国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

誰もが楽しめる博物館を創造する実践的研究――視覚障害者を対象とする体験型展示の試み(2009-2011)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 広瀬浩二郎

研究プロジェクト一覧

目的・内容

ユニバーサル・ミュージアムとは誰もが楽しめる博物館である。しかし、そのあるべき姿は未だ提示されるに到っていない。この研究では、博物館を、これまでのように「見る」だけではなく、さわる、聞く、嗅ぐ、味わうも含めた「五感」で楽しむ場として捉え直して考える。その手始めとして、本研究では、五感のなかでも触覚=「さわる」ことを視覚障害者の立場から取り上げ、実際にどんな展示が有効か、実験的取り組みを通してさまざまな資料を集め、具体的なシステムの開発を試みる。ユニバーサル・ミュージアムの創造は、21世紀の多文化共生社会を築く大きなきっかけとなると考えるからである。

活動内容

2011年度活動報告

今年度は2回の研究会を実施した。(1)2011年7月2~3日(於滋賀県立陶芸の森、安土城考古博物館)。(2)2012年3月24~25日(於国立民族学博物館、大原美術館)。
(1)の研究会では、まず初日に、昨年度から継続的に実施している「さわって創るワークショップ」を開催し、研究会メンバーが陶芸作品を制作した。これらの作品は、研究会の活動紹介とともに、吹田市立博物館の特別展(9月)、民博の公開シンポジウム(10月)、滋賀県立陶芸の森の企画展(12月)で展示された。2日目の安土城考古博物館では、実物資料とレプリカを比較し、触察用資料の必要条件、十分条件を整理した。
(2)の研究会では、まず初日に、民博に新設された「世界をさわる―感じて広がる」コーナーの見学(触学)、および合評会を行なった。「世界をさわる」のコンセプト立案、資料選定に当たっては、本プロジェクトの3年間の議論の蓄積が役立った。2日目は倉敷に移動し、美観地区の「まちあるき」を体験した。大原美術館の学芸員をはじめ、多くの関係者と「観光のユニバーサル・デザイン化」について、取り組むべき課題を自由に出し合った。研究会の3年間の総括、今後の展開に関して、メンバー個々が率直な意見交換をする貴重な場ともなった。
その他、2011年10月には、民博の「館長リーダーシップ支援経費」を申請し、本プロジェクトの成果を発表するシンポジウム「ユニバーサル・ミュージアムの理論と実践」を開催した。このシンポジウムの報告書は『さわって楽しむ博物館』(青弓社)として、5月末に刊行される予定である。また、例年どおり吹田市立博物館の特別展「さわる―みんなで楽しむ博物館」にも積極的に協力した。

2010年度活動報告

2010年度は以下の1.~3.の活動を行なった。本プロジェクトの目標は「触学」「触楽」「触愕」の三つを切り口として、「ユニバーサル=誰もが楽しめる」にアプローチすることである。研究代表者の廣瀬は「さわって愕く」という新たな障害観(人間観)の理論化をめざし、分担者の小山は「さわって楽しむ」展示を普及する実践に力を注いだ。また、本年度から分担者となった五月女は「さわって学ぶ」有効性と問題点について、学芸員、博物館学の立場から考察した。
1.吹田市立博物館、および滋賀県立陶芸の森において研究会開催(2010年6月26~27日): 初日は吹田市立博物館の実験展示「さわる 五感の挑戦」を見学(触学)し、"さわる"展示の意義と可能性について意見交換した。二日目は信楽の陶芸作品展を見学(触学)した後、ミシガン大学の犬塚教授の指導の下、「さわって創る」ワークショップを行なった。
2.「ユニバーサル・ミュージアム」に関する研修会開催(2011年2月24~26日): 本プロジェクトでは「博物館と視覚障害者をつなぐこと」を「ユニバーサル」の最重要テーマと位置づけている。10年度はプロジェクトの研究成果公開を意図して、廣瀬が福岡県を訪問し、北九州視覚特別支援学校、九州歴史資料館で研修会を開いた。
3.美濃加茂市民ミュージアムにおいて研究会開催(2011年3月12~13日): 10年度を締め括る研究会は、研究協力者が勤務する岐阜県の美濃加茂市民ミュージアムで実施した。本研究会では、従来のミュージアムのハンズオン手法を乗り越える「さわって愕く」展示の教育的効果について、議論を深めることができた。
※なお、吹田市立博物館の「さわる 五感の挑戦」展に関しては、2009年度同様に展示資料の選定、各種関連イベントの企画などで協力した。

2009年度活動報告

今年度はプロジェクトの1年目なので、情報と作品の収集、実験的な試みに重点を置いた。広瀬は“触”の概念を深めること、小山は“共”の意識を広げることからユニバーサル・ミュージアムの具体像にアプローチした。
2009年7月18日および8月1~3日、兵庫県丹波の森公苑が主催した「縄文の森塾」において、陶芸家・宮本ルリ子の指導による縄文土器プロジェクトの制作過程を取材し、触文化に関連する作品収集のノウハウを学んだ。吹田市立博物館の企画展「さわる 五感の挑戦 Part4」(9月12日~10月4日)の関連イベントとして、9月13日に香道家・早川光菜の講座と実演「雅な香を楽しむ」を実施し、視覚障害者を含む多様な参加者がメ共モに嗅覚芸術の世界に遊んだ。続いて10月2日には、宮本ルリ子の指導によるワークショップ「埴輪土鈴をつくる」を開き、“触”にこだわる土器作りに取り組んだ。
2010年1月29~30日、青森県三内丸山遺跡と土器収蔵庫を訪問し、多くの貴重な資料を触学した。本研究会には13名の研究協力者も参加し、ユニバーサル・ミュージアムについて考察を深めた。1月30日には青森県立盲学校との共催で、盲学校生徒を対象とする土器作り体験ワークショップも行なった。1月31日には、青森公立大学・国際芸術センターと青森県立美術館を訪ね、博物館・美術館における視覚障害者対応について、各館の担当者と情報交換の場を持った。
3月5~6日、国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館で、同大学における視覚障害学生の受け入れについて、教養学部の吉野輝雄教授の講演会を開催した。本講演を通じて、視覚障害者への特別なサービスという発想ではなく、「共活」(ともにいかす)をめざす新たな理念が今後の博物館に必要なことを確認できた。講演会とあわせて、民芸品などを中心とする博物館の収蔵資料を触学し、一般参加のミュージアム関係者29名を交えて「ユニバーサル」(誰もが楽しめる)の意味について討論した。