国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

博物館展示の再編過程の国際比較による「真正な文化」の生成メカニズムの解明(2013-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 太田心平

研究プロジェクト一覧

目的・内容

各国の民族学博物館では、韓国・朝鮮文化の展示が劇的に改装されつつある。本研究では、諸博物館で同時進行するこれらの改装作業を調査し、各準備過程の共通点と相違点を明らかにする。
本研究の目的は2つある。第1は、韓国・朝鮮研究の立場から、民族学、特に知識人類学の分野に理論的に貢献することである。韓国・朝鮮の「真正な文化」が再編される様相を、深層的かつ総合的に分析することで、民族文化の権威的知識が生成されるメカニズムの解明に寄与する。
第2は、博物館展示学に寄与するためのもので、展示の準備過程の国際比較である。同時に進む同類の改装作業を包括的に精査して、展示実践の過程と、近未来の博物館像を演繹的に解明する。本研究は博物館展示を、完成した展示の良悪や善悪や正偽で評価しようとするのではない。その準備過程に潜む文化的な装置に着目し、ブラック・ボックスとされていた展示準備過程を解明するものである。

活動内容

2017年度活動報告

今年度は、アメリカ合衆国でこれまでの成果公刊の準備をおこなうとともに、日本に海外研究協力者を招いて共同調査と分析作業を実施した。日米韓におけるこれまでの研究を比較の観点から検証し直すため、オランダとデンマークの各博物館で聴き取りおよび参与観察にもとづく現地調査をおこなった。
今年度に特に着目したのは、博物館職員の職業倫理(work ethic)と展示活動の相互関係である。組織社会学や組織心理学で主に計量的手法で論じられる職業倫理という概念は、一般社会でしばしば公正な働き方への意識と誤解されるが、むしろわが国では「働きがい」と言い換えうるものである。研究職員以外も含めた博物館職員が日常業務と職場環境に賃金以外の価値を見出すことと、博物館展示の質がどう関係するのか、海外研究協力者たちと調査・研究を進めた。
また本研究は、博物館展示の構築過程を明らかにするという目的のため、特定の博物館の内情、特に人間関係や人事規約といった事項を扱わざるをえない。そうした事項を含む研究成果を公開するためには、関係する個人を匿名にするという社会文化人類学の古典的な手法による人権擁護法に加え、博物館経営に不利益を与えない努力も必要となる。本年度は、昨年度までに完了した研究内容について、この点をさらに慎重に検討した。
これらにより、これまでの成果の一部を、海外研究協力者たちとの国際共著という形で雑誌論文として投稿し、掲載された。その他の雑誌論文は、本事業の期間内に掲載が決定しなかったが、本事業によって生まれた海外研究協力者たちとの協働関係をもとに、それらの公刊作業も進めている。また、韓国・朝鮮文化をいかに表象すべきかという課題の成果を国際的に還元するため、米国の学会で発表し、韓国の大学で講演をおこなった。

2016年度活動報告

今年度は、アメリカ合衆国でこれまでの成果公刊の準備をおこなった。
本研究は、博物館展示の構築過程を明らかにするという目的のため、特定の博物館の内情、特に人間関係や人事規約といった事項を扱わざるをえない。そうした事項を含む研究成果を公開するためには、関係する個人を匿名にするという社会文化人類学の古典的な手法による人権擁護法に加え、博物館という組織体の機密を保持し、経営に不利益を与えない努力も必要となる。このため、本研究では研究成果を研究対象に事前に開示し、公開しようとしている内容に誤記載や不都合がないかを確認することを、重要な過程と位置づけてきた。本年度はこの点をもっとも重要な達成目標とし、十分な結果をえた。
また、韓国・朝鮮文化をいかに表象すべきかという問題につき、これまで博物館という表象装置の調査研究によって培ってきた知見を活かして、文化人類学および東アジア文化論の学部生向けの教科書を共同執筆し、共同編集にもあたった。現在、刊行準備中である。

