国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ヒマラヤ東部地域における輸送インフラの発展と移動する身体に関する人類学的研究(2018-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|研究活動スタート支援 代表者 古川不可知

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、ヒマラヤ東部の山岳地帯であるネパールのソルクンブ郡とインド西ベンガル州のダージリンを調査地に、Ⅰ.山中を移動するとはいかなる実践であるか、Ⅱ.山中の移動は当人たちによってどのように意味付けられているのか、またⅢ.輸送インフラの発展が人々の環境認識や社会にいかなる変化をもたらすか明らかにすることである。
徒歩や車両あるいは鉄道によって山中を移動する人々の実践への参与観察と、ヒマラヤ東部における輸送インフラの発展史に関する文献調査によってデータを収集し、認知科学と人類学的インフラ研究の知見を援用した枠組みを通して分析をおこなう。
一般に従来の移動とインフラをめぐる議論では、歩行と機械輸送のあいだには質的な断絶が想定されてきた。本研究では徒歩から鉄道に至る山間部の移動を、技術と相互に嵌入した身体実践として捉えつつ、その展開と影響を連続性の相のもとに分析することを試みる。

活動内容

2019年度活動報告

最終年度となる本年は、2019年8月5日から8月21日および2020年2月27日から3月22日の二回にわたり、ネパール・ソルクンブ郡にて現地調査を実施した。8月の調査を通して、ソルクンブ郡南部における車道建設が予想以上に早く進行していることが確認できたため、予定を変更して2月もネパールにて調査をおこなった。ソルクンブ南部では、バスパーク予定地であり、2019年4月に一台目の車両が到達したカリコーラ村に焦点を絞り、工事の進捗状況と建設作業の様子の観察、新たな乗合ジープ路線の運航状況の確認、住民による車道と発展をめぐる語りなどを聞き取った。前年の開通前の調査では、おおむね肯定的であった車道に対する見解は、特に沿道のロッジ経営者などを中心にネガティブなものへと変化していることが確認できた。
成果公表作業としては、2019年6月の日本文化人類学会第53回研究大会や、8月にポーランドで開催されたIUAES inter-congress、2019年12月の白山人類学研究会などで口頭発表をおこなった。また本研究の成果は、2020年2月に刊行された単著『「シェルパ」と道の人類学』や、2020年6月刊行予定の日本ネパール協会(編)『現代ネパールを知るための60章』の第45章「シェルパの変容――ヒマラヤ観光を生きる人々」へも反映されている。
さらに2019年10月からは本研究を下敷きとして、国立民族学博物館の若手共同研究「モビリティと物質性の人類学」を代表者として組織し、世界の他地域における移動やインフラストラクチャーをめぐる事例との比較研究に道を開いた。

2018年度活動報告

本研究の目的は、ヒマラヤ東部の山岳地帯に位置するネパール・ソルクンブ郡とインド・ダージリンにおける移動実践の観察を通して、山岳地帯における輸送インフラと人々の関係を分析することである。ともにネパール系住民の住むヒマラヤの山岳観光地であり、現在急速に車道建設の進むソルクンブと、長年にわたって舗装道や山岳鉄道が維持管理されてきたダージリンを比較し、①山中を移動する具体的なやり方、②移動が現地において持つ意味、③輸送インフラの発展が社会や人々の環境認識にもたらす影響、を明らかにする。
本年度は基礎データの収集フェーズと位置づけ、2018年9月および2019年2月~3月にネパールのソルクンブ郡にて、また2018年12月~2019年1月にインドのダージリンにて、三回の現地調査を実施した。
ソルクンブ郡では、車道建設現場の観察をおこない、沿道住民から車道をめぐる見解や開通後の生活設計などについて聞き取りをおこなった。また乗り合いジープのドライバー10数名にインタビューを実施し、山中の運転という実践をどのように認識しているのか聞き取った。加えて、バスパークの建設予定地となっているカリコーラ村の戸数や、郡庁であるサレリに乗り入れる全ジープ業者の情報など、車道がもたらす社会変化を分析するための基礎データを収集した。ダージリンでは鉄道局や登山協会にて基礎資料の収集を実施したほか、乗り合いジープや山岳鉄道に乗り込む形で人々の実践を観察した。また数名のネパール系住民たちからライフヒストリーなどに関するインタビューを実施した。
現段階の成果として、山間部の輸送インフラは文字通りの生命線であり、計画に対して住民から強い期待が抱かれる一方、実際に建設が始まると変化の大きさに反発を抱く傾向が観察された。この点は「インフラストラクチャーとしての山道」として『文化人類学』83巻3号に報告した。