国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

国立民族学博物館調査報告(Senri Ethnological Reports)

No.70 ベトナムの黒タイ首領一族の系譜文書

2007年5月10日刊行

樫永真佐夫、カム・チョン 著

バックナンバー

刊行の目的および意義

近年、東南アジアの歴史・人類学研究では、これまでの一国史を描き出す研究に変わって、前近代からの地域をこえた人や物の交流や周辺からの視点を加えた歴史の再構築への関心が高まっている。そうしたなか、東南アジア各地で見られる手書きによる諸文字資料も以前より注目されるようになり、それら文字資料の歴史研究への応用可能性が議論されるようになってきた。本稿は、ベトナム西北地方に居住している盆地民黒タイが継承してきた系譜文書に関するものである。ここで紹介する3書は、いずれも黒タイの各首領が仏領下にあった20世紀前半に黒タイ文字で記した手写本である。これらの資料は、声調の区別、いくつかの子音字の区別がない古い字体の黒タイ文字で記されている。本稿では、これら資料の記述を20世紀後半以降に作られた、声調と子音字の区別が明確な新しい字体の黒タイ文字に翻字、校訂する。校訂の過程でどのような手続きと解釈が混入しているかは注で示した。さらに、これらの資料を日本語にも訳し、日本語翻訳の過程、日本語での校訂における問題点を注で示した。
現在ベトナム、ソンラー省の資料庫に保管されているだけで、黒タイ文書は1500点以上を数えている。しかし、ベトナム語やその他外国語で紹介された文書は少ない。また、ベトナム西北部の歴史・民族史研究は、一次資料がどのように加工されて二次資料が生まれたのかが十分に示されないまま、もっぱら二次資料、三次資料に依拠してこれまで展開してきた。一次資料と、その加工過程を明示した本稿は、今後の東南アジア大陸部の歴史、諸民族の歴史認識の研究に資するところが大きい。また、校注作業を黒タイ語で行っている点で、ベトナムの少数民族語での人文・社会科学の可能性を模索した実験的意義を持つ。

 

目次

凡例
Ⅰ黒タイ首領一族の系譜文書「家霊簿」について
  Ⅰ部引用文献
Ⅱ「カム・オアイ家霊簿」2書、「バック・カム一族家霊簿ノート」の日本語訳注
  1 啓定二年カム・オアイ家霊簿(日本語訳・校注)
  2 (スア・ムオン)カム・オアイ家霊簿(日本語訳・校注)
  3 バック・カム一族家霊簿ノート(日本語訳・校注)
  Ⅱ部引用文献
Ⅲ「カム・オアイ家霊簿」2書、「バック・カム一族家霊簿ノート」に基づく系図資料
Ⅳ「カム・オアイ家霊簿」2書、「バック・カム一族家霊簿ノート」の黒タイ語校注
Ⅴ「カム・オアイ家霊簿」2書、「バック・カム一族家霊簿ノート」に基づく黒タイ語系図資料
Ⅵ「カム・オアイ家霊簿」2書、「バック・カム一族家霊簿ノート」原本
 

No. 69 All No. 71