国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

グローバル化と南インド音楽の変容に関する人類学的研究(2008-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 寺田吉孝

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、南インド古典音楽が最も活発に実践(生産・消費)されている3地域(インド、イギリス、アメリカ合衆国)で調査を行うことによって、 これまで地域ごとに考察されてきた南インド音楽の実践を、グローバルな人的・経済的ネットワークの枠組みで統合的に分析することを目的としている。 永劫不変のイメージをもつインド古典音楽が、実際にはグローバル化を背景にして、 鳴り響く音響としての音楽とそれを支える社会関係の両面で、本質的に変容している点を明らかにしたい。

活動内容

2010年度活動報告

プロジェクト3年目の平成22年度には、アメリカ合衆国、インドにおいて各1回の現地調査を行った。アメリカ合衆国(平成2年8月)では、ワシントン州シアトル市内および周辺地域にある音楽団体とその活動について調査をおこなった。特に、シアトルで最も長い歴史を持ち、他地域の音楽団体とも密接なネットワーク関係をもつインド系音楽団体ラーガマーラへの聞き取り調査を行い、北アメリカにおけるインド音楽・舞踊の上演・教授の実態、南アジア系コミュニティとの関係などについて理解を深めることができた。また、近年のインド系住民の増加に従い、シアトルのインド系コミュニティは出身地域・母語ごとに複数の親睦団体が出現し、音楽活動も個別化する傾向がある点が確認できた。
インド(平成23年2~3月)では、南インド音楽・舞踊の中心地とされるチェンナイにおいて、在外インド人(NRI)演奏家の活動の実態を調査した。特に、アメリカ合衆国クリ―ヴランド市で行われる音楽祭の主催者らにインタビューを行い、音楽祭の歴史、理念、運営法などに関して情報を収集した。また、インド在住の音楽教師がNRIの子弟にインターネットを用いて音楽を教える様子を映像記録するとともに参加者に聞き取り調査を行った。この結果、当初NRIを対象に始められたインターネット教授法が、インド国内でも広く採用されており、個人の音楽家だけでなく音楽学校などにおいても遠隔地教育に利用されていることが判明した。
以上の調査から、NRIコミュニティが豊かな経済力を背景にして「母国」の音楽文化に大きな影響力を持っていること、南インド音楽がグローバルな人的・経済的ネットワークに不可分に組み込まれていることなどが明らかになった。

2009年度活動報告

プロジェクト2年目の平成21年度には、イギリス、インドにおいて各1回の現地調査を行った。イギリス(平成21年9月)では、ロンドン市内および周辺地域にある南インド系音楽・舞踊学校を視察し、主宰者、教師、生徒らにインタビューを行った。特にロンドン郊外サリーにあるに音楽学校「カルナティカ」や音楽支援団体「バーラティヤ・ヴィッディヤ・バヴァン」を拠点として、イギリスにおける南インド古典音楽の上演・教授の実態、南アジア系コミュニティとの関係などを調査した。その過程で、スリランカ出身のタミル人コミュニティの存在が、イギリスにおけるインド音楽・舞踊の実践にとって極めて重要である点が明らかになった。彼らにとって、タミル文化の維持・継承は重要課題の一つであり、特に音楽・舞踊はその中心的活動であると認識されている。
インド(平成21年12月)では、南インド音楽・舞踊の中心地とされるチェンナイにおいて、現地で毎年12月に開催される音楽・舞踊祭に参加し、在外インド人(NRI)演奏家の活動の実態を調査した。彼らの演奏の形態や内容、およびそれに対する在インド演奏家、音楽関係者たちの評価について考察した。また、インターネットを用いた音楽の教授の実態や、NRIのために開発された音楽教材についても予備的な調査を行った。以上の調査から、NRIコミュニティは豊かな経済力を背景にして、「母国」の音楽文化への発言力を増大させている点、南インド音楽はグローバルな人的、経済的ネットワークに不可分に組み込まれている点が明らかになった。

2008年度活動報告

本研究初年度の20年度には、インド(2回)およびシンガポール(1回)において現地調査を行った。インドでは、21年度以降の本調査に向けて、南インド古典(カルナータカ)音楽における1990年代以降の展開と新しい受容形態に関する予備調査を行った。主にインド国内外をつなぐ音楽ネットワークの実態に関して、音楽家、在外インド人(NRI)音楽家をインドに紹介する音楽協会、古典音楽専門誌の編集委員などに聞き取り調査を行った。また、マドラス大学、マドラス開発研究機構(MIDS)、バーラティダーサン大学などに所属する研究者(文化史、グローバル化研究、メディア研究)との面談を通して現地における研究の現状と課題を整理するとともに、テレビ・ラジオ局関係者、映画監督、ビジュアル・アーティストなど幅広い分野で活躍する文化人らにもインタビューを行い、現代南インド社会における音楽の文化的位置づけや可能性に関する議論を行った。その結果、古典音楽の生産・流通・消費が、グローバル化を背景に急変する南インド都市住民の生活環境や価値観と不可分であることを確認することができた。
シンガポールでは、シンガポール大学(NUS)、南洋理工大学(NTU)の研究者と面談し、シンガポールにおける国家主導の多文化主義がインド系コミュニティに及ぼす影響、南インドとの人的ネットワーク、インド人コミュニティ内の多様性などに関する予備調査を行った。特に、新たなシンガポール文化の創出を目指して各民族集団(中国系、マレー系、インド系)の伝統音楽・芸能を融合するナショナリスティックな動向と、グローバル化するインド音楽との関係について予備的な聞き取り調査を行った。