国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

物質文化を通じた新たなアフリカ像の構築―国際協働による在来知と外来知の体系的検証(2009-2012)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 吉田憲司

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、アフリカにおける物質文化に改めて焦点を当て、その精緻な研究を通して、これまでのアフリカ認識とは異なる、新たなアフリカ像を構築しようとするものである。従来のアフリカの歴史についての知見は、アフリカに固有の文字が存在しなかったことから、口頭伝承と、ヨーロッパ人旅行者やアラブ系の商人ら、外部からみた文字情報、それにわずかな考古学的遺物に基づいて構成されてきた。そこでは、アフリカ各地に伝えられている物質文化の研究には副次的な位置づけしか与えられてこなかった。本研究計画では、現在のアフリカに遺存する具体的なモノ、すなわち物質文化の徹底的な精査により、そこに埋め込まれた歴史過程を洗い出すことで、これまでにない、アフリカの歴史と現在についての認識を打ち立てることを目的としている。

活動内容

2012年度活動報告

平成24年度(最終年度)には、まず5月に国立民族学博物館(民博)で日本アフリカ学会学術大会を開催するのに合わせ、国際シンポジウム「アートと博物館は社会の再生に貢献しうるか?」を開催し、内戦後のモザンビークで民間に残された武器を農具と交換に回収し、その武器でアートの作品を制作して平和構築を進めるというTAE(Transformação de Armas em Enxadas)「武器を農具に」の活動に焦点をあてて、アートや博物館の平和構築に向けた可能性を検証した。これをうけて、研究代表者の吉田憲司は10月にモザンビークへ赴き、TAEのプロジェクトによる作品(後に民博で収蔵)の製作の全過程を追跡・記録するとともに、このプロジェクトの評価を行なった。吉田はあわせてザンビアで仮面文化の新たな展開を調査した。
研究分担者・連携研究者では、亀井哲也が南アフリカにおけるビーズ文化の歴史的展開について、井関和代がエチオピアにおける織りと編みの技術の由来について、栗田和明がマラウイとタンザニアにおける生活物資の国際移動について、それぞれ現地調査を行なった。また、飯田卓と川口幸也はマダガスカルにおける木彫技術の現代的展開について調査した。その成果は、民博における特別展「マダガスカル 霧の森のくらし」で公開した。
一方、本研究計画を通じたアフリカにおけるビーズの研究については、神奈川県立近代美術館・葉山にて「国立民族学博物館コレクション ビーズ・イン・アフリカ」を開催し、その成果を公表した。
一連の研究活動により、アフリカの物質文化について、在来の知・技術の内的展開と外界との接触・交流による変容を具体的に跡づけることができた。また、本研究は、その成果を公開シンポジウムや展示という形で公開することで「物質文化を通じた新たなアフリカ像」を実践的に提示するものとなった。

2011年度活動報告

本研究は、アフリカにおける物質文化の比較研究を通じてアフリカと外部世界の交渉を明らかにし、これまでの認識とは異なる新たなアフリカ像の構築を進めようとするものである。
本年度は、まず研究代表者・吉田憲司がモザンビーク、ザンビアに赴き、モザンビーク内戦後も民間に残された武器を農具と交換し、回収した武器を用いて立体作品を制作する「武器を農具に」というプロジェクトに焦点を当て、その実態とそれを支える在来の製鉄技術の調査を実施した。この結果、同プロジェクトの現代的意義を明らかにするとともに、ザンビアにおいては消滅した製鉄の遺構を発見した。
研究分担者では、慶田勝彦がケニアのミジケンダ社会における物質文化の展開を世界遺産指定との関係で検証し、亀井哲也が南アフリカのンデベレ社会における女性成人儀礼の調査から儀礼用具の秘儀的意味を解明した。川口幸也は北アフリカ・モロッコを調査し、サハラを越えた文化交流を跡づけた。また、吉田と川口は、ヨーロッパにもたらされた初期のアフリカ物質文化の調査を実施し、現代の物質文化との比較分析を行なった。その他の研究分担者・連携研究者は国内にて現地との連携により各自の研究の深化を図った。
年度後半には国際シンポジウム「アフリカを展示する―ミュージアムにおける文化の表象・再考」を開催し、海外共同研究者を日本に招聘して、アフリカ各地の物質文化の歴史的・現代的展開について研究を集約するとともに、それをうけた日本におけるアフリカ文化の表象のありかたを検討した。このシンポジウムでは、本研究のこれまでの研究成果を反映して実現した国立民族学博物館の新たなアフリカ展示の評価を行ない、その国際的位置づけを図ると同時に、アフリカの物質文化の表象の新たな方向性についても指針を示した。
一連の作業により、物質文化を通じた「新たなアフリカ像」の構築に、実質的かつ大幅な進捗を得たと考えている。

