国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日本学術振興会 アジア・アフリカ学術基盤形成事業

アフリカにおける文化遺産の危機と継承-記憶の保存と歴史の創出
Preserving the Cultural Heritage of Africa: From Memories to Histories. 日本側コーディネーター:吉田憲司(文化資源研究センター)

英語

この研究は、アジア・アフリカ学術基盤形成事業のひとつとして、日本学術振興会から支援を受けて実施されているものです。

日本側実施組織
拠点機関:人間文化研究機構 国立民族学博物館
実施組織代表者:館長 松園万亀雄
協力機関:名古屋大学大学院文学研究科、大阪芸術大学芸術学部、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
事務組織:国立民族学博物館 研究協力課国際協力係および財務課経理係

相手国側実施組織
拠点機関:ルサカ国立博物館、ナイジェリア大学総合芸術学部、マリ人文科学研究所、ヤウンデ大学美術考古学部、ウィットウォータースランド大学芸術学部、タンザニア国立博物館機構

研究の目的

本事業は、国立民族学博物館が蓄積してきた博物館学的知見とアフリカ地域研究の成果を基礎としつつ、将来にわたって維持可能な学術協力ネットワークをアフリカ諸国の研究機関との間に形成し、アフリカにおける文化遺産の創造的継承に貢献しようとするものである。

その目的をはたすため、本事業では博物館を核として、(1)文化遺産に関する情報や資料を収集し、(2)アフリカの風土や歴史をふまえつつ、それらの情報や資料を分析・展示・保存し、ひいては文化遺産を効果的かつ持続的に継承するための基盤を整え、(3)そうした活動から得られる知見を博物館学やアフリカ地域研究に還元していく。

いわば、文化遺産保全という実践的課題に向き合いながら、地域に根ざした博物館学を構築し、そのプロセスをとおして研究交流を深めていくのがねらいである。このことにより、近代化などの社会変化に対して脆弱な各種文化遺産が保全されるだけでなく、各国の潜在的な文化的創造性が高まるという効果がもたらされると考える。

研究の内容

今、アフリカの文化遺産の国外流出が大きな問題となっている。

多くのサハラ以南アフリカ諸国では、独立後半世紀を経た現在、主として経済的な苦境のためにさまざまな活動が停滞している。本事業に関わる広い意味での文化研究や、博物館による収集・保存・展示活動なども、例外ではない。冒頭で述べた文化遺産の国外流出は、それを象徴する問題である。その一方で、同地域ではさまざまな民族がみずからの文化遺産を見直し、それらを核に自民族独自の文化を継承・創造する動きをみせている。こうした動きは政治や経済とも無関係ではなく、国を越えた地域的アイデンティティの確立によって紛争を解決し、異文化理解を背景に国内外の信頼を強化し経済的発展をもたらす可能性を秘めている。こうした状況において、文化遺産研究や博物館活動の振興は、アフリカ地域における苦境の悪循環を断ち切る契機となりうる。

そこで本事業では、サハラ以南アフリカ6ヶ国の大学や博物館を相手側拠点機関として選び、文化遺産の共同調査や、その継承に関するセミナーを開催する。日本でのセミナーにおいては、日本を含む7ヶ国すべての拠点部局関係者、および一部の研究協力者が集まり、文化遺産継承の現状と課題に関して情報を共有したうえ、日本側研究拠点が蓄積してきた博物館技術に関して実地研修をおこなう。たんなる技術移転を目的とするのではなく、収集から展示・保存までの一連の作業に日本側と相手国側が共同でたずさわることにより、文化遺産の継承にまつわる諸々の問題を共同で発見・解決することに主眼がある。

 

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2007年度の計画

昨年、国立民族学博物館(日本側拠点機関)の竹沢尚一郎がマリにおいてアフリカ最古とされる紀元1千年紀初頭の王宮の遺構を発見した。同遺跡の発掘は、ア フリカの歴史そのものを書き換える可能性を有している。2007年度において、本プロジェクトでは、このマリに日本の研究者を派遣して現地の実態調査と共 同研究をおこない、同遺跡を一つのモデルとして、アフリカの文化遺産の継承と新たなアフリカ史の構築に向けた国際的研究ネットワークすなわち学術基盤の形 成の具体策を策定する。

