国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

変動するタイ社会におけるコミュニティ博物館の人類学的研究(2008-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 平井京之介

研究プロジェクト一覧

目的・内容

地域の伝統的な生活用具やコミュニティの遺産を収蔵・展示する小規模の「コミュニティ博物館」が、タイ国内に400以上あると言われる。 これらの多くは仏教寺院に附置され、タイで独自に発展し、タイの文化や価値観を反映した独自の活動モデルを有すると考えられる。 1980年代以降、地方文化の興隆と文化産業の発展のもとで、地域住民はコミュニティ博物館の役割と可能性に以前より注目するようになっている。 本研究は、博物館活動そのものを文化として人類学的手法で調査することにより、タイにおける「コミュニティ博物館」の実態と、近年に見られるその変容過程を明らかにすることを目的とする。

活動内容

2010年度活動報告

過去2年間は主として博物館活動に関する研究を進めてきたが、本年度はこれまでの調査結果を踏まえ、博物館の活動と、その母体となっているコミュニティにみられる社会変化との関係に焦点を当てた研究をおこなった。現地調査は、平成22年11月から平成23年1月、および平成23年3月に、タイ国チェンマイ県とランプーン県でおこなった。これまでに明らかになったことは以下の三項目にまとめられる。
1.博物館の活動は、90年代以降、北タイ各地でみられる地域文化の復興運動と結びついて展開してきており、外部に地域文化を紹介するというよりは、地域社会内部で地域のアイデンティティや連帯を醸成することに主眼が置かれている。
2.地域住民がコミュニティ博物館の役割と可能性に以前より注目するようになった背景には、地域の急速な近代化と社会関係の希薄化がある。
3.地域社会だけでなく、タイ社会全体の大きな変化、とりわけタイ社会内部でのコミュニティの位置づけの変化、具体的には地域アイデンティティ意識の高揚と地域主導による開発モデルの展開が博物館活動の大きな推進力になっていることが明らかになった。さらにいえば、タイのコミュニティ博物館は、仏教寺院に附置され、タイで独自に発展してきたという歴史をもつが、近年の展開は、いくつかの官公庁による文化行政の刺激のもとで展開しているということも明らかになった。
今後は、過去3年間にわたる現地調査で集めたデータの分析を進めるとともに、これまでに現地で集めた文献資料の分析を継続しておこない、その結果に基づいて成果のとりまとめをおこなう予定である。

2009年度活動報告

本年度は、前年度に主要な調査対象として選定したタイ国ランパーン県のライヒン寺コミュニティ博物館と、その比較対象とするためのタイ北部地域(チェンマイ県、ランプーン県、ランパーン県、プレー県)の20の地域博物館において、主として保存と収集に焦点を当てた現地調査をおこなった。ライヒン寺コミュニティ博物館では、まず運営者に、博物館の歴史、解説パネル、組織構造、財政状況等についての聞き取りをおこなった。さらに保存科学を専門とする国立民族学博物館の日高真吾准教授(調査協力者)から協力を得て、収蔵品の保存状態と、それに関わるコミュニティの伝統的な知識、さらには文化省芸術局や地方公共団体、研究者等から保存方法についていかなる指示・教育を受けているかについて調査をおこなった。その結果、いくつかの伝統的な保存方法が現在の保存科学の水準でみても効果的におこなわれていること、実施されている保存方法とコミュニティの価値観とのあいだに強い結びつきがあること等が明らかになった。また、バンコクでシリントーン人類学センターから紹介された20のコミュニティ博物館を対象に、主として収集過程に焦点を当てた聞き取り調査をおこなった。その結果、上座部仏教の信仰とそこでの仏教寺院の役割が、タイの地域社会におけるコミュニティ博物館の役割を理解するうえで重要であることが明らかとなった。これらの調査は、タイという文化的文脈のもとでの博物館における保存と収集のモデル、およびその変容過程を明らかにすることができたという点において大いに意義があった。

2008年度活動報告

本年度は8月にタイにおいて約一ヵ月間の現地調査をおこない、タイにある主要なコミュ ニティ博物館の概況把握と、次年度以降に参与観察調査をおこなう博物館を選定するための 情報収集をおこなった。概況把握においては、最初にバンコクのシリントーン人類学センタ ーを訪問し、パリッター所長およびその他研究員から、当センターのコミュニティ博物館支 援活動の概況、コミュニティ博物館についての研究状況、関連文献図書の所在などについて 有益な情報が得られた。それから当センターの図書館、チュラロンコーン大学図書館、タマ サート大学図書館、芸術大学図書館等において関連する文献資料を収集した。
その後は、シリントーン人類学センターが研究プロジェクトを実施する2つのコミュニテ ィ博物館と、チェンセーン博物館、ムアン寺民俗博物館、さらにはバンコク西部からナコン パトム県、ラチャブリ県にかけての小規模なコミュニティ博物館をめぐり、博物館の状況や 運営のありかたについての情報収集をおこなった。とりわけ参与観察の有力候補と想定しているランパーン県のコミュニティ博物館では、博物館の歴史、展示形態、解説パネル、さら には周辺村落の状況などについての調査を実施した。その結果、想定していなかった諸条件 が発見されたため、次年度以降の調査地についてまだ確定にはいたっていない。
なお、11月にシリントーン人類学センターで開催された「タイの地域博物館」というシ ンポジウムに特別講演者として招待されたため、そのときに数多くの関係者から情報収集を おこなったことは、タイのコミュニティ博物館の現状を理解する上で大きく役だった。