国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

移民女性の言語問題―ハンディ克服のための言語習得戦略と言語支援とのかかわり(2010-2012)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 金美善

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、グローバル化に伴う人々の移動を「女性」と「言語問題」に焦点を絞り、移民女性を取り巻く困難な社会状況を社会言語学的観点から捉えようとするものである。さらに、移民女性の言語問題を当事者の戦略とホスト社会の支援との関係を明らかにしようとするものである。移民女性は、出身国においても教育、識字、性差別によるハンディを抱えている場合が多いが、これらは移民ホスト社会において、一層彼女たちを循環的苦境に追いやり、社会参加や上昇の機会を制限している。この問題はさらに女性が育てる次世代の教育等に引き継がれることにもなり、移民受け入れ社会にとっても解決すべき深刻な問題である。本研究は、主に日本において今後も増加することが予想される移民女性に焦点を当て、特に移民女性の、識字や言語運用能力不足に起因する社会参加からの除外などの諸問題の所在を、主に社会言語学的観点から明らかにし、その改善のための施策の可能性を国際比較により探ろうとする。

活動内容

2012年度活動報告

本研究は、グローバル化に伴う人々の移動を「女性」と「言語問題」に焦点を絞り、社会言語学的観点から捉えようとするものである。当年度には以下のような研究調査を行った。研究代表者の金は、まず、韓国外国人労働支援センター(ソウル市)とアンサン移住者センター(アンサン市)を訪問し、移住者への言語支援状況についての情報を得た。次に、全羅南道、ムアン郡庁を訪問し、移住女性に対する生活支援についてインタビュー調査をした。また郡庁委託のハングル教室を訪問し、アジアからの移住女性の授業参加状況を観察し、彼女らの言語問題(言語習得、韓国語でのコミュニケーションなど)について聞き取り調査を行った。調査の際にはインタビュー内容を録音し、談話資料を確保することもできた。今回の調査では韓国の移住者に対する公的支援がいかに当事者に活用されているのか、またどのような問題点を残しているのかを知り、さらに移民女性の韓国語習得の過程を分析できる資料が得られた。
分担者の庄司は、フィンランドにおいて、移民関連行政を全体として管理、調整する部門で、移民女性の統計や生活状況に関し責任者および職員に対しインタビューを実施した。移民の識字問題はおもに雇用の機会の提供、および雇用現場での不自由の軽減のため該当者を対象に教育をおこなってきた。アフリカ、中東出身の家庭女性、高齢の女性などに社会参加をうながし、啓蒙をすすめる観点から識字教育が始まったのは近年で、民間NGOおよびそれを支援する形で行政が参与する。参与観察をおこなった施設は、保育所との併設、女性の文化活動を提供するものなど使用の便宜性をたかめるほか、教育メソッドにおいても従前とは根本的にことなる方法が実施されている。また非識字者全体の把握のため、若年者層にもみられる潜在的非識字者の発見方法が試行されていることなどが明らかになった。

2011年度活動報告

本研究は、グローバル化に伴う人々の移動を「女性」と「言語問題」に焦点を絞り、移民女性を取り巻く困難な社会状況を社会言語学的観点から捉えようとするものである。さらに、移民女性の言語問題を当事者の戦略とホスト社会の支援との関係を明らかにしようとするものである。当年度には以下のような研究調査を行った。
研究代表者の金は、国内では去年に引き続きアジア系外国人コミュニティのホスト社会との交流について、日本の市民団体による外国人への日本語支援活動が、外国人にどのように活用されているのかを調査した。国外調査では、イギリスではロンドンを訪問し、イギリスの移民に対する公的な言語(英語)支援状況に対する資料を集めたほか、移民コミュニティの言語活動状況を移民の集住地域から観察することができた。一方、韓国の移住女性への言語問題を知るため、行政の委託団体を訪問し、言語支援を受けている移住女性のインタビュー調査ができた。いずれの調査からも、移民(外国人)に対する公的支援とそれがいかに外国人に生かされ、ホスト社会への適応につながるかを知るための貴重な情報を得ることができた。
研究分担者の庄司は、国外ではフィンランドにおいて昨年に引き続き、非識字定住者を対象とするフィンランド語講座で教授方法、教材使用などの参与観察のほか、参加者や教師に対して聞き取り調査を実施した。また、スウェーデン、フィンランドにて、これらの国に移住後、現地の言語を習得することで、職をえた女性移民(ベトナム人、フィンランド人、パレスチナ人、ハンガリー人)のほか、エスニックビジネスに従事する移民の起業に関するライフストーリーをインタビューした。日本では、私費による中国帰国者に関し、引き続き調査したが、公費による帰国者にくらべ、初期の日本語教育、日本適応教育が欠損したこととともに、その後の行政による支援にも大きな影響がみられる。特に40代に来日した二世世代は、今日こどもが独立し家庭を離れる中、日本語能力の不自由さから社会との断絶しつつある現状がみられる。

2010年度活動報告

本研究は、グローバル化に伴う人々の移動を「女性」と「言語問題」に焦点を絞り、移民女性を取り巻く困難な社会状況を社会言語学的観点から捉えようとすることを目的とする。さらに、移民女性の言語問題を当事者の戦略とホスト社会の支援との関係を明らかにしようとするものである。
研究代表者の金は、国内では東京都新宿区のコリアンコミュニティの経済活動及び他のアジア系外国人コミュニティのホスト社会との交流について調査をした。また、日本の市民団体の日本の異民族及び外国人に対する支援活動を観察した。国外調査では、韓国の移住女性の言語問題を知るため、行政の委託団体を訪問し、実際に行っている言語支援活動の見学、言語支援を受けている移住女性のインタビュー調査ができた。また、移住者の言語で情報を出している放送局を訪問し、メディアを道具とした言語支援の状況を知ることができた。一方、アメリカではCommunity Adult Schoolを訪問し、市民を対象に行われている言語(英語)支援プログラムを利用している移民女性の言語習得状況を調査した。その他コリアン系移民とメキシコ系移民の子供への母語継承に対する意識の予備調査ができた。
研究分担者の庄司は日本国内では、中国帰国者、特に女性の日本語習得度や日本における社会参加の実情に関し、大阪周辺の帰国者を対象とする聞き取り調査を行い、夜間中学、中国帰国者支援交流センターなどでの日本語支援制度の実態を調査した。国外ではフィンランドにおいて非識字定住者を対象とするフィンランド語講座で教授方法、教材使用などの参与観察のほか、参加者や教師に対して聞き取り調査を実施した。日本では、中国帰国者においては公費、私費帰国者のあいだ、また識字、非識字者のあいだでは定住後の日本語学習度や社会参加に差が生じやすいことがうかがえる。フィンランドでは移民の資格にかかわらず非識字者へのフィンランド語支援が積極的に実施されていることが明らかになった。