国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

チベットの宗教基層におけるモノと聖性の動態に関する国際共同調査研究(2020-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B)) 代表者 長野泰彦

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は儀礼・憑依・呪物や儀礼具などを通じてチベットの宗教実践の有り様を参与観察し、そこに働くモノ(マテリアル性)と聖性を軸にチベットの宗教文化基層に通底するものは何かを明らかにすることを目的とする。チベットの宗教文化の内、仏教に関する教義、哲学、認識論、図像表象にかかる研究は高度に洗練されてきたが、人々の信仰の基底をなす普遍的特徴や教学・憑依・儀礼において用いられる具体的なモノへのアプローチや解釈は僅少である。本研究では、チベット仏教・ポン教・民間習俗での儀礼と憑依、並びに儀礼具や護符などの呪物に注目し、一般の人々の目線に立って、その内容・意味の記述と文献学的裏付けを行い、そこに働くモノと聖性の動態とその現代的意味を描出したい。文化人類学、宗教学、チベット学、図像学の方法論、及び、現地調査と文献学という異なる手法を組み合わせつつ、中国・中央民族大学の才譲太教授との協働で調査研究を行う。

活動内容

補助事業期間中の研究実施計画

●チベット文化域のうち儀礼・憑依・民間の習俗に使われる呪物(儀礼具・飾り物・お札・護符など)が顕著に機能している中国青海省・四川省・西藏自治区、インド・ネパールのヒマラヤ南麓域において重点的な調査研究を実施する。この調査研究では、寺院と民間に広く行われる儀礼を参与観察し、主要な呪物及びその儀軌資料を蒐集するとともに、呪物の加持にかかる儀礼の記述、儀礼具の機能、呪物を授ける側と受け手の間に働く聖性とマテリアル性、呪物の持つパワーが持つ現代的意味、などを総合的に記述調査研究する。参与観察すべき儀礼や習俗の類型として(1)神の招来、(2)ケガレの吸着・集積・廃棄、(3)魂や「ツキ」の捕捉・探索、(4)呪詛・厄災からの防御、があり、それぞれに固有の儀軌と呪物が備わっている。本計画では、これらの4タイプ全てを調査研究する。
●上記の調査によって得られた資料をそれぞれのディシプリンから解析し、その結果を学際的に総合する国際ワークショップの議論を通じて、チベットの宗教実践の場に働くマテリアル性と聖性の相関と動態、及びチベットにおける呪物のパワーが持つ宗教的・社会的意味の一般性と特殊性を明らかにする。さらに、日本人の呪力観・呪物との比較を試みることによって、チベットの宗教文化基層に通底するものをより鮮明に描き出すことが期待される。
●成果として次の3点を予定している。(1)蒐集した資料は解題データを付して整理の上、国立民族学博物館の備品とし、研究者の共同利用に供する、(2)記述調査研究の結果は同館のForum型データベースとして公表し、研究者・一般公衆の閲覧に供する、(3)最終年度のワークショップでの理論的解析結果は海外から英語で出版する。
●役割分担:代表者は呪物の探査・選定・蒐集を行い、それらの記述解析の基礎を固めるとともに、調査研究の総括を行う。分担者 津曲真一(大東文化大学)は代表者と連携して呪物の用途・意味・加持儀礼を現地調査によって記述するとともに、その文献的裏づけを精査する。分担者 村上大輔(駿河台大学)は呪物を巡って、与える側と受け取る側に働く宗教的+経済的関係(聖性とマテリアル性)を参与観察によって明らかにするとともに、呪物の持つ現代的意味を探究する。若手の分担者として研究を担う鳥谷武史(金沢大学)は村上と連携して、チベットにおけるモノの持つエージェント性に新たな視点を提唱することが期待されている。代表者・分担者・海外共同研究者の役割は補完的に機能している。
●本事業は国際共同研究を推進することを大きな目標としているが、本研究計画では海外共同研究者 才譲太教授ならびに所属機関である中国 中央民族大学、そこでの若手研究者との連携関係を高次化し、将来に亘る共同研究の継続性と交流の実効性を格段に向上させることとしている。