日本では、上記マリの研究者を含め、前年度までの研究協議会に海外から招聘した研究者を改めて全員招聘し、本事業の成果を総括する共同研究を開催する。事 業計画に掲げた拠点国の代表者が一堂に会して総合的な討論をおこなうことにより、アフリカの文化遺産の現状と課題を改めて俯瞰するとともに、ひろくアフリ カにおける文化遺産を研究・展示・保存するための将来にわたる国際的研究協力体制の基盤を構築することが可能となる。なお、この共同研究の期間中の一部を セミナーとし、本事業の成果を広く公開する。

なお、3年間にわたる本事業の成果として、次の出版物の刊行を予定している。
Yoshida, Kenji and John Mack (eds) in press. Preserving the Cultural Heritage of Africa, Oxford: James Currey Publishers.

2006年度の成果

共同研究

前年度(2005年度)の研究協議会の場で、ナイジェリアにおいて文化遺産の継承が危機的な状況に陥っていることが報告されたため、2006年度の緊急課題として、ナイジェリアにおける研究者ネットワークの形成を支援し、本事業に関わるアフリカ各国および日本がどのように貢献できるかを討議するための現地ナイジェリアでの共同研究を実施した。

一連の共同研究により、同じくナイジェリア国内でも、東部と西部で文化遺産の保全の状況は大きく異なっており、特に早くからキリスト教化し、その後石油の産出を見た東部地域で、有形・無形の文化遺産が危機的な状況におかれていることが確認された。また、参加した研究者は訪問した各地でテレビやラジオに出演し、文化遺産の継承の重要性を訴えるとともに、国際的なネットワークを活用して、その保全・継承の支援をおこなうための指針を策定した。また、今回、エヌグでのシンポジウムにあたって発表された報告を各地の大学での教材として活用できるように、CD による論文集を作成した。

研究者交流

本年度は、前年度の日本における研究交流のための研究協議会に参加できなかったマリの協力研究者、タンザニアの拠点機関の代表者、ならびにマダガスカルの協力研究者を招聘し、コロキアム(研究協議会)「アフリカにおける文化遺産の継承Ⅱ―マリ、タンザニア、マダガスカルの状況をめぐって」を開催して、これまでの成果を共有するとともに、事業体制の拡充をはかった。

また、健康上の理由のためコロキアムに参加できなくなったタンザニアの拠点機関と交流するため、および、データベース共有化(サイバーミュージアム構築)のために南アフリカ拠点機関で研究調整をおこなうため、日本から研究者を派遣した。

以上のような一連の研究者の招聘・派遣により、本事業の中核をなす、すべての拠点・協力機関とのあいだで緊密な研究交流が実現し、国際的な研究ネットワークの骨格を確立することができたのは、本年度の大きな成果である。また、マリ、タンザニア、マダガスカルのそれぞれの地域における文化遺産の状況の異同が確認され、前年度の成果とあわせ、アフリカ全体を視野に入れた文化遺産の現状と課題に向けての展望を得た。これにより、本事業の総括となる2007年度の共同研究・セミナーに向けての準備は整ったといってよい。

2005年度の成果

本年度は、共同研究ならびにその成果公開の場としてのセミナーの実施において中核的な役割を果たすアフリカ諸国拠点機関の代表者を日本に招請し、コロキアム(研究協議会)「アフリカにおける文化遺産の継承」を実施した。協議会では、本研究交流事業に対する共通認識を徹底すると同時に、関係者全員で次年度以降の計画の細部の企画立案をおこなった。開催期間中には、アフリカからの招聘者を対象に、日本における文化遺産の保護・継承の実情の視察を実施し、日本における経験をアフリカの文化遺産保護に生かす際の、問題点と可能性を検証した。また、国境を超えて文化遺産を共有するため、文化遺産目録の作成を共同で進め、今後発展していくであろうアフリカ文化遺産データベースを公開できるかたちに整えた。
 


また、ザンビア国において、今後の共同研究のパイロット・プロジェクトと位置づけられる集中的共同研究を実施した。研究協議会の場では、この共同研究の評価も行い、その結果を踏まえて、次年度以降の共同研究・セミナーの実施形態を確定した。この研究者交流の実施により、本プロジェクトの運営体制が十全に整えることができた。