2015年度活動報告

今年度は、4月から1月にかけて、米国と韓国とカナダの博物館の展示に関する調査をおこない、その結果を1月の国際ワークショップと3月の国際学会にて発表した。
この期間に進めた研究は、韓国・朝鮮の伝統文化を展示する際に、どういった基礎資料が使われるのかに着目したものである。韓国・朝鮮の「真正な」文化をどう定義するかは、本研究のこれまでの結果により、その作業を担当する者の裁量によるところが大きいことがわかっている。しかし、その作業を担当する人物は、研究者だけと限らない。現地人とも限らない。先行研究で軽視されてきたこの点について、そういった基礎資料の作成をになうアクターはどういった人びとでありえるのか、そのアクターの属性の差によりどのような「真正な」文化が展示されることになるのかを明らかにすることが、今年度の課題となった。
今年度は、特に韓国・朝鮮の陶磁器の展示に着眼し、どういったアクターが「真正な」陶磁器文化の基礎資料を提供するのか、アクターの差によりどのように多様な展示がありえるのかを調べた。具体的には、美術史研究においてもっとも指示を得ている韓国・朝鮮の陶磁器の4カテゴリーにそって構成された展示(ロイヤル・オンタリオ博物館など)、日本の民藝運動の言説にのっとって知識人や収集家が作り上げた朝鮮白磁を偏愛する展示(インターナショナル・ミンゲイ・ミュージアム等)、そして比類ない美しさといわれ代表的な韓国土産にまでされつつも博物館で軽視される傾向がある高麗青磁をあえて多く陳列するという稀な展示(フリーアー博物館)を事例に、それぞれの背景に潜む比較研究をおこなった。

2014年度活動報告

4月から1月にかけて、米国と韓国の博物館に関する聴き取り調査をおこない、その結果を3月の国際会議にて発表した。
今年度は特に、韓国・朝鮮の伝統文化を展示する際に、どういった階層の人びとの文化を展示することが相応しいと考えられるかという問題に着目し、研究を進めた。韓国・朝鮮の「真正な」文化の具現としてもっともよく語られるのは、(旧)在地士族層という人びとである。このため、博物館の文化展示でも、(旧)在地士族層の文化を表象しようというものが、20世紀には多く作られた。ただ、21世紀の韓国・朝鮮研究者たちはこれに異議を呈するようになった。背景には、(旧)在地士族層とはかなり違った特徴をもつ(旧)在京士族層についても研究が進んできたこと、そもそも(旧)士族層が韓国・朝鮮で少数者に過ぎないという認識が広まったことなどがある。
しかし、(旧)在地士族層に関する展示を韓国・朝鮮の文化展示から外すことは、容易なことといえないことが、本研究から確認できた。理由は第一に、博物館を訪ねる観覧者たちが「お決まりの」韓国・朝鮮の文化展示を期待するため、それを逸脱した展示は期待を裏切ることになるからだ。また第二に、21世紀の研究潮流を識らない同僚たちが、韓国・朝鮮研究を専門とするキューレーターたちの計画に待ったをかけることがあるからである。そして第三に、(旧)在地士族層以外の人びとが、展示されることを望まないことが多いからである。
上記の第一の理由は、「文化の監査」という問題系として、社会文化人類学で議論されてきたものに属する。第二の理由は、専門性への介入の問題として、産業社会学で語られてきたものと、節合点を有する問題であるといえた。そして第三の問題は、これまでほとんど注目されることがなかったものの、文化展示がいかに作られるかという議論に欠かすことが出来ないものとして、本研究から発信できた。

2013年度活動報告

各国の民族学博物館では、韓国・朝鮮文化の展示が劇的に改装されつつある。本研究では、諸博物館で同時進行するこれらの改装作業を調査し、各準備過程の共通点と相違点を明らかにする。
本研究の目的は2つある。第1は、韓国・朝鮮研究の立場から、民族学、特に知識人類学の分野に理論的に貢献することである。韓国・朝鮮の「真正な文化」が再編される様相を、深層的かつ総合的に分析することで、民族文化の権威的知識が生成されるメカニズムの解明に寄与する。第2は、博物館展示学に寄与するためのもので、展示の準備過程の国際比較である。同時に進む同類の改装作業を包括的に精査して、展示実践の過程と、近未来の博物館像を演繹的に解明する。
本年度には、日本、米国、ロシアにある3つの民族学博物館で、インタビュー調査および参与観察調査をおこなった。この作業で明らかとなったのは、博物館の展示を創りあげる唯一の主体は学芸員だというこれまでの定説が、大きな誤りを含んでいるということである。実際のところ、展示というものがどういう内容や形態になるかは、学芸員以外の博物館職員、および展示に関わる外部業者の裁量により、大きく左右されることがわかった。