国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

高齢者介護と相続の相関にみる沖縄の「家族」に関する人類学的研究(2013-2015)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 加賀谷真梨

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、介護保険サービスの拡充後もなお「家族」が高齢者の生に対する責任を手放さない要因を「継承」という行為それ自体を重んじる日本人の観念に由来すると仮定し、それを高齢者介護と位牌や土地の相続との相関に関する実態調査を通じて検証する。調査地は、位牌継承における長男の単独相続と親の介護・扶養とが理念的・実体的に結合した沖縄の波照間島と久高島とする。高齢者とその「家族」間にどのようなパワーポリティクスが展開し、数いる成員の中からいかなる論理に基づき特定の介護者が選定され、また、位牌と土地の相続はそれぞれどのような論理で決定されたのか、介護と相続という本来別個な行為が「家族」というチャネルを通じて同一化/非同一化する局面に立ち現れる論理と、そこに読み取れる合理性を明らかにする。その上で、「家族」が何を希求する集団なのかを見定め、高齢者の生に対する責任を手放さない日本の「家族」の深奥に迫る。

活動内容

2015年度活動報告

平成27年度は、妊娠出産および育児に伴い、やむを得ず研究を中断した。研究成果を僅かではあるが下に記す。
まず、重要な成果として加賀谷が編者の1人として加わった比較家族史学会編 『現代家族ペディア』(弘文堂)が7月に刊行された。同書で加賀谷は大項目「高齢者福祉と家族」に加えて小項目「高齢者のセクシュアリティ」「家族介護者への支援活動」「高齢者福祉の地域差」を執筆した。これらの執筆には本研究を通じて得た知見が盛り込まれている。また、沖縄が歩んできた歴史と人々の味覚との相関に関するコラムを「大人の味、異国の味、憧れの味 ルートビア」と題して雑誌『Vesta』に投稿した。
さらに、本研究で調査対象としている波照間島の介護NPOと同様に、ボランタリーアソシエーションとして位置づけられる神奈川県の女性団体に着目し、その活動が4半世紀以上継続している背景を読み解いた論文「An Alternative Place for Women: A Case Study of Women' s Support Activities in Japan」が『Senri Ethnological Studies』から発刊された。

2014年度活動報告

平成26年度は、沖縄県内で平成12年に同じプロジェクト傘下で開始された離島の高齢者地域介護事業の現在の状況について、波照間島と久高島で比較調査を行った。今年度初めて久高島に赴き、同活動の継続が困難であった背景を、島の歴史、生業、社会構造等との連関に留意しながら明らかにした。その結果、近代化(世俗化)のうねりに対して、久高島の人々が霊的世界をそのまま保持し、それに依拠することで対応(対抗)しようとした戦略が、間接的に地域介護をはじめとする祭祀以外の自律的な活動の継続を困難にしていることが明らかになった。
具体的な研究成果として、波照間島における地域介護をめぐるコンフリクトについて、5月16日にIUAESにおいて「Family and “family-like” people: conflicts over community-based elderly care」と題する研究発表を行った。また、地域介護の継続要因を再帰性という観点から読み解いた論文「ジェンダー視角の民俗誌―個と社会の関係を問い直す」を、森話社刊行の『<人>と向き合う民俗学(2014)』に寄稿した。久高島の調査結果に関しては、国立民族学博物館のウィークエンドサロンで発表した。さらに、ボランタリーアソシエーションの維持や存続の仕組みという観点から神奈川県で女性相談活動を行う非営利女性団体を読み解いた英語論文「An Alternative Place for Women: A Case Study of Women's Support Activities in Japan」を国立民族学博物館発行の『Senri Ethnological Studies』に上梓した。

2013年度活動報告

平成25年度は、領域横断的に国内外の「介護と相続」に関する文献をレビューした。介護サービスを利用しながら自律的な生活を送るために転居も厭わない個人主義が徹底した北欧とは異なり、日本では高齢者の生の分有体として血縁家族が認識されてきたため、介護保険法施行後も家族が介護から分離しにくいこと。そうした家族観が、介護者の寄与分を考慮せずに血縁者間で相続の権利を主張し合う事態を招いていることを明らかにした。父系的家社会の中国や韓国では、互酬性という論理に基づき配偶者の代襲相続権が認められているのとは異なり、個は家に帰属するという日本の家制度下における個の不在もまた、高齢者介護に互酬的関係を見出していく視座を排除してきたと解釈できる。
また、高齢者介護と土地の相続の相関に関する実態調査を行う予定の久高島で展開されてきた土地総有制の沿革を文献を通じて明らかにした。その結果、次年度の現地調査では、土地制度のみならず、家単位で相続される位牌や家屋、屋号の継承論理も明らかにすることで、家永続の願いと土地総有制という二つの矛盾する理念の相克を前景化させ、それらの理念と現実の介護実践とが交錯する有り様を立体的に描出できそうであることがわかった。
平成25年度の具体的な研究成果として、本研究課題の調査地の1つである波照間島における介護の実態を日本民俗学会で発表し、その発表原稿に加筆修正を加え、森話社から発刊される『民俗学的人間観の探求(2014)』に寄稿した。また、国立民族学博物館で開催された国際シンポジウム「Social Movements and Production of Knowledge」において、DV被害者のための民間シェルターを運営してきた神奈川県のNPO法人の活動実態を事例に、現在国が後押ししている地域住民の再組織化を通じた地域介護の実践の今後の見通しを予見した。