アラビア語方言資料のデータベース構築とそれに基づく共時的・通時的文法研究(2008-2010)
目的・内容
これまでのアラビア語研究(とくに方言研究)においては、各地域ごとの方言記述が主たる目的であったが、この種のデータがかなり蓄積された現在では、さらなる課題として地域方言の比較研究、またはある地域方言の通時的研究が期待される。本研究では、このような目的に資するデータベース、すなわち「アラビア語方言」や「口語アラビア語」等の名称で呼ばれるアラビア語変種の関連書誌情報データベースを作成し、アラビア語方言研究の全体像を提示することを目的とする。また複数の方言の比較研究や通時的研究も行う。
活動内容
2010年度活動報告
平成22年度は、アラビア語方言の歴史的変化を探るための一次資料として、主にMiddle Arabic資料(古典アラビア語と方言・口語的要素とが混在した言語によって書かれた書記記録)の収集と分析に取り組んだ。
- 9月にフランス国立図書館において、同館が所蔵する17世紀から20世紀初頭までのアラビア語方言およびMiddle Arabic関連資料を調査した。そこで、聖書のアラビア語訳(17世紀)、シリア方言の教科書(18世紀)、エジプト方言で書かれた個人発行新聞(19~20世紀)、逸話集の写本(17世紀)など、多様な資料を実見し内容を把握することができた。
- 近年Middle Arabic資料として注目されている『アラビアンナイト』テキストから、先行研究が扱っていない刊本の言語学的分析を行った。これは、『アラビアンナイト』の主要刊本の一つである「カルカッタ第2版」の全文データベース(筆者もその作成に関わった)を用いて、Middle Arabicの特徴といわれる正書法上の逸脱や口語的語彙などの要素を抽出し、その分布を明らかにしたものである。この成果は、データベース作成・利用におけるアラビア語処理の問題に重点を置いた口頭発表と報告論文(第89回人文科学とコンピュータ研究会、2011年1月)、そして「カルカッタ第2版」テキストにおける書法・言語的特徴の変遷と、それが同版の編纂過程解明の一つの手掛かりになりうることを示した口頭発表(国際シンポジウム「アラビアンナイトのテクスト伝承」、2010年12月)の3点にまとめられた。
- 昨年度から収集を続けてきたMiddle Arabic資料「カラークーシュの裁きの書」諸写本について情報を整理し、写本テキストに見られる口語的要素を分析した。その内容を第9回アラビア語方言学会(イタリア、2011年3月)で口頭発表した。
2009年度活動報告
本研究は、アラビア語地域方言の比較研究および個別方言の通時的研究等に資する書誌データベースを構築することを目的とし、これまで様々な学問的枠組みや背景のもとに行われてきた「アラビア語方言」の記述(アラブ伝統文法学におけるアラビア語方言記述、ヨーロッパの東洋学におけるアラビア語方言研究、現代のアラビア語方言学、各地のアラビア語方言で記された民話や文学作品などを含む)の調査・収集を行ってきた。
平成21年度は、上記書誌データの入力作業を進めるとともに、エジプトにて資料調査を行い、国内や欧米では入手しにくい関連文献や写本(複写)を収集した。また、エジプト方言の歴史的研究として、Middle Arabic(古典アラビア語と方言・口語的要素とが混在したアラビア語)で書かれた資料の分析を行い、論文として発表した。この資料は、『カラークーシュの裁きにおける愚かさの書選集』と題されたエジプト国立図書館所蔵の写本で、内容は12世紀のエジプト人官僚イブン・マンマーティーが同時代の政治家バハーウッディーン・カラークーシュを風刺した逸話集の抜粋である。この写本以外にもいくつかの類本があり歴史研究ではしばしば言及されてきたが、言語研究の資料として扱われたことはなかった。論文では、当該写本をできる限り忠実に転写し、その言語的特徴を分析した。 そこには書法、性・数の一致、疑問詞等に関して、他のMiddle Arabic資料と共通する特徴が見られ、また現代エジプト方言に通じる語彙の使用も認められた。
2008年度活動報告
本年度は、データベース構築・公開の準備として、アラビア語方言に関わる文献収集、国内の主な図書館が所蔵するアラビア語方言資料の調査、さらにこれらのデータの入力作業を行った。とりわけアラビ語方言の「通時的」研究に資するデータベースを充実させることが急務であると考え、ヨーロッパにおけるイスラムへの関心と東洋学の隆盛を背景に編纂された12世紀以降20世紀初頭までのアラビア語研究文献のうち、アラビア語方言を扱ったものについて、重点的に調査した。この中に見られる方言記述の多くは、アラビア語方言学の確立以前のもので、扱いに十分注意する必要はあるものの、貴重な史的言語データといえる。 また、アラブ世界において発行された方言記述文献についても、予備的な資料調査を行った。アラビア語方言の「共時的」研究としては、パレスチナ・ナブルス方言の話者をインフォーマントとし、方言調査を実施した。イスラエル国内のパレスチナ方言については比較的多くの研究が発表されているが、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区は未だ調査の手薄な地域であり、上記ナブルス方言についても体系的な研究は出ていない。今回の調査対象は、ナブルス県内の村落における方言であったが、同じナブルスの「都市方言」とは異なる正則アラビア語により近い形式(例えば歯間摩擦音の保持や2人称・3人称の代名詞における女性複数形の使用)が認められた。パレスチナ方言に広く認められる「村落方言」タイプの一つとして、今後さらに詳細な分析を行う。







