国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

王連茂さん
Wang Lianmao

紹介者:田村克己(民族社会研究部教授)
港町・泉州の博物館長

中国の泉州は私の好きな町の一つである。最初に訪れたのは確か1980年代半ばであった。鉄道や飛行機の便のないところで、福建省の省都福州から半日以上 かかってバスでたどり着いたのは夕暮れ時であった。バスのターミナルからホテルまでの輪タクで、運転手から「フィリピン人か」と聞かれたのが不思議であっ た。旧市街の真ん中にあるホテル前の池の畔で、夜になると老人などが集まって伝統の民俗音楽(南音)の調べを奏でるのが情趣豊かで、翌朝、いっぱいの髪飾 りに笠をかぶった独特の民俗衣装の女性たちと市場で出会ったのも、興味ひかれることであった。旧市街は石畳の敷かれた狭い路地が続き、ふと沖縄の街を歩い た時を思い出しつつ、そこを抜けると広い境内を持つ大きな寺に行き着いた。名刹開元寺である。本殿の柱廊に刻まれた、ラーマーヤナのハヌマーンあるいは孫 悟空の原型ともいわれる猿の姿、境内の片隅に無造作に置かれているアラビア文字の墓石、そして宋代の石塔など、いずれも興味深く、日がな一日いてもあきな い。

泉州は海のシルクロードの出発点であり終着点であり、宋代から元代にかけて交易で栄えた、東西の文明の混じり合うところである。市内には古くからのモスク (清真寺)があり、町の西郊にはかつてマニ教の寺であったという仏庵もある。そして何よりも、この泉州の歴史を象徴するのが、泉州湾にかつて沈んだ交易船 である。それは、開元寺境内の博物館(現在は分館)に引き上げられた姿のままに保存され展示されている。

泉州の博物館は、この町にふさわしく海外交通史博物館(略称、海交館)という。かつて開元寺にあったが、現在は町の東湖の畔に新しくたっている。白い外壁 に帆船をイメージしたその姿は、いかにも町とその歴史を表している。博物館の展示は次の三つの特徴を持っている。一つは、宋、元代を中心とする泉州の対外 交通と貿易の展示であり、陶器など、東アジアとアラビアの交流を示す展示品が充実している。二つ目は、紀元前3000~4000年から今日に至る、中国の 長い造船の歴史に関してであり、ことに、福建省で13世紀に使われていた船の模型が復元され展示されている。特徴の第三は、イスラーム教、ヒンドゥー教、 キリスト教、マニ教さまざまな宗教文化が泉州に渡来し交流のあったことを示すもので、前述の墓石などが展示されている。

この泉州海交館の館長が王連茂さんである。彼と初めてお会いしたのは90年代半ば、上述の女性の服飾が独特な恵安県での調査の帰途、同行の藩宏立君(現・平安女学院大学助教授)の紹介であった。博物館がちょうど新しい建物に移った頃で、中国沿海地区の経済発展にともなって、泉州の町も再開発が急激に進んでいる最中であった。博物館の近代的な建物や展示もさることながら、取り壊しになった町の古い家々から持ち込まれた、伝統の香り豊かな家財道具が館の収蔵庫を占めていたことを今も覚えている。そして、泉州の別称でもある「刺桐」(とべらの木)の名を冠した、近くのレストランで食事をごちそうになりながら、王さんの泉州についての造詣の深さ、この町と博物館への思いの深さに感銘を受けたことも思い出深い。

王さんは、泉州に生まれ、60年代初めから市政府の職員として働いておられる。途中、藩君と同じ廈門大学歴史学部を卒業し、しばらくして海交館に移られ、99年以降、館長職にある。実際に王さんの研究テーマは、この地域に根づいた重要なものである。一つは、泉州の歴史と文化の研究であり、特に19世紀末の洋務運動から共産党体制成立までの近代を対象としている。二つ目に、宋、元代から明代までを中心とする海外交通貿易史の研究がある。そして、第三に、閩南地方(福建省南部)の海外移民の研究がある。移民の族譜資料の研究を通して、移民の形態、親族構造、「僑郷」(故郷)での親族組織の現代における復興を明らかにされている。 ちなみに、この地域からの海外移住先は伝統的にフィリピンである。

民博での王さんは、「閩南民族文化圏の形成及び泉州の芸能」をテーマに、ご自身の研究を進めるとともに、館の教員と音楽展示などについて意見の交換をも行っている。泉州は、先に述べたように、「南音」など豊かな伝統芸能の根づく土地である。もう一つ忘れてならないのは、「茶芸」である。王さんは20年余の経験を持ち、泉州では同好の人々と毎夕のように集まっては互いの茶の味を競っておられるという。館の共同研究室でも同じようにその腕前を発揮されており、そのふるまいぶりのゆかしさと柔らかな物腰は、初めてお会いしたときと変わらぬ人となりを感じさせる。

王連茂
  • 王連茂
  • Wang Lianmao
  • 1941年生まれ。
  • 福健省泉州海外交通史博物館長。
  • 2003年3月から2004年2月まで国立民族学博物館外国人研究員(客員)。
  • 研究テーマは、閩南民族文化圏の形成及び泉州の芸能。
『民博通信』第107号(p.28)より転載