国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

チャム系住民とイスラームの関係に関する地域間比較研究(2011-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 吉本康子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、ベトナム中部から東南アジア、中国・海南島およびアメリカ西海岸などに拡散し、ムスリムとして暮らすチャム系住民の宗教実践、とりわけ、イスラームの共通項とされる諸実践を比較検討することで、イスラームの要素とローカルな要素の交渉過程の多様性および民族・宗教ネットワークの関係性について検証することを目的とする。
具体的には、(1)地域におけるイスラームの歴史的背景、国家による位置づけ(センサス上の分類、エスニシティ、人口比率)、自称(語源、他者との差異化の根源)、(2)宗教実践に関わる概念的なものついての名称・語源:霊魂、祖霊など(アラーとの関わり)、礼拝の動機、タブー等、(3)礼拝空間:空間の使い方、モスクの配置のされ方、象徴性、モスクの装飾、壁のレリーフ、色(緑の使われ方)、男女の礼拝位置、地域の伝統的な建築様式との関わり、これらの各名称・語源、(4)制度(信者間の階層等の有無、指導者の種類、名称・語源、役割)、(5)礼拝・儀礼的実践についての名称・語源、(6)クルアーン、儀礼に使用される書物(チャム語写本の使用状況)、儀礼における朗誦箇所、(7)その他:服装、小道具の種類、名称、使い方、などについて明らかにする。これを通じて各地における「イスラーム」の展開に関する新資料を提示し、さらに、「イスラームの統一性」という視点の有効性について検証する。

活動内容

2013年度活動報告

本研究は、ベトナム中部から東南アジア大陸部のメコン川流域、中国・海南島およびアメリカ西海岸などに拡散し、ムスリムとして暮らすチャム系住民の宗教実践を比較検討することで、イスラームの要素とローカルな要素の交渉過程の多様性および民族・宗教ネットワークの関係性について検証することを目的としている。とりわけ、イスラームの共通項とされる諸実践に着目し、各地におけるイスラームの展開に関する新資料を提示すること、その上で、イスラームの「多様性」や「統一性」という視点を再考することを目指す。
平成25年度は、ベトナム、カンボジア、アメリカ合衆国のチャム系ムスリムを対象に行った現地調査で得た史資料のうち、イスラーム的知識の継承の媒体である文書に焦点を据えて研究を行った。特にベトナム中南部の「ムスリム」であるチャム・バニの人々が継承してきたチャム文字及びアラビア文字によって書かれた写本の分析を中心に行い、仏領期以降の記述において存在が指摘されてきたチャム・バニの社会における手書きの「クルアーン」の実態と継承の状況について検討した。ベトナム中南部は東南アジアの中でも初期にイスラームの影響を受けたとされるにもかかわらず研究上の空白が多い。従って、この地域に残る写本等一次資料の分析を進めることは、カンボジア、アメリカ合衆国などに拡散したチャム系ムスリムの状況との比較のためだけでなく、東南アジア大陸部のイスラーム受容の歴史を解明するためにも必要である。なお研究成果の一部は「チャムの伝統文書にみるイスラーム的宗教知識-ベトナム中南部のチャムが継承する写本及び目録の分析を通した予備的考察」として公表した。<

2012年度活動報告

本研究は、ベトナム中部から東南アジア大陸部のメコン川流域、中国・海南島およびアメリカ西海岸などに拡散し、ムスリムとして暮らすチャム系住民の宗教実践、とりわけ、イスラームの共通項とされる諸実践を比較検討することで、イスラームの要素とローカルな要素の交渉過程の多様性および民族・宗教ネットワークの関係性について検証することを目的としている。この作業を通じて、各地における「イスラーム」の展開に関する新資料を提示し、さらに、イスラームの「多様性」や「統一性」という視点の有効性について考察する。
平成24年度は、国内における先行研究及び先行資料を収集し、前年度までに収集することができた資料・史料と併せて、それらの分析を中心に作業を進めた。 具体的には、ベトナム、カンボジア、タイ、マレーシア、アメリカ合衆国のチャム系ムスリムを対象とする先行研究や資料を対象に収集と分析を行った。とりわけ、現在もベトナム中南部のチャムに用いられている「イスラーム写本」の内容の分析を中心に作業を進めた。
ベトナムのチャムのイスラーム写本は、本研究課題が着目する「イスラームの共通項」のひとつ「クルアーン」と、チャムのイスラーム的宗教実践との関わりを明らかにする上で必要な調査対象であり、今後、他地域のチャム人コミュニティーにおけるイスラームの展開の在り方を比較検討していく上で、基礎的な情報を提示する資料である。
以上の問題意識の基づいて進めた研究活動を通して、本年度は、従来の研究がクルアーンと同一視して説明してきたチャムのイスラーム写本の実態と多様性を明らかにすることができた。これらの資料は、東南アジアの中でも早期にイスラームを受容したとされるにも関わらず現在に至るまで空白部分が多いベトナム中部の歴史を、「当事者の視点」から解明していくための第一次資料となる可能性があり、今後の研究の発展にとっても重要である。

2011年度活動報告

本研究課題は、現在のベトナム中部から周辺の東南アジア各国、アメリカ西海岸などに拡散したチャム系住民のイスラーム的宗教実践を比較検討することで、イスラームの要素とローカルな要素の交渉過程の多様性および民族・宗教ネットワークの関係性について検証することを目的としている。
交付申請書に記載した研究実施計画に基づき、本年度は、ベトナム・ホーチミン市のフランス文化センター、ホーチミン社会人文科学大学等におけるインドシナ半島のチャムに関する関連資料の閲覧と収集、および、ベトナム、アメリカ合衆国のチャム人コミュニティーにおける現地調査を行った。ベトナムの現地調査では、中南部に暮らす「イスラーム教徒」チャム・バニの社会で用いられている「クルアーン」等、イスラーム関連写本についての聞き取りや、中南部およびホーチミン市内のモスクにおける儀礼や礼拝を観察した。アメリカでは、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊にある3つのモスクを訪問し、クルアーンの朗誦を含む宗教的な実践やコミュニティーの形成過程、移住の経緯、本国との関わりなどに関する聞き取り調査を行った。なお、これらの研究成果の一部は、カナダ・トロントで開催されたThe Association for Asian Studiesの研究大会において発表した。
本年度の研究活動の意義は、まず第一に、近現代のインドシナ半島におけるイスラームの影響についての情報の空白をある程度埋めることが出来た点にある。とりわけ、戦争が激化していた1960年代から1970年代の南ベトナムにおける再イスラーム化の影響とチャムの関係について、当事者へのインタビューを通して明らかに出来た意義は大きい。また各地域で使用されているクルアーンを比較できたことは、チャムというエスニシティの重層性だけでなく、「イスラームの共通項」の多様な展開を示す資料を提示しうるという点で重要である。