国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

近現代インドにおけるヒンドゥー寺院運営の意義――商業集団マールワーリーを事例として(2013-2014)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 田中鉄也

研究プロジェクト一覧

目的・内容

インド並びにグローバル経済で躍進を続ける商業集団マールワーリーは、コミュニティの「発現地」であるラージャスターン州各地にヒンドゥー寺院を建立してきた。私は、同州ジュンジュヌー県に存するラーニー・サティー寺院を調査対象として、同寺院を運営するジャーラーン・コミュニティによる1912年の寺院基金設立から複合寺院施設の完成までの歴史的過程を、ジャーラーンによる「コミュニティ結集」と分析する。彼らの寺院運営は、社会的支配者としての世俗的権威を証明するというよりは、自らがいかなる存在であるのかをコミュニティの内外に公的に発信する営為と解釈できる。注目すべきは80年代以降、同寺院は、ジュンジュヌーだけでなく、インド国内外に積極的に分祀され、各地で同名寺院が建立・運営されてきた。同寺院の拡散は、ラージャスターン州を出自としながら、19世紀から本格的に商業都市へ移り住んだマールワーリー(ジャーラーン)が希求するアイデンティティ、すなわち「(ラージャスターンを故郷とする)地域性」と「(ディアスポラ商人としての)移住性」とを併存させる意図がみられる。私は、インド国内外の4つの分祀寺院の拡散過程とそれぞれの運営史を探ることによって、地域社会からグローバル経済までを横断しながらも、「故郷」との繋がりを強化してきたマールワーリー・アイデンティティがいかに形成されたのか、その歴史的変遷を明らかにする。

活動内容

◆ 2014年4月より転入

2014年度活動報告

インド経済のみならずグローバル経済でも躍進を続ける商業集団マールワーリーは、コミュニティの「ふるさと」であるラージャスターン州各地にヒンドゥー寺院を建立してきた。彼らの寺院経営において、私は彼らが「王」ではなく「寺院経営者」として自認している点に注目した。寺院経営の担い手が王から商人へと変質したことは、イギリスによるインド植民地経営という支配構造の転換と軌を一にしている。端的に言えば植民地政府がイギリス式信託制度を導入したことで、寺院経営におけるかつての担い手が没落し、他方でマールワーリーがそれに適応し寺院経営に乗り出していったのである。寺院を経営するにあたり公益信託の組織化を義務づけた植民地政府の目論みとは、財政的・政治的に寺院を管理することにあった。
公益信託制度は独立後も継承されたのだが、それを統括・管理する行政部門と関連法が制定されたことによって、国家による寺院の管理はむしろ強化されたと言える。しかし公共空間における活動が管理下におかれながらも、寺院経営者のマールワーリーは「公益に資する限り」宗教・世俗両分野に渡って積極的に活動することで、自らの地位・名誉を維持してきたのである。このように英領インド期に導入された公益信託制度に着目して、マールワーリーによる寺院経営、ひいては近現代インド社会における寺院経営の特質を読み解くことができた。それは、すなわち国家によって管理された状況下においてもなお「公益性」を基礎として生み出される名誉のポリティクスと解釈できる。