強化処理前後ならびに加速劣化前後の紙の物性を比較検証した。ペーパースプリット法は、劣化の進行した試料に対しての補強効果が高く、また劣化抑制効果が大きく、対処療法という位置づけが明確になってきた。
研究成果は国内外の学会誌や学会で積極的に発表するとともに、研究成果の社会還元として基礎的ならびに最新の情報を集約した「紙と本の保存科学」を刊行した。

2008年度活動報告

本研究チームで開発した紙の非破壊劣化度評価法の確立をめざし手法の改良に取組むとともに、セルロース誘導体による強化処理の有効性の検証をさらに進めた。
具体的には、強化剤としてのセルロース誘導体の絞り込みを目的とした第一段階の実験を、人工的に異なるレベルに劣化させたサンプル紙を作成し実施した。強化剤塗布前後のサンプル紙の劣化度(強化処理の有効性の確認)、強化処理後のサンプル紙の加速劣化前後の劣化度(強化処理の劣化抑制効果の確認)を、(1)ローリングテスト、(2)アコースティック・エミッション、(3)熱分解分析法の各劣化度評価法を用いて比較検証した。劣化度評価法相互、そして従来の物性試験および官能評価との相関を検証し、セルロース誘導体による強化処理では、どの程度の劣化度までの紙であれば充分に紙力が回復できるかの指針をみいだす最終実験の条件設定に結びついた。この最終実験は、来年度に予定している。セルロース誘導体による強化処理の原理は「硫酸アルミニウムを含む紙を保存するための紙の強化方法及びそのための処理液」として、2008年8月8日、特許第4164571号に確定した。
国内外の学会や学界誌では、引き続き積極的に成果発表を続けた。2008年9月の英国、インドでの研究交流に続き、10月には韓国(ソウル、東国大学校)で紙の保存・修復に関する日韓共同会議を共催し3件の研究発表を行うとともに、翌3月には英国(ロンドン、大英図書館)で発表を行った。これらの研究交流や成果発表を通じて、国内のみならず国外の研究者と、紙の強化処理及び劣化度判定に関する研究成果を共有することができた。

2007年度活動報告

本年度は、紙資料の劣化度評価に関する研究を中心に行った。
脆弱化した図書・文書資料の劣化度を評価する手法として、資料にできる限り損傷を与えない劣化度評価法として独自に開発してきたローリングテストの実用化に向けた調査、実験に取り組んだ。ローリングテストでは、試験ページを、順次、径の異なる円柱に巻くことで、紙のしなやかさを判定する。そのため、図書館等で、従来劣化度を測る尺度として用いられているダブルフォールドテストに較べると、より広い面積を対象として劣化度を判定しており、紙の劣化度をより総合的に反映するだけでなく、紙への負担を最小限に抑えることができるのが特徴である。今年度は、個人差を極力生じさせずにローリングテストが行えるように、実施方法や条件を精査するとともに、テストで必要となる道具の標準キットを製作した。さらには試験紙を人工的に劣化させて同程度の劣化状態の紙を作成した上で、それらを複数の試験者によるローリングテストに供し、マニュアルと標準キットの評価を行った。
一方、自然に経年劣化した紙を対象とした実験も継続して行っている。19世紀から20世紀初頭の紙の試験資料約140点の劣化度を、ローリングテスト、官能評価、アコースティック・エミッションを含む各種物性試験、熱分解分析法で評価し、その結果をもとに各手法の相関を検証している。閲覧に供するには何らかの強化処理が必要となるもの、劣化抑制のため脱酸性化処理の有力候補となるもの、これらの資料群をローリングテストの結果から分類するにあたっては、来年度以降、さらなる検証を進めていく。