国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

互助実践の外延的拡大とその位相―ラオス北西部と奈良県中山間地域における比較研究(2011-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 森一代

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、日本とラオスの山間地域における住民の互助実践を比較することで、将来的に村落の衰退が危惧されるラオスに、高度成長期以降の日本の経験がいかに活かせるかを、実証的に提示することである。そのためには、(1)ラオスの互助実践がどのような問題を抱えているのか。(2)日本における1970年代以降の互助実践がどのような問題を抱え、それをいかに乗り越えてきたか(若しくは乗り越えられなかったか)、そして(3)前項から明らかになった日本の経験をいかにラオスの事例に補完させることができるか、を明らかにする必要がある。以上の3点を具体的な「問い」として設定し、日本(奈良県十津川村)とラオス(ボーケオ県トンプン郡)における文献・フィールド調査をもとに実証する。

活動内容

2012年度実施計画

本年度は平成23年度に引き続き、住民への聞き取り調査から、互助を取り結ぶ相手との位置づけを明らかにする。以下のウチ・ソトの振り分けを継続的に住民に確認することで、ソトとウチの入れ替わりといった変化について把握する。 また、日本の調査地であった奈良県の十津川村が紀伊半島豪雨災害で大きな被害を受け、災害から一年を迎える本年は復興の基盤となる重要な一年と位置づけられている。村が主導する災害の記録誌の制作をはじめとし、個人や団体のボランティアが積極的に村外から支援活動をおこなっている。そのため、本年度は、災害復興支援を行う個人ボランティアらが、どのように支援を発展させていくのか、十津川に継続的な支援を続ける背景について、継続的に情報を収集していきたい。

ラオスについては、2年前にはなかった若年層のビエンチャンへの出稼ぎが調査地で確認されている。まだ第一期の出稼ぎ労働者が出たばかりであるが、隣国タイへの労働移動と並行して、これから国内の労働移動がどのように発展していくのか、引き続き継続的な調査をおこなっていきたいと考えている。

個人(家族)レベル

  • トンプン・パクター郡
    1. ソト(他民族集団、旅行者、タイ・中国・ベトナム系商人)
    2. 半ソト(タイへの出稼ぎ労働者)
    3. 半ウチ(他村からの移住者)
    4. ウチ(血縁と地縁を含む在村者)
  • 神納川地区
    1. ソト(釣り客、観光客、グリーン・ツーリズム、災害復興ボランティア)
    2. 半ソト(他出家族)
    3. 半ウチ(他村からの移住者)
    4. ウチ(血縁と地縁を含む在村者)

組織レベル

  • トンプン・パクター郡
    1. ソト 新規参入プロジェクト(タイ・中国系企業、国際機関、GTZをはじめとする現地NGO)
    2. 半ソト 寺院のネットワーク(アメリカ・タイ)
    3. 半ウチ 血縁(phi nong)による互助組織
    4. ウチ 村落社会における党組織(青年同盟、女性同盟)
  • 神納川地区
    1. ソト 村外者を対象としたグリーンツーリズムや災害復興ボランティア
    2. 半ソト 他出家族による組織
    3. ウチ 村営組織(組合)、地縁にもとづく互助組織(婦人会、青年団、組)
2011年度活動報告

本研究は、ラオスと限界集落化の危機に直面する日本の中山間住民の互助体系について考察し、互助の適用が可能であるかを検討するものである。本年度は、調査を予定していた奈良県の十津川村が紀伊半島豪雨災害で大きな被害を受け、即時的な調査が不可能になった。そこで「十津川サポーター」というチームを立ち上げ、義援金・寄付金を送る活動を開始し、150名の協力者が集まった。活動拠点が徐々に広がるにつれ、同様に豪雨災害からの復興に向けて活動する、個人ボランティア団体やNPOとの相互交流が活発化し、主催者らに聞き取り調査を行うことができた。どのプロジェクトもNPOや機関といった所属を持たない個人の集まりであるため、面識のない企業からの賛同を得られにくいなどの課題を抱え、今後の活動を模索する一方で、同質の悩みを共有する復興プロジェクトの結束は高く、インターネットを通じて、東日本大震災の復興支援をおこなう災害ボランティアグループとも積極的な情報共有が行われている。3月に滋賀で実施された個人(災害)ボランティア交流会でも、東日本大震災と紀伊半島豪雨災害の復興支援を行うプロジェクトが一堂に会したのはその象徴と言える。

2012年2月から3月は奈良県十津川村神納川地区で現地調査を行い、約10日間道路が崩落し、字間の通行やライフラインが寸断された状況下で、各字がどのような対策を講じたかについて、五百瀬、内野、山天の住民に聞き取り調査をおこなった。廃校になった小学校に避難していた住民らは、年齢や希望に応じて衣食住の役割分担をおこない、体力に余裕のある男性は、徒歩で山天や内野に安否確認に出向いた。そのうえで、物流の基地となっていた五百瀬から、各字の現状と必要な物資を役場に無線で連絡するとともに、6つの字の住民を総動員し、独自の判断で各字を結ぶ県道や林道を補修していたことが明らかになった。