国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

在学生の研究内容 堀田あゆみ 平成21年度 海外学生派遣事業研究成果レポート


堀田あゆみ

海外学生派遣事業研究成果レポート

1. 事業実施の目的
モンゴル国アルハンガイ県における冬季の遊牧民世帯にあるモノ調査

2. 実施場所
モンゴル国アルハンガイ県ホトント郡サントバク

3. 実施期日
平成22年1月7日(木)から2月5日(金)

4. 事業の概要
PHOTO.2  現代モンゴルの遊牧民にとってゴミとは何なのかを研究するため、2009年7月からアルハンガイ県ホトント郡サントバクの遊牧民宅において住み込み調査を開始した。ゴミとは何かを問う前に現代遊牧生活にはどのようなモノが存在しているのかを詳細に調べ、住人とモノとの関係性を明らかにする必要があった。そこで、2009年の調査では、夏営地の生活の中にあるモノをすべて記録しそれぞれのモノにまつわる話を住人から聞き取る作業を行った。しかし、夏季という事もあって家畜の搾乳や乳製品作りに女性は追われており、男性は外回りで家にいる時間が少なく、居ても来客の接待や酒盛りに忙しくじっくり話を聞くには不都合が多かった。そのため今回の冬季調査は、夏季調査で得た事を踏まえ以下の3点を目的として実施した。
  1. 冬営地におけるモノの記録と聞き取り
  2. 作業の手伝いと映像記録
  3. 夏季調査で記録収集したモノについての聞き取り
PHOTO.2 調査をさせていただいているE家の冬営地は夏営地から4kmほど南に進んだ場所に設けられており、夏営地をともにしていた世帯とは別の2世帯とともに宿営していた。居住用のゲルの隣には小振りのゲルが建てられ、中は人間と家畜の越冬用の食料・飼料倉庫として使われていた。今年は例年にない厳寒で、体力のない家畜から次々と死んでいくゾド(寒害)の被害が大きく、E家でも毎朝1、2匹程度のヤギやヒツジが死んでいった。
 ゲルの中は夏に比べると家具(ベットや箪笥)の数が増え、壁にそって隙間なく並べられており目にも鮮やかであった。冬の生活の様子を観察するとともに、どのようなモノがしまい込まれているのか記録した。夏季調査では、生活世界にあったモノのほぼ全てをデジタルカメラ、ポラロイドカメラ、スケッチいずれかの方法で記録していたが、冬のゲルでもそれらのほとんどを見かけることができた。最も大きく異なるところは、家具が増えたためにできた家具の上のスペースに、夏場はしまい込んでいた置き物や飾り物を並べていた点である。夏に聞き取りきれなかったモノについては現物を指しながら話をしてもらうことができた。雪が深く来客も近しい人々に限られるこの時季、ゲルで過ごす長い時間はモノ作りやモノの修繕に当てられる。
 家畜の放牧や毎日の雪(生活水)集めなどを積極的に手伝ったことで作業の合間に様々な話を収集することができた。また、季節や地域ごとの差異を比較するために冬営地での生活の様子も映像に記録した。
PHOTO.2 PHOTO.2
 

5. 本事業の実施によって得られた成果
 現代の遊牧民世帯にはどういったモノが取り込まれており、彼らはモノをどのように捉え扱っているのかということを明らかにすることが今回の課題であった。調査によって、遊牧地域に暮らす一世帯の季節ごと(夏・秋・冬)の生活の様子とそれらを取り巻くモノの状況が明らかになった。

■モノは豊富
 毎日朝から晩まで搾乳と乳製品の加工に追われる夏のゲルには、必要最低限の家具と道具が揃えられており機能や実用性が重視されている印象が強い。一方冬のゲルには防寒の役目も果たすであろう家具が所狭しと並べられ、夏にはしまい込まれていた鏡や置物、陶器などの装飾品が飾られており、各世帯の個性がより鮮明に打ち出されている。このように季節の必要に応じてゲル内の物量が多少の増減を見せることは確かである。宿営地から少し離れた場所に設けられた木造倉庫には季節ごとの装いの際にゲルに置けないモノがしまい込まれている。つまり、一部のモノがゲルと物置の間を移動しているのであり、実のところ現代の遊牧民はゲルに納まり切らない程のモノを抱えて生活しているのである。これまでは一般的に質素なイメージで語られる事が多かった遊牧民であるが、実際には到底必需品とは思われない品々を使うでもなく箪笥の中にしまっておいたり飾ってみたりしているのである。

■モノは「情報」
 彼らはそのような生活の中に存在するモノがいつどのようにして誰の手を介してここにやってきたのかを、家族や親戚に起きた出来事を通して詳細に記憶している。モノの記憶が家族の歴史そのものであるといっても過言ではない。モンゴルでは結婚すると夫婦だけの新しいゲルを設け、生活用品なども全て新調する。結婚祝いにはじまって折々の贈り物などが思い出と共に蓄積されていく。彼らは自分のモノを熟知しており何処に何があるかを100%把握している。さらに他人のモノに関しても精通している。その人がそれを手に入れた時期や価格、用途、贈られた相手などもすべて自分のモノと同様に記憶しているのである。つまり、モノが情報化され個々人の中に集積されているのである。彼らにとってモノは情報そのものであり、モノ自体の価値と同等のあるいはそれ以上の価値がモノに付着する様々な情報に置かれているようである。より多くの情報を持つ者はその情報を人に提供できるという点において優位に立てるのである。こういったことを反映してか、目新しいモノや珍しいモノに対する欲求や関心が常に高いため、他人が自分の見慣れないモノを持っていれば決して見逃さない。必ず手に取り持ち主から話を聴きだし必要な情報を吸収する。従って、情報が搾り尽され、新たな情報が得られないと判断されたモノは急速にその魅力を失うことになるのである。
 今後論文の執筆に取りかかる上で、これまでの調査での発見をさらに掘り下げつつ、このようなモノがどういった過程を経てゴミとされるのか、その際モノに付着した人間関係や思い出はどのように作用するのかということについても考察していきたい。また、夏と冬に採集した映像資料を編集し発表時に活用したいと思う。

6. 本事業について
 2009年度の夏季調査に続き今年の冬季調査にも本事業の支援を得る事ができ、遠隔の調査地において継続調査を行うことができた。マイナス30度の現地において安全を確保し無事に調査を終えることができたのも本事業によるところが大きい。
 活用させていただけた事に深く感謝するとともに多くの学生の方が本事業を活用されることを期待する。