国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

グローバル化時代の国籍とパスポートに関する文化人類学的研究(2010-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(A) 代表者 陳天璽

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究「グローバル化時代の国籍とパスポートに関する文化人類学的研究」は、国籍やパスポートに注目することを通し(1)こうした国家の制度が人々の行動や意識に与えた影響を明らかにするとともに、(2)人々にとって国籍やパスポートがどのような意味を持っているのかを考察する。特に、(3)一国家の枠組みのみでは捉えきれない人びと―重国籍者や無国籍者-が所有するパスポートから、国家間のズレや歪みを浮き彫りにし、現代社会における人間の安全保障を究明する。本研究は実際のパスポートを収集・比較検討することを通し、以上の目的を解明しようと考えており、こうした研究はこれまでなされておらず独創性にとみ、新たな知見を発見することが期待される。

活動内容

◆ 2013年4月より早稲田大学へ転出

2012年度活動報告

本年度は、これまで行ってきた無国籍者についての日本や海外での調査を継続して行った。その成果は、(1)2011年4月、タイのマヒドン大学で行われた国際シンポジウムにおいて、研究者は日本における無国籍者の実態とそれに対する支援について発表をおこない、また英文論文を投稿発表した。
(2)これまで本研究プロジェクトを通して行ってきた無国籍者に関する調査を踏まえ、2011年5月に開催された移民政策学会において「『在留カード』導入と無国籍問題を考える」と題するミニシンポを行い、そこで、「日本における無国籍者に類型」と題する発表を行った。その後、同発表を論文として執筆し、同学会の特集として掲載される予定である。
(3)無国籍状態となっている難民の子ども達に注目し、「難民の子どもたちの国籍とアイデンティティ」と題するシンポジウムを2011年6月上智大学で開催した。なお、その一部は、NHKのEテレ「ハートネットTV」において取り上げられ、2012年2月「日本に暮らす無国籍者」と題する番組として放送された(その後、多数回再放送された)。研究者は本調査で研究してきた成果をもとに無国籍について解説を行った。
(4)本研究課題ではアメリカにおける重国籍の子ども達が、国籍・パスポート・そしてアイデンティティをいかに使い分けているのか、そして家族はどのような対応を行っているのかについても調査を行ってきたが、その研究成果の一部を、2012年11月サンフランシスコで行われたアメリカ人類学会において発表した。

2011年度活動報告

本年度は、(1)アメリカに在住する複数国籍の子どもたちについてフィールド調査を行った。主には日本人との国際結婚家族から生まれる子どもたちに焦点を当て、ロサンゼルスにある保育施設「こどもの家」において参与観察とインタビュー調査を行った。一方の親が日本人であり、子どもの日本国籍を留保していることから、複数国籍である子どもたちがほとんどである。生活はアメリカを基盤にするが、日本国籍を有することで医療や子ども手当てなど、できる限り既得権益を確保しようと考えていることが明らかとなった。
(2)イスラエルとシリアの国境地帯であるゴラン高原を訪問し、現地に暮らす無国籍者の人びとやゴラン高原のNGO組織(Golan For Development 、Al Masadoなど)を訪問し、インタビュー調査を行った。現地の人びとは占領国イスラエルの国籍を取得することを拒んでおり無国籍である。無国籍のまま、彼らがどのように生活し、また、シリア側にわたった場合、家族とどのように連絡を取っているのかなどについてフィールド調査を行った。
(3)これまで集めてきたパスポートや身分証明書を一部整理し、編著書『越境とアイデンティフィケーション:国籍・パスポート・IDカード』を新曜社より出版した。また、文庫本『無国籍』を新潮社から出版した。
(4)国連難民高等弁務官事務所との協力でシンポジウム『無国籍者の今、求められる日本の対応―国連無国籍削減条約50周年を迎えて』を開催した。また、タイのタマサート大学との協力で、日本とタイの無国籍問題の比較研究シンポジウムを開催した。
グローバル化する中で、国籍の意味が激しく揺れ動いていることがわかる。複数国籍や無国籍者から表出する疑問や問題点から、現代社会における国籍の意味についてさらに考察を深めてゆきたい。

2010年度活動報告

本年度は、(1)日本に在住するタイ出身のベトナム系無国籍者やロヒンギャなどにインタビューを行った。無国籍者の問題は、一カ国だけでは解決できない問題であるため、タイのNGO支援団体などと連携を組み研究を行った。また、国連難民高等弁務官事務所や、無国籍ネットワークなどの市民団体などとも協働し調査を行った。その結果、タイからの支援者・研究者を招き、2月には国立民族学博物館において、「世界の現場における無国籍者の人権と支援-日本の課題」に関する国際シンポジウムを開催した。
(2)無国籍者の研究を通して、日本と韓国の華僑に無国籍者が多発した時期があったことが明らかとなった、その成果の一部を韓国の学会において発表した。
(3)複数国籍者に関しては、横浜中華学校などでインタビュー調査を行い、生徒の統計などを入手した。また、その成果の一部を華僑華人研究会のシンポジウムにおいて発表した。
(4)タイやアメリカ、そして日本で行ったフィールド調査を通して、パスポートをはじめとする身分証明書類を入手した。無国籍者や複数国籍者にとって、移動の際に、いかに使われているのかについて分析をすすめていくことは、現代社会における人間の安全保障を考える上でも重要であると、研究を通して再確認した。