2010年度活動報告

本研究は、アフリカにおける物質文化の比較研究を通じてアフリカと外部世界の交渉を明らかにし、これまでのアフリカ認識とは異なる新たなアフリカ像の構築を進めようとするものである。
計画の第2年次に当たる本年度は、研究代表者・研究分担者・連携研究者がそれぞれの担当国に赴き、現地共同研究者とともに共同調査を実施した。
まず、サハラ以南のアフリカの物質文化とのつながりについてのこれまでの研究の蓄積が希薄な北アフリカについては、研究代表者の吉田憲司、研究分担者の亀井哲也、連携研究者の飯田卓の3名が、モロッコにおいて、現地研究者と共同で調査をおこなった。この結果、モロッコの文化とサハラ砂漠の南縁部、とくにマリ・トンブクトゥの文化との連続性を確認した。
研究分担者・連携研究者による個別の調査としては、研究分担者の亀井哲也が南アフリカとレソトにおけるンデベレ社会の物質文化の比較調査を実施し、両者の関係を検証した。同じく研究分担者の慶田勝彦は、ケニアのミジケンダ社会における物質文化の特徴を、インド洋岸の周辺諸文化との関連のなかで調査した。井関和代は、エチオピア、エジプトの両国において、織りと編みの技術に焦点をあて、その技術の比較調査をおこなった。連携研究者の栗田和明は、タンザニアおいて物質文化の移動の過程を追跡した。同じく連携研究者の飯田卓は、マダガスカルにおいて、地域による伝統的物質文化の制作状況の差異とその近代における変容の調査を実施した。
一方、研究代表者の吉田憲司と研究分担者の川口幸也は、ヨーロッパにもたらされた初期のアフリカ物質文化の調査をおこない、現代の物質文化との比較分析を実施した。
一連の作業により、物質文化を指標として、外部世界との関係の中でアフリカ文化史を再構成するという作業に、一定の展望を得るにいたった。今後は、その展望のもとに、さらに精緻な情報を集積していくことが課題となる。

2009年度活動報告

本研究は、アフリカにおける物質文化の比較研究を通じてアフリカと外部世界の交渉を明らかにし、これまでのアフリカ認識とは異なる新たなアフリカ像の構築を進めようとするものである。
計画の初年度に当たる本年度は、研究代表者・研究分担者・連携研究者がそれぞれ担当国に赴き、現地研究拠点においてまず研究体制を整備したうえで、それぞれの地域で指標となる物質文化を抽出して、それについての在来知と外来知の複合の全体的把握に努めた。
代表者の吉田憲司は、ザンビア、マラウィの両国にまたがるチェワ、ンゴニ社会における生業・儀礼活動にかかわる物質文化の比較研究を進めた。分担研究者の井関和代は、エジプト、エチオピアの両国において機織りに焦点をあて、その技術の比較調査をおこなった。同じく分担研究者・亀井哲也は、南アフリカのンデベレ社会とジンバブウェのンデベレ社会における、儀礼をめぐる物質文化の比較調査をおこなった。連携研究者の栗田和明は、タンザニア国内の各地で、物質文化の比較とその流通経路についての追跡を実施した。連携研究者の飯田卓は、マダガスカルの北西海岸部と南西海岸部においてカヌーの建造技術に関する比較調査をおこなった。さらに分担研究者の川口幸也は、ナイジェリア都市部における伝統的物質文化と現代生活の中の物質文化の連続性と断絶についての調査を実施した。
以上のような調査により、対象とした諸地域における物質文化の歴史的展開について基礎的なデータを蓄積することができた。また、吉田と亀井は、イギリス、オーストリア、アメリカ合衆国、カナダにおいて、欧米世界とアフリカの接触の初期に収集された歴史的資料の調査を実施し、上で述べたアフリカでの知見の裏付けの作業を進めた。
一連の作業により、4年間の計画で物質文化を通じた新たなアフリカ像の構築を進めるという本計画の研究体制が整備され、また基礎的な情報も蓄積し得た。計画の基礎を確立できたと考えている。