国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代イランにおける東洋的身体技法の実践とイスラーム的転回をめぐる人類学的研究(2014-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 黒田賢治

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、空手道・ヨーガという二つの東洋的身体技法の受容メカニズムの検討を通じ、イスラーム復興現象を後期近代化社会における文化的現象の一つとして、他地域の文化現象との比較研究を可能とする理論的枠組みの構築を目的としている。
これまで現代イスラームの展開をめぐっては、西洋との二者関係のなかで捉えられる傾向もあり、特殊論や本質主義的な議論に陥るきらいがあった。そのため他地域の文化現象との比較をはかるというよりは、イスラームに内在的な論理を明らかにすることを中心に捉えた研究の傾向が強かった。そこでイスラームを西洋との二者関係ではなく、多角的な対他関係を捉える事例として世界的に拡大している空手道とヨーガという二つの東洋的身体技法のイランにおける展開を事例に、イスラームと関係づけられてきた事象と他地域の文化現象との比較を可能とする理論的展開を試みたい。

活動内容

◆ 2016年4月より転入

2017年度活動報告

本年度においては、これまでの研究成果の統合と同時に、積極的な研究成果発信を第一とした研究計画を実施した。
昨年度の計画変更のように、空手に限定しながら、イスラームを媒介とした異文化の事物の受容のプロセスについて研究成果の統合を行った。イラン革命後、新たなイスラーム国家の理念を共有する団体によって、空手道を新国家が推奨する理念と結びつけてきたことがこれまでの調査過程で明らかになった。このような試みは、近代から太平洋戦争中にかけた日本における武道の発明とイデオロギー化とパラレルな現象として相対化することが可能であることを指摘した。端的に言えば、イランにおける空手の「道」化が、革命後のイランで一部の団体においては展開してきたということである。大多数のイランの空手団体においては、このような「道」化が進んできたわけではなかったものの、「道」化した空手が存在することによって、空手の存在がイスラーム的であるとしてイスラーム国家にとっても受容されることになった。その結果、イラン革命後に例外的に国家によって推奨された近代スポーツとして、80年代半ばには国際大会への復帰が可能となり、イランの空手文化の発達が起こってきた。
このような部分的なイスラームとの繋がりが、全体としての事物の受容とさらなる文化的発展を生み出してきたことを最終年度の研究成果としてとりまとめるとともに、昨年度までの研究成果の発信並びに、本年度に得られた研究成果の発信を行った。国際学会でのパネル組織や論文等による成果公開という研究者に向けた発信に加え、昨年度に課題としてあげた一般の読者に向けて発信できるように一般書における発信の準備を整えた。

2016年度活動報告

本年度においては、フィールド調査として、空手連盟本部や連盟が管理する道場に加え、連盟の文化部部長を務める人物が代表をつとめる空手団体に着目し、参与観察を実施した。同団体の本部及び支部は、いずれもテヘラン市内のモスクの敷地内に道場を構えており、稽古の始まりや終わりには祈願(ドアー)やクルアーンの朗誦が行われていた。また成人男子の稽古の開始前あるいは終了後が、日没の礼拝時間と重なりを持つことから、敷地内のモスクで集団礼拝を行っているなど、空手の稽古とイスラーム実践が重なりを持っていた。さらに一般的な空手道場においては、稽古の掛け声として日本語に順ずる言葉が用いられるものの、同団体においてはそうした言葉はまったく使われず、代わりに平易な宗教的語彙が用いられていた。
こうした空手団体は、先行研究で指摘されてきたように80年代に戦時下に置かれた国家がスポーツ活動の支援を中止した際に例外として支援された、体制のイスラーム・イデオロギーを強化させるモスクを中心とした格闘技スポーツの活動を引き継ぐものであると評価できることが調査から明らかとなった。しかしながら、こうした活動は、団体代表が和道流空手道の故鈴木辰夫氏の指導を受けたことがあることや和道流の競技会に練習生が参加してきたことから、ガラパゴス化によるものではなく、近代スポーツの枠組みにありながら、異文化を自文化へと翻訳する現代イラン的展開の特徴として解釈可能であることが理解できた。
調査結果の一部については、本年度における国際ワークショップでの報告に加え、次年度において、現代における共同性のあり方として国際学会においてパネルを組織するとともに報告を行う予定である。