国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

劣化の進んだ図書・文書資料の長期保存に向けた大量強化法の開発(2012-2014)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 園田直子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、日本の酸性紙の保存研究で未解決となっている課題、1.実践レベルでの紙資料の大量強化処理と、2.現在稼働している気相型の脱酸性化処理法の弱点克服、これらに新たな展開を提示することを目的にしている。
1.では、既存の紙強化処理法を科学的に再検証し、手法の最適化をはかる。また、新たに紙表面にナノ繊維を紡糸して補強するなど、新しい可能性を検討する。
2.では、従来の脱酸性化処理法(ドライ・アンモニア・エチレン法)の改良法として、酸性物質の中和剤を揮発させて酸性紙に直接付着させる手法を検討する。
本研究では、技術改良の成果を自然科学的に検証したうえで、開発した手法の文化財への適用の判断までを総合的に行う。

活動内容

2014年度活動報告

本研究では、日本の酸性紙の保存研究で未解決となっているふたつの課題、1.実践レベルでの紙資料の大量強化処理と、2.気相型の脱酸性化処理の欠点克服、これらに新たな展開を提示することを目的とした。
1.紙強化法の新たな可能性として、フリース法の改良と、エレクトロスピニング法の応用に取り組んだ。それぞれの手法において、紙の強度向上効果と、処理後の試料に加速劣化処理を施し劣化抑制効果を検証した。フリース法は、紙表面を繊維で覆うことで物理的に強化する手法であるため、処理後、文字の判読が困難になる。そこで高い透明性をもつセルロースナノ繊維を用いたフリース法を検証したところ、自然劣化がかなり進んだ酸性紙での強度向上効果、劣化がある程度進んだ酸性紙での劣化抑制効果が確認できた。エレクトロスピニング法は、静電気力により高分子溶液をナノ繊維化し、紙表面に積層させる。セルロース誘導体のナノ繊維では強度向上効果よりも劣化抑制効果があること、カルボキシメチルセルロース(CMC)の劣化抑制効果が最も高いことが判明した。また、抑制効果にはCMCの分子量と紙自体の水分量が影響していることが示唆された。フリース法とエレクトロスピニング法、いずれもセルロースナノ繊維を用いることで、紙資料の強化処理として適用できる可能性が確認でき、今後のさらなる応用開発が期待できる。
2.現在実用化されているドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法では、アンモニアガスと酸化エチレンガスを紙中で反応させるため、アンモニアガスによる紙の黄変、酸化エチレンガスの危険性が問題となっていた。その改良法として、酸性物質の中和剤であるジエタノールアミン(DEA)を揮発させて酸性紙に付着させる方法を検討した。昨年度の課題であった実験条件(とくに加温条件)の緩和に関しては、温度と減圧のバランスにより解決できる目処がたった。

2013年度活動報告

本研究では、日本の酸性紙の保存研究で未解決となっているふたつの課題、1.実践レベルでの紙資料の大量強化処理と、2.気相型の脱酸性化処理の欠点克服、これらに新たな展開を提示することを目的にしている。
1.脆弱化した酸性紙の劣化抑制または強化処理を目的として、エレクトロスピニング法を用いてセルロース誘導体溶液からナノ繊維を形成させ、紙表面に付着させることを試みた。経年劣化図書を試料として、エレクトロスピニング法によってメチルセルロース(MC)、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、 カルボキシメチルセルロース(CMC)の3種類のセルロース誘導体溶液から紡糸したナノ繊維を紙表面に付着させた後、加速劣化処理を施し、紙の劣化抑制効果を評価した。このうちCMCのナノ繊維を付着させると、加速劣化処理による紙の劣化が抑制されることが、引張強さ、引裂強さ、アコースティック・エミッションによる紙の劣化度の変化から認められた。紙のゼロスパン引張強さも同じ傾向を示したことから、本処理の劣化抑制効果は、紙中のパルプ繊維強度の変化を反映していると考えられる。
2.現在実用化されている、アンモニアガスと酸化エチレンガスを紙中で反応させるドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法は、アンモニアガスによる紙の黄変、酸化エチレンガスの危険性が問題となる。その改良法として、本研究において、酸性物質の中和剤であるジエタノールアミン(DAE)を揮発させて酸性紙に直接付着させる方法を検討したところ、良好なpH上昇効果が得られた。今回検討した条件の中では、処理条件80℃-24h-10mbarが最も高いpH上昇効果を付与されることが明らかになった。この新しい手法を、酸性紙の図書・文書資料の脱酸性化処理の実用化へと展開するにあたっての今後の課題は、実験条件とくに加温条件の緩和の検討である。

2012年度活動報告

本研究は、日本の酸性紙研究で未解決となっている課題のうち、1.実践レベルでの紙資料の大量強化処理、2.既存の気相型脱酸性化処理法の弱点克服、これらに新たな展開を提示することを目的としている。
1.紙資料の強化処理の一手法であるフリース法を科学的に検証した。フリース法とは、脆弱化した紙資料の表面に新たな強化繊維層を薄く均一に貼り付ける方法である。強化繊維により新たな強度を得ることができ、既にドイツでは実用化されている。しかしながら、薄い繊維層を使用しても表面を覆ってしまうため、文字情報が読みにくくなるという欠点をもつ。そこで、(1)強化繊維層の厚さ、(2)強化繊維のパルプ化条件、(3)強化繊維の種類、これらを検討し、劣化抑制効果を検証した。また、(4)楮の薄紙の表打ちによる強化法を併せて試験し、劣化抑制効果を比較した。結果、フリース層の厚さは坪量2g/m2程度であれば比較的文字情報を阻害することなく、強化物性が最適であることが分かった。楮繊維のパルプ化条件として、ヘミセルロース分や微細繊維の水洗除去の有無を比べたが、顕著な差異は認められなかった。強化繊維の種類では、楮、三椏、雁皮のいずれにおいても強化効果が確認できた。
2.従来のドライ・アンモニア・酸化エチレン法の改良法として、酸性物質の中和剤であるエタノールアミン類の一種ジエタノールアミン(DEA)を揮発させ、酸性紙に直接付着させる方法を検討した。DEAを用いた気相処理により、良好なpH上昇効果が得られることが分かった。また、脱酸性化処理後の試料は、通常の環境条件下の保存において、pHの低下はほとんど認められなかった。DEA処理は、105℃及び80℃/65%r.h.の加速劣化処理条件において、酸性上質紙の耐折強さ、ゼロスパン引張強さの劣化抑制効果を示した。
上記結果をもとに、1.と2.のそれぞれにおいて次年度の研究を進める準備が整った。