国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

グローバル化時代の南インドにおける<文明の衝突>と社会秩序の再編成(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 杉本良男

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、南インドのミクロな実証的事例研究から出発して、文明・宗教間の対立図式について、とくに「文明の衝突」論の現実的意義について批判的に再検討し、グローバル化のなかでの当該地域における社会秩序の新たな可能性を追求しようとするものである。本研究においては、まず、現地調査と文献研究によって、南インド・タミルナードゥ州およびケーララ州の歴史的社会的な文脈で、ヒンドゥー・ナショナリズムの現状と歴史的背景が全体的・総合的に検討される。そのさいつぎのような仮説を実証的に検証することが目的となる。つまり、「キリスト教の自己像の世界全域へと浸透し、またそれへの抵抗や軋轢のありかたが、非キリスト教世界の近代における社会秩序の再編成を特徴づけることになり、遠く現在のヒンドゥー・ナショナリズムに代表される宗教的ナショナリズムがもたらすさまざまな紛争にも結びつき、「文明の衝突」論に一定の説得力を与えることになった」。そして、さきに述べた問題意識から、本研究の最大の課題は、西欧中心主義的で覇権的な「宗教」概念の問題を十分に意識しながら、「宗教」概念がそれぞれの地域に固有な文脈のもとで読み替えられている点に注目し、そうしたことの行われている局所性の次元に徹底して視点を置くことで、宗教的ナショナリズムや宗教対立へと結びつくだけではない近代における「宗教」の多様な展開の可能性を探ることである。

活動内容

2009年度活動報告

本年度は、連携研究者のサガヤラージがインド・タミルナードゥ州(3月9日-29日)、同じく連携研究者の小林勝が同ケーララ州において(8月18日-9月5日)長期の現地調査を実施した。サガヤラージはタミルナードゥ州マドラス市および津波被災地における自助グループ(Self-Help Group)について現地調査を実施した。これまでの調査により、災害復興をめぐって宗教間対立が激化する一方、州全体で自助グループの活動が活発化し、宗教、カースト、性差などを超えた新しい社会的ネットワーク構築の可能性が開かれている現状を明らかにした。小林は、前年度にひきつづき基本的な「ヒンドゥー教」などの概念の歴史的形過程について文献研究を行い、また現地調査によってヒンドゥー寺院を中心とした地域社会の再編成の状況およびそこへのヒンドゥー・ナショナリズムの介入についてその実情を明らかにした。とくに本年度はアイヤッパ神への信仰を核としたあらたな社会組織の活動によりヒンドゥー意識が再編されている現状が明らかになった。杉本は文献研究と新聞資料などの分析により、南インドにおけるインド洋津波災害地域においてインド内外の諸機関、団体が介入することによって、むしろ対立が顕在化していく現状が明らかになった。なお、サガヤラージと杉本良男は津波災害復興に関してP.カラン博士(ケンタッキー大学)が編集している論集(今秋出版予定)に寄稿し、また4月にワシントンで行われるアメリカ地理学会での同博士主催のパネルで発表の予定である。

2008年度活動報告

本年度は、連携研究者のサガヤラージがインド・タミルナードゥ州(2月16日-3月19日)、同じく連携研究者の小林勝が同ケーララ州において(9月1日-9月21日)それぞれ長期の現地調査を実施した。サガヤラージはひきつづきタミルナードゥ州における2004年インド洋津波災害地域(ナーガパッティナム県ウェーラーンガンニ、カンニャクマーリ県コラチュル)を訪れ、災害後の復興過程における宗教間の軋轢の実相について聞き取り調査を行った。また、同州中部ティルチラーパッリ市郊外にあるキリスト教会を訪れ、これから整備されようとしている新しい聖地について調査を行った。昨年からの調査により、災害復興をめぐってヒンドゥー教徒とキリスト教徒との間の紛争が顕在化している実情が明らかになった。小林は、ひきつづき基本的な「宗教」、「ヒンドゥー教」などの概念の歴史的形過程について文献研究を行い、また現地調査によってヒンドゥー寺院を中心とした地域社会の再編成の状況およびそこへのヒンドゥー・ナショナリズムの介入についてその実情を明らかにした。杉本は文献研究と新聞資料などの分析により、南インドにおけるインド洋津波災害地域における支援団体の相違によって支援プロセスにおおきな差異が生じていること、またそれによって当該コミュニティのあり方にも大きな格差が生まれていること、とくに漁民と非漁民とのあいだに大きな格差が発生していること、などがあきらかになった。

2007年度活動報告

本年度は、サガヤラージがインド・タミルナードゥ州(8月12日-9月20日)、小林勝が同ケーララ州において(8月24日-9月11日)それぞれ長期の現地調査を実施した。サガヤラージはタミルナードゥ州における2つの2004年インド洋津波災害地域(チェンナイ市、ナーガパッティナム県ウェーラーンガンニ)を訪れ、災害後の復興過程における宗教間の軋轢の実相について聞き取り調査を行った。
また、同州南部ディンディクル市郊外にあるキリスト教会を訪れ、ここ数年の間に急速に勃興した新しい聖地の実情について調査するとともに、周辺地域のヒンドゥー教徒など関係について調査を行った。いずれも、現在のインドにおけるヒンドゥー・ナショナリズムの昂揚を背景に、北インドとはことなって従来この地域ではあまり強く見られなかったヒンドゥー教徒とキリスト教徒との間の紛争が散発している実情が明らかになった。
小林は、基本的な「宗教」、「ヒンドゥー教」などの概念が歴史的に形成され、またそこに社会政治的要因が強く働いていたことを主に文献研究から明らかにするとともに、現地調査によってヒンドゥー寺院を中心とした地域社会の再編成の状況およびそこへのヒンドゥー・ナショナリズムの介入についてその実情を明らかにした。
杉本は文献研究と調査資料により、南インドにおける聖トマスによるキリスト教開教伝説を取りあげて、その歴史的経緯とくにポルトガルによるカトリック化の諸相と、現在のヒンドゥー・ナショナリズムとの関連におけるヒンドゥー、クリスチャン双方の対立関係についてその実態を多角的に明らかにした。