国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

オセアニア島嶼域における環境文明史の再構築(2010-2011)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|新学術領域研究(研究領域提案型) 代表者 印東道子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本申請研究は、オセアニアの島嶼環境を対象に以下の点を解明する。
1.人類の移動史と古環境の関係
島嶼環境だからこそ解明できる人間の移動について、古環境との関わりを重点的に検討する。とくに環境変動が人間の移住の原因となった可能性、および、人間が自ら作り出した環境破壊の結果による人間の移動について考える。
2.人類の居住史と環境改変
島嶼環境では、人間居住が自然環境に与える影響は大きい。植生への影響、土壌流出による環境変化、それが人間の生活に与えたプラス面とマイナス面、資源の偏在性と社会の複雑化との関連性、などを考える。
3.文明と環境のダイナミズムの解明
オセアニアには複雑化した社会が発展した島とそうではない島とが存在していたが、その背景に見えてくる自然環境と文化環境のダイナミズムを追求する。

活動内容

2011年度活動報告

本研究はオセアニアの島嶼環境を対象に、1)人類の移動史と古環境の関係、2)人類の居住史と環境改変、3)文明と環境のダイナミズムの解明 の3つを研究目的として行った。
1.約20万年前に、ホモ・サピエンスがアフリカに誕生してから地球全体へと拡散居住を進めた歴史の中で、もっとも画期的なことは、海域への進出だった。4万5千年前に始まるオーストラリア大陸や太平洋の島嶼部への移動は、渡海技術が必要だった。そもそも、人類がなぜ海洋域へと進出したのか、なぜ大きな移動の波があったのかについて、環境変動との関係を検討した結果、寒冷化による陸地面積の増大と、その後の温暖化による海面上昇の時期が、人間の大きな移動期を演出した可能性が高いことがわかった。特に、島と島の距離の長いポリネシア地域における移動には、エルニーニヨ(南方振動)に起因する風向きの変化が大きく影響していることが指摘できた。
2.人類が新たな自然環境に居住を始めることで、なんらかの形で環境改変が行われる。特に、栽培農耕に関連して行われる森林などの破壊、土壌流出と海洋汚染などはその典型である。オセアニアのファイス島で、人の居住がどのように環境改変をもたらしたかを調べたところ、土壌の堆積スピードが地点によって大きく異なることがわかった。居住の歴史が長く、後背に栽培地のある地点では、1800年間で3メートルもの文化遺物を含む土壌堆積が検出された。他方、近隣のヤップ島では、内陸からの流出土壌が堆積した海岸部に、主食のタロイモ用水田として活用するようになった。環境改変の結果をプラスに活用した例である。
3.海洋地域では、気候の変動が人間の移動を引き起こしたり、沈降する島から脱出して新たな植民の地を探したりした歴史が繰り返され、まさに文明と環境のダイナミズムを研究するのに適した地域である。この点に関する総合的な研究は、今後も継続して研究を行う予定である。

2010年度活動報告

本研究では、オセアニアにおける人間と環境との関わりのうち、以下の3点を重点的に研究することを目的としている。
1.人類の移動史と古環境の関係
2.人類の居住史と環境改変
3.文明と環境のダイナミズムの解明
最近20年間に、これらのテーマを扱った考古学および環境史の研究増加は著しく、雑誌論文を中心に文献の収集およびデータベースの構築を行った。とくに本年度は、ミクロネシアおよびメラネシア地域を扱った文献情報の収集を行い、総計で215の英文資料目録を作成した。来年度はポリネシア地域を扱った文献情報を中心に、さらにこの目録を充実させてゆく予定である。
今年度の研究成果概要は以下のようなものである(予察)。
環境(とくに気温の変化)と人間移動パターンの間の関係性を検討した結果、更新世代に見られる人間移動と環境の関係と、完新世に見られる人間移動と環境の関係では、パターンが異なる可能性が指摘できた。更新世代の東南アジアからサフル大陸への移動は、今から2万年から5万年前の氷河期に行われ、海面は下がる傾向にあった。それに対し、完新世代に新石器集団(オーストロネシアン)がオセアニアへ移動したのは、今から3300年~3500年前ごろである。この時期は氷期が終わり、海面が劇的に上昇しつつある時期であった。
つまり、それまでの海岸線が沖合に遠のいたので海を渡ることが容易になったパターンと、海洋資源の採集などに利用していた海岸域が水没したので、海を利用して移動したパターンの違いと考えることができる。その違いの背景には、海上交通技術の差、および海洋資源の利用の社会的重要度の差などが存在するものと予察される。
今年度は、ミクロネシアやポリネシアへの拡散に見られる時間差を解釈するため、環境変化との関連性に共通したパターンが見つかるかどうかを追求する予定である。