国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

オーストラリア多文化主義下の先住民とスーダン難民の緊張関係をめぐる人類学的研究(2014-2016)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 栗田梨津子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、1990年代以降、多文化主義の後退が叫ばれるオーストラリアで社会の最底辺におかれた先住民とスーダン難民の緊張関係について、第一に、多文化主義言説における両集団の位置付け、および主流社会における両集団の受け止められ方、第二に、両集団の政治的・社会経済的状況、第三に、集団間の日常的な相互作用の中で緊張関係が生じる具体的状況、および両集団の「ブラック」としての自己認識と白人に対する態度を明らかにする。その上で、集団間の緊張関係の諸要因を多文化主義に内在する白人性との関連において考察し、反多文化主義の時代におけるマイノリティ集団の支配の構図に関する新たな理論を構築することを最終的な目的とする。

活動内容

◆ 2015年4月より転出

2015年度実施計画

平成26年度に得られた結果を基にして、当該年度では主に南オーストラリア州における先住民とスーダン難民の政治的・社会経済的状況および両集団間の社会的相互作用の実態に着目する。年次前半は、政府統計を基に、南オーストラリア州における1990年代以降の先住民およびスーダン難民の就業率、平均所得、社会福祉金の受給率の推移を把握する。特にスーダン難民に関しては、受け入れの背景や南オーストラリア州における難民への生活支援の方針を明らかにする。また補足的に、アデレード北西部郊外にて3週間の現地調査(8月を予定)を行い、政府系・非政府系の難民支援組織や自助組織、およびスーダン難民への支援を提供している教会関係者への聞き取り調査を通して、調査地域のスーダン難民の社会的ネットワークの様相や地域社会における白人住民との関係を把握し、それをこれまでの調査で明らかになった同地域の先住民の場合と比較する。その上で、両集団がおかれた社会経済的状況および主流社会との関わり方の共通点と相違点を明らかにし、両集団間の緊張関係をもたらす社会的要因について考察する。
年次後半は、アデレード北西部郊外の貧困地区で2ヶ月間(2月~3月を予定)の現地調査を実施し、両集団間の日常的な相互作用の実態を把握する。まず、組織レベルでの両集団間の相互作用の場として、地域で催される多文化祭や文化交流プログラムで参与観察を行い、両集団の参加の度合や、両集団間での交流の様子を観察する。次に、個人レベルでの両集団間の接触の場として、もう一方の集団に対する不満が最も表面化しやすい地域の福祉事務所や公共交通機関、コミュニティーセンター、若者のための社交クラブでの参与観察を通して、緊張関係や対立が生じる具体的状況を明らかにする。なお、補足的に同地域の警察や多文化問題担当の政府職員を対象に、これまで両集団間で生じた対立の頻度、経緯、状況に関する聞き取り調査を行い、データの拡充を図る。なお、この時期までの調査結果を基に、両集団間の緊張関係をもたらす諸要因をまとめ、日本オーストラリア学会で報告する。

2014年度活動報告

今年度は、1990年代以降のオーストラリア多文化主義政策における先住民とスーダン難民の位置付け、および主流社会における両集団の受け止められ方を明らかにすることを目的に、日本とオーストラリアで主に文献研究を行った。まず、オーストラリアのスーダン難民に関する文献を収集し、その歴史的背景、社会経済的状況、教育や差別などの問題に関する情報の整理を行った。同時に、オーストラリアの難民政策や難民に対する社会福祉サービスの実態を調査し、既に研究の蓄積がある先住民の状況と比較した。
また、主流社会が両集団に対して抱くイメージに関しては、南オーストラリア州立図書館にて情報収集を行った。スーダン難民の受け入れが本格化した2000年以降の全国紙および地方紙における両集団に関する記事や読者投稿欄を参照する中で、スーダン難民と先住民の若者が頻繁に組織化した犯罪集団と結び付けられ、社会の逸脱者として描写される傾向があることがわかった。さらに、アデレード郊外での予備的な現地調査では、難民支援組織や先住民組織の職員、および両集団との関わりのある白人住民に対して聞き取り調査を実施し、人々の両集団との経験とマスメディアによる両集団の描写の隔たりが明らかになった。
今年度の研究の意義は、1、研究の蓄積が少ないオーストラリアのスーダン難民が置かれた社会経済的状況を確認したこと、2、両集団の社会経済的状況を比較することで多文化主義政策における両集団間の位置付けを明確にしたこと、3、両集団に対する主流社会の眼差しの比較・分析を通して、多文化主義をめぐる政策や言説と一般市民による多文化主義の受け止め方の違いを浮き彫りにしたこと、である。