国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

国立民族学博物館研究報告

国立民族学博物館研究報告 2016 41巻1号

2016年8月31日刊行

バックナンバー

目次

 

40巻4号 All 41巻2号

概要

論文

 

 

レプリカの天女様のゆくえ
―バリ島天女の舞トペン・レゴンにおける仮面の複製―
吉田ゆか子

 バリ島南部のパヨガン・アグン寺院に伝わる天女の舞トペン・レゴンは,ご神体の天女の面をかぶって少女が舞うもので,その歴史や神聖性のために特別な価値を置かれてきた。この演目が1980年代に芸術祭に招待された際,寺院側は神聖な仮面の神聖さが損なわれる事を恐れ,レプリカを作成してこちらで代用した。本研究が注目するのは,このレプリカのその後である。
 レプリカや模造品も,生み出されたあと,人々との関係のなかに入ってゆく。現在このレプリカは,特定の寺院祭儀礼でも用いられる。この仮面を,「代用品の仮面」と考える者も,オリジナルの「子ども」と位置づける者も,オリジナルと混同する者もいる。曖昧かつ両義的に意味づけられるこのレプリカの仮面は,天女の舞の上演に特別な魅力を付与してもいる。本論では,このレプリカの仮面が,オリジナルの仮面とは別のやり方で,天女という神格の一部を「創っている」ということも論じる。

はじめに
1 複製や模造品の働き
2 バリ芸能研究のなかの天女の舞
3 天女の舞の機能と概要
4 天女の舞と仮面の歴史性・真正性・神聖性
  4.1 起源の物語
  4.2 仮面の神聖性と禁忌
5 代用品の仮面の誕生
6 レプリカの仮面のその後
7 レプリカの天女様の曖昧さと両義性
  7.1 天女の舞の中核を担う人々―2つの呼び名
  7.2 一般の村民や村外者―誤解や混同
8 2007年のバリ芸術祭における上演
9 考察―子天女様/レプリカの動態と働き
おわりに

* 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所

キーワード:仮面,モノ,レプリカ,天女の舞,バリ

研究ノート

 

 

エチオピアの音楽職能集団アズマリの職能機能についての考察
川瀬慈

 単弦楽器マシンコを奏で歌うアズマリはエチオピア北部の社会において活動を行う音楽職能集団である。当集団は,道化師,放浪の吟遊詩人,政治的な扇動者,社会批評家,庶民の意見の代弁者,王侯貴族お抱えの楽師などとして,古くから社会的に広い範囲で活動を行ってきた。アズマリに関しては,多少の音楽学的な観点からの分析を除き,その具体的な職能機能1)に関する研究成果は非常に少なかった。本稿では,エチオピア北部の都市ゴンダールにおいて活動するアズマリを事例に,当該集団の民族誌的な概説を示すとともに,歌い手と聴衆の相互行為に着目しつつ,特に歌詞の分析を中心にすすめ,その職能機能について考察する。

1 はじめに
  1.1 音楽職能集団
  1.2 調査地の概要と調査方法
2 アズマリの歴史的背景と現在
  2.1 アズマリの歴史的背景と先行研究
  2.2 ゴンダールのアズマリ
  2.3 演奏の形態
3 活動機会
  3.1 結婚式
  3.2 憑依儀礼
  3.3 エチオピア正教の祝祭
  3.4 酒場
  3.5 農作業
  3.6 演奏機会の変容
4 アズマリの音楽的特徴
  4.1 観客との相互行為としての歌
  4.2 定型的パターン
    4.2.1 ほめ歌
    4.2.2 精霊と人の仲介
    4.2.3 国際的なニュース
  4.3 蝋と金
5 考察
6 結語
謝辞

* 国立民族学博物館文化資源研究センター

キーワード:エチオピア,音楽職能集団,アズマリ

資料

 

 

高齢認知症者のエイジング・イン・プレイスに向けた包摂的活動
―アメリカ合衆国における「ブリッジ」のメモリーケアを中心―
鈴木七美

 本稿は,アメリカ合衆国において,高齢認知症者の孤立感の緩和と「エイジング・イン・プレイス」に向けて開発されてきた「メモリーケア」について検討したものである。この実践は,「ブリッジ Bridge」(繋ぐ者)と呼ばれるボランティアが,「バディ Buddy」(仲間)と呼ばれる高齢認知症者と対面の交流を続けることによってなされる。2005年以降,メモリーケアは,非営利組織メモリーブリッジと中等・高等学校の連携により,カリキュラムの一環として続けられ,2006年から2010年に,シカゴ・メモリーブリッジ・イニシアチブのもとで,7,500人以上の中等・高等学校の生徒と認知症高齢者が,少なくとも三か月以上一対一で交流してきた。こうした場で,バディは,ブリッジの指導者・教師と位置づけられている。メモリーケアは,100以上のホスピスにおいても,スタッフやボランティアと認知症者が交流する方途を探ってきた。本稿は,2013年から高齢化率の高いフロリダ州の継続ケア退職者コミュニティと連携し始められた実践をとりあげ,現地調査(2015年11月17日~12月3日)に基づいて,ブリッジたちの経験を検討し「メモリーケア」の意味に考察を加えた。

はじめに―認知症と孤立の問題
1 メモリーブリッジの活動の概要
2 継続ケア退職者コミュニティを拠点としたメモリーケアの実践
  2.1 高齢者対象住居・ケア施設へのメモリーケアの導入
  2.2 メモリーケアに関わるブリッジの経験
おわりに

* 国立民族学博物館研究戦略センター

キーワード:認知症高齢者,感情的孤立,エイジング・イン・プレイス,メモリーケア,ブリッジ(繋ぐ者),バディ(仲間),アメリカ合衆国

 

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